中澤悠樹@キャリア形成支援 PJ TUKURUさんのページ

40ace82fbc4913e7170dd66f5e24dd3a22bbc351bea3cd0622496aabe4460f14 s 中澤悠樹@キャリア形成支援 PJ TUKURU
発達障害(ASD)当事者 成人済み。当事者として社会に貢献する道を模索中。

絵画教室に通っております。
Facebookはじめました。
アクション履歴
発達障害当事者は、10年以上経過しても、暴行や不当な扱いを受けた事は忘れられなくなります。PTSDの診断は受けていませんが、今もフラッシュバックが起きることがあります。深夜に大声で叫ぶこともありました。
人から嫌な思いをさせられたことがトラウマなのか、自分から友人を作ることを避けています。1人も作りたくないと思うくらい。プライベートで関わることはありませんが、趣味などで出会う知人は増えています。

トラウマを忘れることはありません。
そこで学んだ対策方法や、実際にどんな心境なのかを伝えることならできます。それ自体が、掛け替えのないものです。
自傷行為は、いわばドラッグ。

私の場合は、自分顔を殴ることが度々ありました。ここに書いてある通り、「自分が情けない」と思ったから。

一時的に気分は晴れる。周りの人との距離は、詰めることが出来なくなった。協力する人を、自分から遠ざけました。

まさに、「ドラッグ」のようなものです。決してオススメしません。代替策を作ることを推奨します。
ソフト面での配慮で、
・怒鳴らず、落ち着いた声で話しかける
・急かさない
・優先順位を伝える

こうした配慮があると助かります
発達障害を持つ子がいるだけで、親も家族もバッシングされる。周囲の他人だけでなく、親戚からも無理解の言葉を浴びせられる。

しかし一方で、発達障害児の成長を見守ることが出来る人もいる。その存在はかけがいのないものだと改めて考えさせられました。

出来ることなら、「発達障害児」を持つだけで偏見されない世の中にしていきたいものです。
幼少期は自覚しておりませんが、小学生高学年の頃から、私にも「場面緘黙」があったように思います。こちらの記事を拝読し、初めて分かりました。
私の場合は、小学校時代に「場面緘黙」について注目されたことはなく、対処などされませんでした。その結果、小学校を卒業してから、15年以上経った今でも、場面緘黙が現れることがあります。

せめて、私より遅く生まれた人たちだけでも、何年間も場面緘黙に悩まされる人生にはなってもらいたくないものです。
自分が診断された時、その前から4年以上自分の特性に悩んだこともあり、「肩の荷が降りた」気分でした。同時に、障害者の当事者として社会に発信する義務があることを感じました。

現在、私は数多くの障害者と向き合う機会が多いですが、中には診断により「どうすればいいか?」と悩む方も居ることに気付いています。
そうした環境下で求められるのは、障害者の配慮と理解なのだと考えています。