不登校・学習遅れから「学びの多様化学校」へ。PC活用と環境選びで自己肯定感を取り戻し、高校3年間成績優秀者になるまで

ライター:あき
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わが家の息子・コチ丸は、小学3年生のときにASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)の診断を受けました。
診断を受けた頃、コチ丸は「書くこと」が苦手でした。

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監修: 森 しほ
ゆうメンタル・スキンクリニック理事
ゆうメンタルクリニック・ゆうスキンクリニックにて勤務。産業医として一般企業のケアも行っている(産業医のご依頼を随時受付中)。 ・ゆうメンタルクリニック(上野/池袋/新宿/渋谷/秋葉原/品川/横浜/大宮/大阪/千葉/神戸三宮/京都/名古屋):https://yuik.net/ ・ゆうスキンクリニック(上野/池袋/新宿/横浜):https://yubt.net/ ・横浜ゆう訪問看護ステーション(不登校、引きこもり、子育て中の保護者のカウンセリング等お気軽に):https://yokohama.yuik.net/shinyoko-houkan/

「書く」ことが苦手だった小学校時代

小学校低学年から中学年といえば、宿題の漢字の書き取りや計算ドリル、板書など、とにかく「書く」機会が多い時期です。
でも、コチ丸は漢字の書き取りなら3回ほど書いたところで集中力が終了。連絡帳は書いてこない、ノートも取らない、宿題も最後までやりきれない。
一方で、興味を持ったことについては驚くほどの記憶力を発揮していました。

興味のある本は1冊丸暗記。でも漢字の書き取りは3回で終了!

コチ丸は幼稚園の頃から読書家でした。
私自身も本を読むことが大好きだったので、小さい頃から寝る前に本を読み聞かせ、興味を持ったことがあれば図鑑を買う。そんな生活をしていたため、家の中はいつも本だらけ。恐竜、動物、天体、歴史など、気になるものがあれば読んで調べる。それがわが家の習慣でした。

そんな中で気づいたのが、コチ丸の知識の吸収力でした。
一度読んだ本の内容を、ほぼ丸暗記しているのです。

はっきり実感したのは、テレビで少し変わった動物が紹介されていたときのこと。
テレビの解説より先に、コチ丸がその動物の特徴をペラペラと話し始めました。
「ものすごく記憶力があるな」とびっくりしたことがありました。そんなことが日常の中で度々起こり、「もしかしてうちの子、天才?」と思った時期も(笑)。

ところが、そんな親バカの自惚れを打ち砕いてくれたのが、小学校の勉強でした。

頭の中にたくさんの知識を入れることができるのに、学校では連絡帳を書かない。ノートを取らない。宿題が終わらない。
「頭は悪くないはずなのにな……」

当時の私は、子どもを「できる・できない」の二択で捉えていました。「できないはずがない。やらないだけだ」、そう考えて、コチ丸に勉強を無理強いしていた時期も……。後にWISCを受けて分かったのは、コチ丸はインプットする力が非常に高い一方で、目で見たものを書き出す力には大きな苦手さがあるということでした。

その結果を見て、私は初めて「勉強」というものを、国語や算数といった教科の枠だけで捉えていたことに気づきました。勉強には「読む、聞く、理解する、記憶する、書く、計算する、整理する」といった、さまざまな工程や能力が必要とされます。コチ丸は「勉強ができない」のではなく、その工程の中の一部(手書きなど)に大きな苦手さがあったのです。

それなのに当時の私は、その苦手な部分を「本人の努力が足りないからだ」と思い込み、無理にやらせようとしていました。今振り返ると、本当に申し訳ないことをしたなと思います。

集団行動、板書……苦手が目立ってしまう学校という居場所

診断を受けたタイミングで、私は小学校にもコチ丸の学校生活をサポートしてほしいとお願いしました。当時通っていたのは、1学年20人ほど、全校生徒を合わせても100人程度の小さな小学校でした。発達障害のある子への対応事例もなく、先生方もコチ丸をどうしたらいいのか、手探りの状態だったと思います。

私からは通級指導教室や合理的配慮などの支援をお願いしましたが、一方で学校側にも事情がありました。
席に座っていることが苦痛で教室から出てしまうコチ丸を探したり、見守ったりする先生が足りない。だから学校側としては、コチ丸に「なんとか教室で席に座っていてほしい」。
お互いに困っているのに、なかなか話が噛み合いませんでした。

