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就労支援で迷ったとき、戻るべき場所

人は、誰かを困らせたいから意見を言うわけではありません。むしろ多くの場合、「その人のために」「現場のために」と思う気持ちが強いからこそ、言葉に熱がこもります。けれど、良かれと思う正義と、別の良かれと思う正義がぶつかったとき、支援の現場には小さな摩擦が生まれます。そのとき私がいつも立ち返るのは、感情ではなく、事実です。 【感情ではなく、事実で話すという支援の技術】 就労支援の現場には、たくさんのルールがあります。 明確に決まっているルールについては、誰もそれほど迷いません。赤信号では止まる。青信号なら進む。そういう基準がはっきりしていれば、会話も判断も大きく揺れにくいものです。 けれど、現場で本当に難しいのは、ルールそのものではありません。 難しいのは、ルールの周辺にある「解釈」です。 「こうしたほうが効率がいいんじゃないか」 「でも、それだと口数が増えてしまう」 「衛生的に考えると、あまり良くないのではないか」 こうした意見は、どれも現場を良くしようとする気持ちから出てきます。誰かが悪気を持っているわけではありません。むしろ、みんながそれぞれの立場で、良かれと思って考えている。 ただ、その「良かれ」が感情のままぶつかると、話は少しずつ難しくなっていきます。 特に、相手が子どもではなく、ある程度経験を重ねた大人であればなおさらです。人にはそれぞれの正義があります。経験から得た判断基準もあります。自分なりに大切にしてきた価値観もあります。 だからこそ、感情と感情で会話を始めてしまうと、簡単に摩擦が起きます。 感情と感情がぶつかったとき、もしそこに愛が芽生えれば素晴らしいことです。けれど現実には、多くの場合、いがみ合いが生まれてしまう。 支援の現場で必要なのは、誰の感情が正しいかを決めることではありません。 【支援の現場に必要なのは、声の大きさではなく、戻るべき基準】 私がそういう場面でいつもやることは、とてもシンプルです。 すぐに調べます。 そして、具体的な事実を明示します。 感情を切り離して、事実を伝える。基準を確認する。何が決まっていて、何が決まっていないのか。どこまでが通常の対応で、どこからがイレギュラーなのか。 それを一つひとつ整理していきます。 たとえば、赤信号は渡っていいのか。 基本的には、渡ってはいけません。 青信号なら渡る。 もちろん、現実にはケースバイケースの状況もあるでしょう。緊急時や特殊な事情があれば、別の判断が必要になることもあるかもしれません。 けれど大切なのは、イレギュラーを基準にしないことです。 話し合いの中でよく起きるのは、非常にまれな例外を、まるで日常的に起きることのように扱ってしまうことです。 「こういうことが起きたらどうするんですか」 「もしこうなったら危ないですよね」 「万が一、こういう人がいたら困りますよね」 もちろん、それらは起きる可能性があります。ゼロではありません。だから無視していいという話ではありません。 ただ、そこで考えたいのは、その出来事がどれくらいの頻度で起きるのかということです。 10回に1回なのか。 100回に1回なのか。 1万回に1回なのか。 その頻度によって、準備の仕方も、ルールの作り方も変わります。 10回に1回も起きないことを、10回に10回起きる前提で話していたら、現場の判断はどんどん窮屈になります。1万回に1回のリスクを、毎日必ず起きるものとして扱えば、何もできなくなってしまいます。 外に出たらクマに会うかもしれない。 車にぶつかるかもしれない。 悪い人に出会うかもしれない。 そう考え始めれば、外に出ること自体が危険になります。でも、私たちはその可能性を理解したうえで、現実的な準備をしながら生活しています。 就労支援も同じです。 リスクを軽視してはいけません。けれど、リスクへの不安だけで現場を動かしてしまうと、支援は前に進めなくなります。 必要なのは、不安を消すことではありません。 不安を、事実に照らして扱うことです。 