発達障害の息子を通して写る過去の自分。小学校に通うのは苦難の連続で…

ライター:林真紀
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出典 : http://amanaimages.com/info/infoRF.aspx?SearchKey=11021005959

小学校生活が始まり、私は息子が忘れ物をしないように気を張り詰めている毎日です。しかし、自分自身が忘れ物がクラスナンバー1だった私にとって、息子の小学校生活のサポートは困難の連続で…。

小学生のころは忘れ物常習犯だった私が、息子の支援をするのは大変で…

私は小学生だった頃、忘れ物と宿題忘れの常習犯でした。

どこかにメモを取れば良いのに、取ってこない…。メモを取ったとしても、どこに書いてあるのか分からない…。挙句の果ては連絡帳を毎日のように学校に忘れてくる…。そして家に帰ると、宿題のことなど綺麗さっぱり頭から消えているのです。

翌日の授業中、先生の嫌味と怒号を聞いて「またやってしまった…明日こそは」と決意します。しかし、またその翌日には、宿題やその他の持ち物のことは綺麗さっぱり忘れてしまっているのでした。

そんな私も今では母になり、発達障害の診断を受けた6歳の息子がいます。

小学校時代には先生から「忘れ物大賞」をもらって泣いて帰った私が、息子の小学校の持ち物の管理をしなければならないなんて、どういうことになるかは火を見るよりも明らか…という感じでしょう。


小学校からの連絡袋の中には、毎日大量のお手紙が投入されています。息子はもちろん、何がなんだか良く分かっていません。その情報を読んだだけでも、私の頭は大混乱になります。「○日までに△を持っていって」「×日までに○と△を持っていって」「宿題はこれとこれで…」と何度も何度も復唱しながら、家の中をウロウロするありさまの私。


息子を登校させた後も、「今日は忘れ物ないだろうか」「あれを忘れたかも」と気になってしまい、気がそぞろになってしまいます。
発達障害児の小学校生活の支援は、同じ特性を持つ私にとって、苦難の連続だったのです。

気が気じゃない私をさらに追い詰めた「連絡帳」の内容とは…

こんな状態で疲弊しきっていた私をさらに追い詰めたのは、連絡帳でした。

息子の連絡帳には毎日、忘れ物や持ち物のミスについて必ず記載がされていました。息子が小学校でどんな風に過ごしているかのような情報は一切なく、ただひとこと、「○○を忘れていました」「××のサイズが違います」「◇◇の切り方が違いました」というような言葉だけ。

これを読むたびに、私は小学校の頃に先生に叱られて、下を向いているときの気持ちが蘇ってきてしまいました。そのうちに、私は息子の連絡帳を開くのも怖くなってきてしまったのです。

「また先生に叱られちゃう…」
「どんなに気を付けても、いつも何か書かれている」
「私はやっぱりダメな人間だ~」

私の心は小学生の頃に逆戻りです。さらに、「私がこんなミスばっかりしているから、息子があんななんだって思われているかもしれない」とあらぬ方向に思考がいってしまいました。

毎日連絡帳を見てはガックリとうなだれながら、自分の子を通して、自分の過去を思い出してしまう辛さに苛まれました。

連絡帳に落ち込んでいた私。でも励ましてくれたのも、また連絡帳だった!

息子の連絡帳を見るたびに、過去の自分も今の自分も責められているような気がして落ち込んでいた私。しかし、私は途中で大きな励ましを得ることができたのです。

それは、息子の支援級通級が始まったことがきっかけでした。支援級通級が始まると、もう一冊、支援級用の連絡帳を準備するのです。

支援級は少人数なので、先生は息子の生活や学習について毎日びっしりとコメントを書いてくださっています。そして、支援級の連絡帳には、「息子くんは今日はこんなことを頑張りました」「この問題は自分で頑張って解きました」「毎日楽しそうに学校に通っています」というような、息子を褒める言葉がたくさんたくさん書かれています。

息子の支援級の先生は、「通常級で頑張ってきてるんだから、支援級ではとにかく褒めるんです」とおっしゃってくださる方です。それが連絡帳のコメントにもよく表れています。

私は支援級の連絡帳を読んでいるうちに、なんだか「お母さんも頑張ってますね」「息子くんは大丈夫ですから、お母さんも肩の力を抜いて」と言われているような気がして、大きな救いと癒しになりました。通常級の連絡帳を見るたびに自分を責めていた私ですが、支援級の連絡帳を読んで気持ちを取り直すことができるようになったのです。
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「支援」は親の心をも支えてくれる

そして私は気づきました。「支援」とは、子どもだけではなく、ときに親の自信まで回復させる役割もはたしてくれるのだと。

発達障害の子どもを育てていると、実は親も自信を失いがちになります。思うようにいかない育児に振り回され、周囲からの視線を気にしているうちに、どうしても「自分はダメな親だ」と自分を責めるようになります。私のように、子どもと同じ特性がある場合は困難はさらに倍々になります。自分の管理ができないのに、子どもの管理まですることは、そうたやすいことではありません。

「支援」とは、「こんな風にお手伝いしたら、こんなことができるようになりましたよ!」というものでもあると思います。自分の子どもが「できましたよ」「頑張りましたね」と言われることで、日ごろ自信を失いがちな親も、活力を得ることができるのです。

支援級の「連絡帳」の記録、それは親へのエールでもある。そう捉えると、困難が多い毎日を進んでゆくための新たな活力源が生まれたように感じることができました。
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