ある朝、教室の空気が少しざわついた。ひとりの子がこちらの様子を探るように、わざと尖った言葉を投げてくる。教室は試されている。私たちはどう反応するのか。そこで初めてわかるのは、指導の技術ではなく、大人の「視線」と「タイミング」が行動そのものを形づくるという事実だ。
冬の教室は、少しだけ試練が増える。1月のはじまりは、子どもたちにとってもペースが乱れやすい時期だ。新しい環境やリズムへの不安、蓄積したストレス、そして何より「気づいてほしい」という気持ちが、行動に表れやすくなる。
困った行動には大きく二つの動機がある。ひとつは、単純に気を引きたいとき。もうひとつは、不安やストレスの吐き出し方がわからないとき。どちらも理解できる背景だが、アプローチは微妙に異なる。今回、私が向き合っているのは前者――「見てほしい」「反応してほしい」という気持ちから生まれる行動だ。
ABA(応用行動分析)の考え方は、こんな場面でとても頼りになる。端的に言えば、良い行動は強化し、望ましくない行動は消去していく。ただし、ここで最も誤解されやすいのが「消去=無視」だと思い込むこと。無視することが目的ではない。むしろ、悪い行動に対して不用意に反応しないための準備であり、その直後に現れる「望ましい行動」を瞬時に拾って、具体的に褒めるための態勢づくりだ。
「悪い行動には反応しない」と聞くと、冷淡な態度を連想してしまう。でも本質は違う。子どもが舵を切り直した瞬間――トーンが落ち着いた、言葉を選び直した、目を合わせた――そのタイミングで即座に承認する。ここが肝心だ。「いまの声、すごく聞きやすいね」「その言い方いいね、助かるよ」と、具体的な行動を言語化して褒める。さっきまでの行動には反応しないが、切り替えには反応する。この対比が、次に起きる行動を決めていく。
たとえば、挑発的な言葉が続く場面。反応してしまえば、相手の目的――気を引くこと――は達成されてしまう。望ましくない行動は強化される。でも、子どもが「私、私…」と呼びかけに切り替えた瞬間、視線を向けて「よし、聞いてるよ。その言葉選びいいね」と届ける。切り替えが起きた瞬間を逃さず、すぐに肯定する。この「瞬時性」が、行動の学習速度を決める。
「消去は無視じゃない」という一行は、指導の姿勢を根本から変える。
望ましくない行動に餌(反応)を与えない。
望ましい行動には、鮮明で具体的な褒めをすぐに返す。
その切り替えの瞬間を見逃さないよう、観察を続ける。
「反応しない力」と「瞬時に褒める力」はセットだ。前者だけでは関係が冷えるし、後者だけでは強化の方向が曖昧になる。両方が揃うと、子どもは「どうすればあなたとつながれるか」を行動で理解していく。
小集団の場では、この精度がさらに大切になる。人数が少ないからこそ、細かな変化を観察でき、介入のタイミングを逃さずに済む。先生たちが子どもの動機に目を凝らし、切り替えの微細な合図を拾う。これが小集団の強みだ。行動は環境に依存する。だから、丁寧に設計された環境は、それ自体が教育になる。
「良い行動が増えればいい」――この言葉はシンプルだが、軽くない。良い行動を増やすには、良い行動が増える構造を作る必要がある。褒めることは、ただ気持ちを伝える行為ではない。望ましい行動の輪郭を子どもと共有し、次に同じ選択がしやすくなるよう、具体的な道筋を言葉で敷く作業だ。
もうひとつ、忘れたくないことがある。困った行動が起きるとき、私たちは「指導」より先に「関係」を思い出すべきだということ。行動の背後には必ず意図があり、意図の背後には必ず関係がある。だからこそ、切り替えの瞬間に視線を合わせ、名前を呼び、短くても温度のある言葉を返す。子どもは、その一瞬のつながりを覚えている。
ハイライトのように残しておきたい一文がある。
消去は、無視ではなく、切り替えの承認である。
行動は、タイミングで学ぶ。褒めるのが遅いと、別の行動が強化される。
現場は、毎日が小さな試行だ。完璧な反応はないが、良い設計はある。観察し、見逃さず、確実にアプローチする。悪い行動に反応せず、良い行動に素早く光を当てる。そんなシンプルな積み重ねが、教室の空気を変えていく。挑発の言葉が消え、呼びかけが増え、目が合う時間が長くなる。それは静かな勝利だ。