4年生になった年には、小学校にも特別支援学級ができました。ただ、まだ方針もしっかり決まっておらず、コチ丸がそこを利用したのは卒業までに数回程度でしたし、そこに所属したわけでもありませんでした。教室を抜け出して、図書室で本を読んだり、体育館で昼寝したりする流れで特別支援学級に行って(報告的に)話をしてくる、その程度でした。

私も、学校には行ったほうがいいだろうと思いながらも、コチ丸の意思も尊重し、声をかけながら、基本的には「本人が行きたいときに行くのを支援する」、というスタンスで過ごしていました。
当のコチ丸は、修学旅行や野外学習など、自分が興味を持った行事にはちゃっかり参加する。
学校に行けば友だちもいて、子どもたち同士は楽しそうに過ごしている。傍から見たら、まったく問題のない学校生活のように見えたと思います。

ただ、その学校生活で多くを占める授業の時間では、みんなと同じようにノートを取り、同じ授業を受け、同じテストを受けることが求められる。その「みんなと同じ」が、コチ丸にはとても難しいことでした。

そして、本人の特性による凸凹は、いつの間にか小学校の先生たちからは「問題行動」として見られるようになっていました。
もちろん、学校側も困っていたのだと思います。でも、コチ丸もまた、小学校というシステムの中で支援が届きにくい場所にいることにより、困っていたのです。
不登校になったりした時期もありましたが、イベントは皆勤賞でした
不登校になったりした時期もありましたが、イベントは皆勤賞でした
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「手書き」から「PC」に変えたら、成績優秀者に!

中学校へ進学するとき、小学校からは地元の中学校の特別支援学級に入ることを勧められました。
4年生頃から不登校になり、学習の遅れも大きくなっていて、掛け算は九九で止まり、漢字も小学校1年生で習うものですら、書けないものがたくさんありました。このままみんなと同じクラスに入っても小学校と同じ状況に陥ってしまうのではと小学校からの提案でした。確かに、コチ丸は基本的な学習はできていませんでした。それでも私は「本当にこの子は勉強ができないのだろうか?」と、しつこくも(笑)、まだどこかで疑問を持っていました。

国語や算数は苦手でも、理科や社会については、小学生どころか中学生でも知らないようなことを知っている。「もし日本に飛び級制度があったら、コチ丸は中学校や高校を飛ばしてもいいくらい頭がいい気がする……」そんなことを本気で考えていました。諦めの悪い私がいろいろ調べて見つけたのが、現在でいう「学びの多様化学校」でした。当時はまだその名前もなく、そうした学校自体も少なかったため、進路として選ぶことには不安もありましたが、学校を見学し、いろいろな方の話を聞き、受験することを決めました。

無事に入学すると、そこで大きな変化がありました。ちょうどコロナ禍が始まったばかりで、多くの学校がタブレット授業の導入に試行錯誤していたころ、この学校では登校が難しい子どもの支援も含め、すでに授業のほとんどでタブレットを活用していたのです。

そのため、手書きで黒板を写す必要も、ノートを提出する必要もありませんでした。
コチ丸にとって最も苦手だった「手書き」の作業が一気に減り、得意なタイピングで代替できるようになったのです。そうなるとコチ丸は本来持っていた力をどんどん発揮し始めました。
好きなことはタブレットを使ってとことん調べる。そして膨大な量の「調べたこと」をタブレットを使ってまとめる。自分で考える。興味を持ったことを深掘りする。
そして、それをまとめて、周りに「すごいね」と認めてもらえる。

小学校では周りと比較して「できないこと」が目立っていたコチ丸が、中学校では「できること」をどんどん褒めてもらえるようになりました。1つのことに集中する、いわゆる「オタク気質」が小学校では浮いてしまうこともありましたが、学びの多様化学校には、同じように何かに夢中になる子どもたちがいて、それぞれの「好き」をお互いに尊重していました。
そこでコチ丸は、小さな「できる」を積み重ねる体験ができて、少しずつ自己肯定感を取り戻していきました。

そして高校。
コチ丸は、さらに自分の好きなことを専門的に学べる公立高校を選びました。
私立の中学校を経て、再び公立の高校に通うことには私の中では正直不安もありました。自由な校風だった私立の中学校とは違い、再びガチガチのルールがあるのではないかと……。「本当に通い続けられるのかな」と不安に感じました。

高校で使用するノートパソコンを購入したあと、文房具店でノートも買った私は、「やっぱりノートもいるのか……」と複雑な気持ちに。
でも、実際に高校生活が始まってみると、思っていた以上にパソコンを使った提出物や学習があり、安心したのを覚えています。