イレギュラーは備えるべきものですが、基準にしてしまうと現場を止めてしまいます。 誰かの意見に対して、「それは感情論ですよ」と切り捨てる必要はありません。感情には感情なりの背景があります。不安になる理由も、慎重になる理由も、そこには必ずあります。 ただ、その感情をそのままルールにしてしまう前に、いったん立ち止まることが大切です。 今話していることは、通常の基準についてなのか。 それとも、まれに起こるイレギュラーについてなのか。 実際には、どれくらいの頻度で起きることなのか。 既存のルールでは、どう定められているのか。 根拠となる情報はあるのか。 こうした問いを挟むだけで、会話の温度は変わります。 「あなたが間違っている」と言うのではなく、「今、私たちはどの基準について話しているのか」を確認する。すると、感情のぶつかり合いだったものが、事実に基づいた検討に変わっていきます。 就労支援の現場では、スタッフ間の意思疎通がとても重要です。 利用者さんへの支援は、ひとりの判断だけで成り立つものではありません。複数のスタッフが関わり、それぞれが同じ方向を見ながら、必要なサポートを組み立てていきます。 だからこそ、スタッフ同士の会話が感情の応酬になってしまうと、支援そのものが不安定になります。 逆に、事実をもとに話す文化があると、現場は強くなります。 人を責めるのではなく、基準を確認する。 不安を否定するのではなく、情報を整理する。 正義と正義を戦わせるのではなく、共通の土台に戻る。 それができると、意見の違いは対立ではなく、より良い支援をつくるための材料になります。 もちろん、すべてが数字やルールだけで決まるわけではありません。就労支援は人と人との関わりです。そこには気持ちもあります。個別性もあります。現場でしか見えない空気もあります。 けれど、だからこそなおさら、事実が必要なのです。 感情を大切にするためにも、感情だけで判断しない。 人を支える仕事だからこそ、支える側が冷静に立ち戻れる場所を持っておく。 私にとって、それが「事実で話す」ということです。 感情が悪いわけではありません。感情は、現場に真剣に向き合っている証でもあります。不安も、こだわりも、違和感も、大切なサインです。 ただ、それをそのままぶつけ合うのではなく、一度テーブルの上に置いてみる。 そして、みんなで事実を確認する。 何が決まっているのか。 何が起きているのか。 どれくらい起きるのか。 何に備えるべきなのか。 その順番で話せる現場は、強い現場です。 就労支援には、いろいろなことがあります。毎日が同じではありませんし、人が関わる以上、予想外の出来事も起きます。 だからこそ、イレギュラーに振り回されすぎず、かといって軽視もせず、正確な情報に基づいて準備しておくことが大切です。 感情が高ぶる場面ほど、事実に戻る。 意見が割れる場面ほど、基準を確認する。 誰かを論破するためではなく、同じ方向を向くために。 支援の現場で本当に必要なのは、勝ち負けを決める会話ではありません。必要なのは、利用者さんにとっても、スタッフにとっても、安全で納得感のある判断を積み重ねることです。 そのために、私はこれからも、感情ではなく事実で話すことを大切にしていきたいと思います。

エンタメ療育スタジオ Rough&Diamonds/就労支援で迷ったとき、戻るべき場所
教室の毎日
26/06/30 10:05 公開
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演劇療育でのオーディションが教えてくれた、自己発信の力

