「履物をそろえる」
履物をそろえると心もそろう。
心がそろうと履物もそろう。
脱ぐときにそろえておくと、はくときに心が乱れない。
誰かが乱しておいたら、だまってそろえておいてあげよう。
そうすればきっと、世界中の人の心もそろうでしょう。
これは、今年6月に他界された故・馬場公忠先生が、剣道場の入り口に掲げていた言葉です。
私が教員になったばかりの頃に出会い、深く心を打たれました。
それ以来、私自身も生徒の目に触れる場所に掲げ、折に触れて伝えてきました。
気がつけば、体育館のトイレなどのスリッパなどをそろえるのも、自然と習慣になっています。
先日、あるお母さんとお話しした際、その方のお子さんは「納得しないと受け入れないタイプなんです」とおっしゃっていました。
その言葉を聞いたとき、なぜかこの「履物をそろえる」の教えがふっと頭に浮かびました。
些細なことのように見えても、そこには必ず意味がある。
そんな“物事の奥にある思い”を、子どもたちにも少しずつ伝えていけたらいいなと感じています。
(こうじや 代表)
履物をそろえると心もそろう。
心がそろうと履物もそろう。
脱ぐときにそろえておくと、はくときに心が乱れない。
誰かが乱しておいたら、だまってそろえておいてあげよう。
そうすればきっと、世界中の人の心もそろうでしょう。
これは、今年6月に他界された故・馬場公忠先生が、剣道場の入り口に掲げていた言葉です。
私が教員になったばかりの頃に出会い、深く心を打たれました。
それ以来、私自身も生徒の目に触れる場所に掲げ、折に触れて伝えてきました。
気がつけば、体育館のトイレなどのスリッパなどをそろえるのも、自然と習慣になっています。
先日、あるお母さんとお話しした際、その方のお子さんは「納得しないと受け入れないタイプなんです」とおっしゃっていました。
その言葉を聞いたとき、なぜかこの「履物をそろえる」の教えがふっと頭に浮かびました。
些細なことのように見えても、そこには必ず意味がある。
そんな“物事の奥にある思い”を、子どもたちにも少しずつ伝えていけたらいいなと感じています。
(こうじや 代表)