コチ丸は相変わらず字を書くことは得意ではありません。それでも、小学校の頃ほど「できないこと」に困らなくなりました。
さらに驚いたことに、コチ丸はなんと高校3年間、成績優秀者に入り続けました。
中学校から続けていた生徒会活動にも取り組み、高校でも生徒会に入り、課外活動にも参加し、3年間皆勤賞で学校に通うことができました。
なんと高校3年間、成績優秀者に入り続け、1日も休まず通うことができました
なんと高校3年間、成績優秀者に入り続け、1日も休まず通うことができました
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「できない」を「できる」に変えたもの

小学校の頃、私が「パソコンを学校に持ち込ませてほしい」とお願いしたことがありました。けれど「前例がないし壊してしまったら困るので」と、当時はあっさりと却下されてしまいました。
もしあのとき、「コチ丸に合った方法を少しでも認めてもらえていたら……」と、「もし」を考えることは今でもあります。

でも、同時に思います。コチ丸は、高校生になって突然伸びたわけではなく、「環境が変わったことで、もともと持っていた力が発揮されるようになったんじゃないか」と。

「書けない」けど、タイピングならできる。「板書できない」けど、理解はできている。「みんなと同じ勉強はできない」けど、興味のあることなら誰よりも集中して学べる。「学校には行かない」けれど、自分が行きたい場所なら親から離れたって大丈夫。

社会に出たら「せーの」で同じことを始め、同じ方法で結果を出さなくてはいけないなんてことはほとんどありません。
子どもが「できない」と壁にぶつかったときに、「努力が足りない」と強制する前に、「違う方法ならできるかもしれない」と、親が一度立ち止まることが大切だと感じます。

学校で「できない」と言われ続ければ、「自分はできない人間なんだ」と思い込んでしまいます。だからこそ親は、ほかの環境や関係機関と相談しながら、「この子はどんな方法や場所なら力を発揮できるだろう?」と一緒に探していく。それこそが、親にできる最大のサポートなのだと信じています。

執筆/あき
環境が変わったことで、もともと持っていた力が発揮されるようになったように思います
環境が変わったことで、もともと持っていた力が発揮されるようになったように思います
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専門家コメント 森しほ先生(医師・公認心理師)

コチ丸くんの得意なこと苦手なことと、しっかり向き合ってこられましたね。
「子どもが勉強でつまずいてしまった」「学校に行きたがらない」「勉強に集中できない」といったお悩みをかかえる保護者の方は多いのではないでしょうか。
親としてつい、「もう少し頑張ればできるのでは」と思ってしまうことはよくありますよね。でも、実際には「できない」の中身を分けて考えることが大切です。
コチ丸くんの場合で言うと、読む、理解する、覚えることは得意な一方で、見たものを書き出すことには苦手さがありました。
これは、「勉強ができない」ということとは違いますが、どうしても学校教育の中では詳しく能力をみていくのが難しい場合も多いのです。
ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)などの発達特性がある場合、こうした得意、不得意の凸凹が大きく見られることがあります。
そして、「できない」と言われる経験が続くと、「自分はできない人間なんだ」と感じてしまって、自己肯定感にも影響します。
本人が気力で頑張るだけではなく、方法や環境を変えるという視点が大切です。
お子さん自身の問題だと思われていたけれども、実は方法が合っていないだけだった、というケースはよくあるのです。
まず、「どうしてできないの?」と考える前に、「どうしたらできるかな?」と考えてみてください。
書くことが苦手ならタイピングを使う、長く座るのが難しければ短時間に区切る、読むことが大変なら音声機能を使う、というように、みんなと同じ方法にこだわらなくて大丈夫です。
大切なのは、もっと努力することではありません。本人が力を出しやすい環境をつくることです。
これは甘やかすこととは違います。むしろ、その子が本来持っている力を使えるようにするための工夫です。
もう1つ、大切にしてほしいのが好きなことです。
コチ丸くんも、興味を持ったことについては驚くほどの記憶力を発揮していましたね。
お子さんが好きなことに夢中になっていると「勉強しないで趣味ばっかりして」と思ってしまう保護者の方もいらっしゃいます。
でも、そこにはその子の得意な学び方が隠れていることがあります。できたことを言葉にして褒めてあげてください。
「最後までできたね」「自分で調べられたね」「この方法ならできたね」など、できるとことに目を向けてもらえたら、自己効力感につながります。
学校生活がつらそうなときには、家庭だけで解決しようとせずに、学校や支援機関などに相談しながらお子さんに合う環境を探していきましょう。(監修:医師・公認心理師 森しほ先生)
前の記事はこちら
https://h-navi.jp/column/article/35031209
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。

神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。

※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。

ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。

ADHD(注意欠如多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
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