誰かに選ばれる場面では、能力だけでなく、「私はここで何をしたいのか」を自分の言葉で伝える力が問われます。けれど、その力は最初から上手にできる人だけのものではありません。緊張して、言葉が詰まって、それでも少しずつ前に出てみる。その積み重ねの中で、熱意はただの気持ちから、相手に届く考えへと変わっていきます。 就職に向けた自己発信について、最近あらためて考える機会がありました。 先日、外資系企業の障害者雇用に関する勉強会に参加しました。そこで印象に残ったのは、やはり「発信すること」の大切さでした。ただ準備をするだけではなく、緊張感を持って、自分の考えを相手に伝えること。その重要性を強く感じました。 もうひとつ、人事の方の言葉で心に残っていることがあります。 採用するかしないかを考えるとき、もちろんスキルや条件も見られます。でもそれ以前に、その人に熱意があるか。そして、自分なりの考え方を持っているか。そこがとても大事だという話でした。 つまり、「働きたいです」だけでは足りないのかもしれません。 自分はなぜ働きたいのか。どんなことをやりたいのか。どんなふうになりたいのか。どんなことに挑戦してみたいのか。 そうした意思を持ち、それを熱意として、さらに考えとして伝えることが求められているのだと思いました。 熱意は、心の中にあるだけでは相手に届かない。言葉にして、態度にして、初めて伝わるものになる。 この学びを、トレーニングの中でも実践してみたいと思いました。 そこで、レッスンの中で「オーディション形式」の活動を取り入れてみました。演劇のルールを使って、ある役を勝ち取るために、自分をアピールしてみるというものです。 「この役に選ばれるためには、どう伝えたらいいだろう」 「自分の強みをどう生かせるだろう」 「自分はどういう人間なのかを、どう表現できるだろう」 そういう問いを持ちながら、子どもたちに挑戦してもらいました。 すると、想像以上の反応がありました。 子どもたちは、こちらが思っている以上によく状況を見ています。オーディションという形式になると、ただ発表するだけではなく、「選ばれるために伝える」という緊張感が生まれます。その瞬間、ぐっと気持ちが入る子がいました。 普段はあまり言葉が出ない子が、一生懸命に自分を出そうとする姿もありました。うまく話せたかどうかだけではありません。自分の中にあるものを、なんとか外に出してみようとする。その姿勢そのものが、とても大きな一歩でした。 私はその場面を見て、確信に近いものを感じました。 自分の熱意や考え方を発信する力は、練習によって身につけられる。 これは、生まれつき話すのが得意な人だけのものではありません。最初から堂々と自己アピールできる人だけが持っている才能でもありません。緊張感のある場面を経験し、その中で自分の言葉を探し、少しずつ伝える練習をすることで、育っていく力なのだと思います。 就職活動でも、面接でも、日々のコミュニケーションでも、私たちは何度も「自分を伝える」場面に出会います。 そのときに大事なのは、完璧な言葉を用意することだけではないのかもしれません。むしろ、自分が何を大切にしているのか、何に向かいたいのかを、自分の中で少しずつ明確にしていくこと。そして、それを相手に渡す練習を重ねていくことです。 オーディションのような場には、適度な緊張感があります。誰かが見ている。選ばれるかもしれないし、選ばれないかもしれない。その中で、自分の強みを生かして、言葉や態度で表現していく。 これは、働くための準備にもつながっていると感じます。 働くということは、ただ業務をこなすことだけではありません。自分は何に関心があり、どんな役割を担いたいのか。どんなふうにチームや社会に関わっていきたいのか。それを自分の中に持ち、必要な場面で伝えられることも、働く力の一部です。 「選ばれる力」とは、自分を大きく見せる力ではなく、自分の本当の意思を相手に届く形にする力なのだと思う。 だからこそ、これからもトレーニングの中で、オーディションのような活動を取り入れていきたいと思っています。 誰かがいる中で、自分を発信してみる。緊張しながらでも、考えを伝えてみる。自分の強みを見つけ、それをどう表現するかを試してみる。 そうした経験を重ねることで、子どもたちは少しずつ「自分はこういう人間です」と言えるようになっていくはずです。 そしてそれは、就職に向かう人にとっても同じです。 熱意があること。考え方を持っていること。そして、それを伝えようとすること。 この三つは、最初から完成していなくてもいいのだと思います。