結びに、小さな教室の朝を思い出す。ざわつきはゼロにはならない。でも、子どもが舵を切り直した瞬間を拾える大人がいる限り、教室は学びの場であり続ける。私たちの反応が、子どもたちの選択を形づくる。今日も、切り替えの瞬間に間に合うために、目を凝らしていたい。
冬の教室は、少しだけ試練が増える。1月のはじまりは、子どもたちにとってもペースが乱れやすい時期だ。新しい環境やリズムへの不安、蓄積したストレス、そして何より「気づいてほしい」という気持ちが、行動に表れやすくなる。
困った行動には大きく二つの動機がある。ひとつは、単純に気を引きたいとき。もうひとつは、不安やストレスの吐き出し方がわからないとき。どちらも理解できる背景だが、アプローチは微妙に異なる。今回、私が向き合っているのは前者――「見てほしい」「反応してほしい」という気持ちから生まれる行動だ。
ABA(応用行動分析)の考え方は、こんな場面でとても頼りになる。端的に言えば、良い行動は強化し、望ましくない行動は消去していく。ただし、ここで最も誤解されやすいのが「消去=無視」だと思い込むこと。無視することが目的ではない。むしろ、悪い行動に対して不用意に反応しないための準備であり、その直後に現れる「望ましい行動」を瞬時に拾って、具体的に褒めるための態勢づくりだ。
「悪い行動には反応しない」と聞くと、冷淡な態度を連想してしまう。でも本質は違う。子どもが舵を切り直した瞬間――トーンが落ち着いた、言葉を選び直した、目を合わせた――そのタイミングで即座に承認する。ここが肝心だ。「いまの声、すごく聞きやすいね」「その言い方いいね、助かるよ」と、具体的な行動を言語化して褒める。さっきまでの行動には反応しないが、切り替えには反応する。この対比が、次に起きる行動を決めていく。
たとえば、挑発的な言葉が続く場面。反応してしまえば、相手の目的――気を引くこと――は達成されてしまう。望ましくない行動は強化される。でも、子どもが「私、私…」と呼びかけに切り替えた瞬間、視線を向けて「よし、聞いてるよ。その言葉選びいいね」と届ける。切り替えが起きた瞬間を逃さず、すぐに肯定する。この「瞬時性」が、行動の学習速度を決める。
「消去は無視じゃない」という一行は、指導の姿勢を根本から変える。
望ましくない行動に餌(反応)を与えない。
望ましい行動には、鮮明で具体的な褒めをすぐに返す。
その切り替えの瞬間を見逃さないよう、観察を続ける。
「反応しない力」と「瞬時に褒める力」はセットだ。前者だけでは関係が冷えるし、後者だけでは強化の方向が曖昧になる。両方が揃うと、子どもは「どうすればあなたとつながれるか」を行動で理解していく。
小集団の場では、この精度がさらに大切になる。人数が少ないからこそ、細かな変化を観察でき、介入のタイミングを逃さずに済む。先生たちが子どもの動機に目を凝らし、切り替えの微細な合図を拾う。これが小集団の強みだ。行動は環境に依存する。だから、丁寧に設計された環境は、それ自体が教育になる。
「良い行動が増えればいい」――この言葉はシンプルだが、軽くない。良い行動を増やすには、良い行動が増える構造を作る必要がある。褒めることは、ただ気持ちを伝える行為ではない。望ましい行動の輪郭を子どもと共有し、次に同じ選択がしやすくなるよう、具体的な道筋を言葉で敷く作業だ。
もうひとつ、忘れたくないことがある。困った行動が起きるとき、私たちは「指導」より先に「関係」を思い出すべきだということ。行動の背後には必ず意図があり、意図の背後には必ず関係がある。だからこそ、切り替えの瞬間に視線を合わせ、名前を呼び、短くても温度のある言葉を返す。子どもは、その一瞬のつながりを覚えている。
ハイライトのように残しておきたい一文がある。
消去は、無視ではなく、切り替えの承認である。
行動は、タイミングで学ぶ。褒めるのが遅いと、別の行動が強化される。
現場は、毎日が小さな試行だ。完璧な反応はないが、良い設計はある。観察し、見逃さず、確実にアプローチする。悪い行動に反応せず、良い行動に素早く光を当てる。そんなシンプルな積み重ねが、教室の空気を変えていく。挑発の言葉が消え、呼びかけが増え、目が合う時間が長くなる。それは静かな勝利だ。
結びに、小さな教室の朝を思い出す。ざわつきはゼロにはならない。でも、子どもが舵を切り直した瞬間を拾える大人がいる限り、教室は学びの場であり続ける。私たちの反応が、子どもたちの選択を形づくる。今日も、切り替えの瞬間に間に合うために、目を凝らしていたい。