みんなのアンケート

言いたい!聞きたい!
「仕事を辞める?続ける?」不登校・行き渋りで直面するキャリアの壁、みんなの葛藤と決断を教えて
お子さんの「学校に行きたくない」という言葉から始まる朝。なんとか送り出した後も「学校から呼び出しの電話が来るかもしれない」とスマートフォンを握りしめて仕事をしたり、毎日の遅刻や早退で職場への申し訳なさが募り、「もう、仕事を辞めるしかないのかな……」と追い詰められてしまったりすることはありませんか?
仕事と育児の両立はただでさえ大変ですが、不登校や行き渋りの対応が加わると、そのハードルは一気に上がります。「子どもに寄り添いたいけれど、経済的に不安」「キャリアを諦めたくないけれど、心身ともに限界」という葛藤の中で、大きな決断を迫られる方も少なくありません。

思い切って退職や転職を選んだ方の「その後の変化」や、職場に理解を求めて働き続けている方の「両立の工夫」、そして「あの時こうしていれば」という後悔や失敗談も、今まさに岐路に立っている保護者の方にとっては貴重な道しるべとなります。ぜひ、あなたのリアルな体験談をお聞かせください。
例えば、こんな経験はありませんか?

【退職の決断】毎朝の付き添いや五月雨登校への対応で有給を使い果たし、職場に居づらくなって退職を決めた。
【働き方の変更】正社員からパートへ、あるいは在宅ワーク可能な職種へ転職し、子どもが家にいる時間に対応できるようにした。
【両立の工夫】上司や同僚に子どもの状況を正直に話し、一時的な時短勤務やリモートワークを認めてもらうことで乗り切った。
【退職後の変化】仕事を辞めて子どもと向き合う時間が増えた結果、子どもの情緒が安定し、笑顔が見られるようになった。
【葛藤・失敗談】子どものために退職したが、社会との繋がりがなくなった孤独感や経済的な焦りで、親のメンタルが不安定になってしまった。
【サポート活用】祖父母やファミリーサポート、放課後等デイサービスなどをフル活用し、なんとか仕事を辞めずに続けている。
【周囲への対応】職場の人に「不登校」と言えず、「親の体調不良」などと嘘をついて休むのが精神的に辛かった経験。
【復職の壁】子どもの状態が落ち着いてきたので再就職しようとしたが、いつ呼び出されるか分からない状況で条件に合う仕事が見つからない。

皆さんの一つひとつの経験が、同じように悩んでいる保護者の方々にとって、次の一歩を踏み出すための大きな勇気やヒントになります。ぜひ、あなたの体験談をお聞かせください。

【アンケートへの答え方】
本画面下にある「選択肢」から、ご自身の状況に最も近いものを1つ選択してください。
よろしければ続けて「このテーマに投稿する」欄に、具体的な体験談をお寄せください。
お寄せいただいたエピソードについては
・発達ナビ編集部が作成する記事にて読者の方からの声として紹介
・発達ナビの連載ライター陣がイラストを描きおろし、体験談をコミックエッセイ化して、発達ナビで公開などで活用させて頂きます。

【アンケート期間】
2025年12月13日(土)〜2025年12月25日(木)

▼発達ナビ編集部が作成する記事内にて読者の方からの声としての紹介について
採用、不採用にかかわらずご連絡は致しません。ご了承くださいませ。
▼コミックエッセイ化について
コミックエッセイとしてエピソードが採用された方には編集部より随時(投稿より最大1ヶ月程)ご連絡致します。ご連絡の際、追加で質問をさせていただくこともあります。

コミックエッセイ公開の際はお名前公開・非公開を選ぶことができます。
コミックエッセイとしてエピソードが採用された場合、Amazonギフト券500円分を謝礼として差し上げます。
採用とならない場合にはご連絡は致しません。ご了承くださいませ。
選択肢をクリックすると44人の回答が見られるよ! (回答してもタイムラインには流れません)
・アンケートに関する投稿及びアンケート結果を発達ナビのコラム等で紹介する場合があります。
・アンケート結果は、今後のサービス改善・向上の参考とさせていただきます。

特に共感が集まった投稿

子どもの状況に合わせて働き方を大きく変える決断をしたことがある
夜勤ありのフルタイム勤務でしたが、育休明けで復帰。
夜中に帰宅すると寝ずに近くの銭湯の駐車場で走り回っていました。
もうダメだと思い、仕事は辞める決断をしました。
同じ頃、まだ地方では少ない個人でやっている療育の先生の話を聞き相談に行くことにしました。
丁度4歳前。東日本大震災の前後のこと。
相談に行ったのが、大震災前。
通い始めたのが大震災後の4月からでした。

その後は、パートを転々としたのち働ける時だけ働くことにしました。
周囲の協力や制度の活用などで仕事を続けている
シフトとかではなく、自分の都合でできる仕事だったので、続けられたかなと思います。
小学校に行き出すと、支援級だと安心と思ってたのに、結構連絡がきます。保育園母だったので、びっくりでした。
周囲の協力や制度の活用などで仕事を続けている
結婚前はフルタイムで働いていました。その後、引越ししたため退職。パート勤務していたのですが、妊娠して悪阻が酷く出てしまい、退職。
子供達が小学生になったら、家事と育児の両立のため、再度、パート勤務で働こうと考えていた矢先に、子供達二人ともに、発達障がいがあることが判りました。
高齢の親に頼ることも出来ず、必死に子育てしてきました。ただし、運が良かったことに、我が市は福祉サービスが充実していたこと。直ぐに、放デイ利用し、子ども発達センターや障がい者支援センターの相談窓口で、私の悩みを聞いてもらっていました。
子供達が二人とも小学生の中学年となり、少し、時間のゆとりが出てきたため、社会復帰として仕事を探し始めました。約10年間のブランクがあり、正直、仕事探しも大変でした。
子供の癇癪やパニック障害の対応や、学校との連携のための頻回の個別面談があり、とてもじゃないけれど、フルタイムは難しく、パート勤務で職探しした次第です。
それでも、仕事中に学校から電話が掛かってくることも多く、何度か転職して、今の職場で短時間パート職員として、約六年間、細々と働いています。
今の職場は、子育て世代や、私のような障がい児を療育している家庭に優しい職場で、学校からの電話で急遽、早退することになっても、周囲のスタッフが協力してくれます。
今は、子供達も大きくなり、大学生と高校生。学校からの呼び出しは、ほぼありませんが、パート勤務なのに有給や賞与(少ないですが)もあります。
このまま定年まで、細々と、細く長く働けたらと考えています。
再雇用制度もあるので、体力が続くかぎり、働きたいと思ってます。
子供達は、家事と子供達の世話、仕事する母の姿をみて、どうやらお友達に自慢しているようです(私自身が専門職のため)。
次は、子供達が『就労』の壁にぶち当たりそうなので、仕事を続けながらも、子供達の支援が出来るように対応していこうと思います。

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