むしろ、トレーニングの中で磨いていくものです。緊張してもいい。言葉に詰まってもいい。それでも、自分の中にある意思を外に出してみることから始まります。 働きたいという気持ちは、ただ胸の中にしまっておくだけではなく、相手に届く形にしていく必要があります。 そのために、練習する。場をつくる。挑戦する。 オーディションの場で見えた子どもたちの表情は、その可能性を教えてくれました。自分を伝える力は育つ。熱意は言葉になる。考えは、練習によって相手に届くものになる。 だから、これからもやっていきたいと思います。 緊張感のある場で、自分を出してみること。自分の言葉で、やりたいことを伝えてみること。選ばれるために自分を飾るのではなく、自分の意思をまっすぐ届けること。 そこから、働く力も、生きる力も、少しずつ育っていくのだと思います。

エンタメ療育スタジオ Rough&Diamonds/演劇療育でのオーディションが教えてくれた、自己発信の力
教室の毎日
26/06/29 09:50 公開
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力を教える前に、感覚を育てる療育

子どもが「そんなつもりじゃなかった」と言うとき、大人はつい「もっと優しく」と言いたくなります。でも本当は、その子は優しくしたくないのではなく、自分の力が相手にどう届いているのかをまだ感じ取れていないだけかもしれません。力加減は、言葉で教えるものというより、身体で少しずつ覚えていくものなのだと思います。 トレーニングの中で、「うまくいった対応事例」や「成功事例」をご紹介します。 その中でもよく出てくるのが、力加減に関する相談です。 本人にはそんなつもりがないのに、相手から見ると強く叩いてしまっている。遊びのつもりなのに、押し方が強すぎる。声をかけても、なかなか調整ができない。 大人からすると、「もう少し優しく」「力を抜いて」と言いたくなる場面です。 でも、そこで見落としてはいけないことがあります。 力をコントロールできない子どもは、単に乱暴にしているわけではありません。多くの場合、その前段階として必要な身体の感覚や、簡単な機能の使い方がまだ育ちきっていないことがあります。 つまり、力加減を学ぶには、まず「自分の力がどれくらい出ているのか」を感じる経験が必要なのです。 「優しくして」と言われても、本人の中に優しさの強さの目盛りがなければ、調整のしようがありません。 だからこそ、トレーニングではゲームを使います。 遊びながら、自分の力を感じる。相手の動きに合わせる。強くしすぎるとどうなるのか、弱すぎるとどうなるのかを、身体で確かめる。 これは、ただ楽しく遊んでいるように見えて、実はとても大切な学びです。 たとえば、先生や友達と一緒にタオルを持ち、その上にボールを乗せます。 そして、ボールを落とさないように、相手と息を合わせながら動かしていく。 一見すると簡単な遊びです。 でも、この中にはたくさんの要素が含まれています。 自分だけが強く引っ張ると、タオルは傾きます。相手の動きに気づかないと、ボールは転がってしまいます。力を入れすぎても、抜きすぎても、うまくいきません。 そこで必要になるのが、相手を見ることです。 先生がどう動いているのか。友達がどのくらいの力でタオルを持っているのか。ボールがどちらに転がりそうなのか。 自分の力だけでなく、相手の力も感じ取る必要があります。 力加減とは、実は「自分を抑えること」だけではありません。 相手と向き合い、相手に合わせながら、自分の身体を調整していくことです。 その感覚は、注意されるだけではなかなか育ちません。 むしろ、失敗しても安全な遊びの中でこそ育っていきます。 ボールが落ちたら、もう一度やればいい。強く引っ張りすぎたら、次は少し弱めてみればいい。相手とタイミングが合わなかったら、今度は顔を見て動いてみればいい。 そうした小さな試行錯誤の積み重ねが、子どもの中に「これくらい」という感覚をつくっていきます。 大人ができることは、ただ正しい力加減を指示することではありません。 子どもが自分で感じ、気づき、調整できる場面を用意することです。 「強すぎるよ」と言う前に、その子が自分の強さを感じられる経験を持っているかを考えてみる。 「優しくして」と伝える前に、優しさを身体で覚える機会があったかを見てみる。 そこに、トレーニングの意味があります。 子どもは、うまくできないことを責められるよりも、うまくできるための感覚を育ててもらうことで変わっていきます。 そしてその変化は、タオルの上の小さなボールのように、最初はとても繊細です。 少し強く引けば転がってしまう。少し気を抜けば落ちてしまう。 でも、相手を見て、自分の力を感じて、もう一度合わせてみる。 その繰り返しの中で、子どもは少しずつ学んでいきます。 力をどう使うか。 相手とどう関わるか。 そして、自分の身体が世界にどんな影響を与えているのか。 力加減は、叱って身につけるものではなく、感じながら育てていくものです。 そのための入り口は、案外、タオルとボールのような小さな遊びの中にあるのかもしれません。

エンタメ療育スタジオ Rough&Diamonds/力を教える前に、感覚を育てる療育
教室の毎日
26/06/28 09:16 公開
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挨拶は、療育トレーニングの最初の一歩である

練習は、最初の動きから始まるのではない。実はその前に、もう始まっている。相手の目を見て、声を出し、「よろしくお願いします」と伝えるその一瞬に、その人の姿勢も、集中も、場への敬意も表れる。技術を磨く前に、まず整えるべきものがあるのだと思う。 挨拶は、トレーニングの最初の一歩である 今日のトレーニングでも、最初に必ず確認したいことがある。 それは、レッスンメニューの内容や目的だけではない。 何のためにこの練習をするのか。 どういう状態を目指しているのか。 そして、その時間をどんな姿勢で始めるのか。 そのすべては、最初の挨拶に表れる。 「よろしくお願いします」 たった一言かもしれない。 でも、その一言をどう言うかで、その後の空気は大きく変わる。 声がしっかり出ているか。 相手に届く言葉になっているか。 体だけではなく、気持ちもその場に向いているか。 挨拶がしっかりしているだけで、場が締まる。 反対に、挨拶がだらっとしていると、その後にどれだけ良い練習をしても、どこか芯が抜けてしまう。 技術の練習に入る前に、まず姿勢が見えてしまうのだ。 挨拶は形式ではなく、その人が今この場にどう立っているかの表現である。 だからこそ、最初の一本の挨拶を大切にしたい。 ただ言えばいいわけではない。 なんとなく頭を下げればいいわけでもない。 相手に対して、場に対して、これから始まる練習に対して、自分の言葉でしっかり伝える。 「よろしくお願いします」 そして終わったときには、 「ありがとうございました」 これも同じくらい大事だ。 練習が終わった瞬間に、自分だけですぐ動いてしまうことがある。 終わったからもういい、という空気になってしまうことがある。 でも、その終わり方もまた、相手には印象として残る。 最後まで向き合っているか。 相手への感謝を言葉にしているか。 一緒に練習してくれたことへの敬意があるか。 そこまで含めて、ひとつのトレーニングだと思う。 「ありがとうございました」 この言葉を、ただの締めの合図にしない。 ちゃんとお礼として伝える。 その積み重ねが、練習の質をつくっていく。 普段のトレーニングの中では、どうしてもメニューや技術に意識が向きやすい。 何をやるのか。 どう動くのか。 どこを直すのか。 もちろん、それは大事だ。 でも、同じ練習をしていても、最初と最後の姿勢が違えば、受け取るものも変わる。 挨拶が整っている人は、練習への入り方も整っている。 終わりの礼が丁寧な人は、自分だけでなく相手との関係性も大事にできる。 技術は、そういう土台の上に乗っていく。 一度、実際にやってみるとよくわかる。 何も意識せずに、なんとなく「お願いします」と言って始める。 終わったらすぐに次の動きへ移る。 そのとき、相手にはどんな印象が残るだろうか。 逆に、しっかり目を向けて、声を出して、「よろしくお願いします」と伝える。 終わったら、動きを止めて、「ありがとうございました」と言う。 それだけで、場の空気は変わる。 これは礼儀の話であると同時に、集中の話でもある。 挨拶をすることで、自分の意識が切り替わる。 ここから始まる。 今から相手と向き合う。 この時間を大切にする。 そのスイッチが入る。 終わりの挨拶も同じだ。 練習をやりっぱなしにしない。 その時間を受け取り、相手に返す。 ありがとうございました、と言葉にすることで、経験がひとつ区切られる。 うまくなるための第一歩は、特別な技術ではなく、今いる場所にきちんと立つことなのかもしれない。 トレーニングでは、毎回いろいろなメニューを行う。 目的も違えば、意識するポイントも違う。 でも、どんな練習であっても、最初と最後に大切にしたいことは変わらない。 始まりは、しっかり挨拶する。 終わりは、しっかりお礼を伝える。 それは簡単なようで、毎回きちんとやるのは意外と難しい。 疲れている日もある。 気持ちが散っている日もある。 慣れてくると、つい流れてしまうこともある。 だからこそ、意識して整える必要がある。 「よろしくお願いします」 「ありがとうございました」 この二つの言葉を、毎回ちゃんと届ける。 それだけで、練習の入り方も、終わり方も、相手との関係も変わっていく。 トレーニングは、身体を動かす時間である前に、人と向き合う時間でもある。 そして人と向き合う時間は、いつも挨拶から始まる。 たった一本の挨拶を大切にすること。 そこに、その人の姿勢が出る。 そこから、良い練習が始まっていく。

エンタメ療育スタジオ Rough&Diamonds/挨拶は、療育トレーニングの最初の一歩である
教室の毎日
26/06/27 09:11 公開
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私たちの療育スキルを、誰かの明るさに変える

誰かの表情が少し明るくなる瞬間に立ち会うと、自分たちが持っているものの意味が変わることがあります。それは特別な言葉ではなく、難しい支援でもなく、ただ一緒に体を動かす時間の中で起こることもある。月に一度、鹿沼の児童養護施設で子どもたちと踊っていると、ダンスは単なる技術ではなく、心と心をつなぐ小さな橋なのだと感じます。 普段のトレーニングや活動の中で、私たちはいろいろな形でダンスと向き合っています。教えること、踊ること、見せること、そして誰かと一緒に楽しむこと。 前回は、スペシャルオリンピックスのコーチをしていることについてお伝えしました。実は、それ以外にも続けている取り組みがあります。 月に一度、鹿沼にある児童養護施設「ネバーランド」へ行き、無料のダンスワークショップを行っています。 この活動を始めて、もう4年ほどになります。ご縁があって通うようになり、毎月子どもたちと一緒に踊り、秋には収穫祭というお祭りでダンスを披露する機会もあります。 最初は、私たちの持っているダンスのスキルを、もっといろいろな人とシェアできたらいいなという思いからでした。 でも続けていくうちに、これは単に「教える」「習う」という時間ではないのだと感じるようになりました。 ダンスは、自分で踊っても楽しいし、誰かに見てもらうのも楽しいものです。けれど、それだけではありません。 ダンスを通して、心と心の交流が生まれることがあります。 言葉にしづらい気持ちも、体を動かすことで少し外に出てくる。緊張していた表情がゆるんだり、遠慮がちだった子が少しずつ前に出てきたりする。 そういう変化を、毎月のように見せてもらっています。 ネバーランドには、2歳くらいの小さな子から高校生くらいの子まで、さまざまな年齢の子どもたちがいます。 4年前、「こんなに小さい子が来たんだ、かわいいな」と思って見ていた子が、気づけば今年はすっかりお姉さんのようになっていました。体も大きくなり、表情も明るくなり、踊る姿にも自信が出ている。 毎月会っているからこそ、その変化がよくわかります。 一度きりのイベントでは見えないものが、続けていると見えてくるのです。 もちろん、毎回同じ顔ぶれというわけではありません。行くたびに「あれ、前回はいなかったな」という新しい子がいることもあります。 ある時、「今日からなんです」という子がいました。 その子は、少し不安そうな表情をしていました。新しい場所、新しい人たち、新しい生活。その中で急にダンスの時間に入るのだから、当然かもしれません。 最初は少し硬い様子でした。 でもレッスンをしていく中で、少しずつ体が動き始め、表情も変わっていきました。大きな変化ではないかもしれません。でも、ほんの少し気持ちが明るくなっていくように見えたのです。 そして次の月に行ってみると、その子が前の方で楽しそうに踊っていました。 それだけではありません。たくさん話しかけてくれたのです。 「この1ヶ月、このダンス練習してたんだ」 「先生、ちょっと見てよ」 「このステップ、できるようになったよ」 そんなふうに声をかけてくれました。 その瞬間、胸の奥がじんわり温かくなりました。 私たちが届けているものは、完璧な振り付けや技術だけではないのだと思います。もちろん、上手になることも大切です。でもそれ以上に、「できた」「見てほしい」「もっとやってみたい」という気持ちが生まれること。 その気持ちが、その子の中で小さな自信になること。 そこに、ダンスの大きな力があるのだと思います。 ダンスは、言葉より先に心を動かすことがある。 児童養護施設にいる子どもたちが、それぞれどんな背景を持っているのか、私たちがすべてを知ることはできません。 だからこそ、こちらが勝手に何かを決めつけるのではなく、その日その場で一緒に踊ることを大切にしています。 楽しく踊る。笑う。できたことを一緒に喜ぶ。秋の収穫祭に向けて練習する。 そういう積み重ねの中で、少しずつ関係ができていきます。 月に一度という小さな頻度でも、4年続けると、そこには確かな時間が積み重なります。 子どもたちの成長を見られること。新しく来た子が少しずつ場になじんでいく姿に立ち会えること。以前は後ろにいた子が、前で堂々と踊るようになること。 それは、私たちにとっても大きな学びです。 自分たちのスキルは、誰かと分かち合った時に、はじめて別の意味を持ちはじめる。 普段の活動の中では、トレーニングやレッスン、イベント出演など、さまざまな形でダンスに関わっています。けれど、こうした地域との交流やボランティアも、私たちにとってとても大切な取り組みです。 自分たちが持っている資源を、必要としている場所や人たちとシェアしていく。 それは、大げさなことではないのかもしれません。できることを、できる形で、続けていくこと。 私たちの場合、それがダンスでした。 鹿沼のネバーランドで、月に一度、子どもたちと踊る時間。秋の収穫祭に向けて、少しずつステップを重ねていく時間。 その中で、子どもたちの心が少し元気になったり、明るくなったり、自信を持てるようになったりする。 それを感じられることが、何より嬉しいのです。 ダンスは、舞台の上だけにあるものではありません。特別な人だけのものでもありません。 誰かと一緒に音に乗り、体を動かし、笑い合う。その時間の中に、ちゃんと人と人とのつながりが生まれる。 月に一度の小さなワークショップかもしれません。 でも、その小さな時間が、ある子にとって「見てほしい」と言える場所になったり、「できた」と思える経験になったりするなら、それはとても大きな意味を持つのだと思います。 これからも、私たちの持っているものを、地域の中で少しずつ分かち合っていきたい。 そしてまた来月も、子どもたちの前で音楽をかけて、一緒に踊る。 その一歩一歩のステップの先に、きっと心が明るくなる瞬間が待っていると信じています。

エンタメ療育スタジオ Rough&Diamonds/私たちの療育スキルを、誰かの明るさに変える
教室の毎日
26/06/26 10:38 公開
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