子どもの声に徹底的に耳を傾け未来をつくる。前例が無いからこそやってみる精神の、宮城県の新しい教育

ライター:発達ナビ編集部
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インクルーシブ教育について、その実行計画や運用、そもそもの考え方を、教育リーダーズから学ぶための連載です。第四回は、2023年にLITALICOと連携協定を結んだ宮城県教育委員会の、佐藤靖彦教育長と佐々木利佳子宮城教育大学副学長のお二人にお話を伺いました。

「インクルーシブ教育システム」を推進するための指針を、教育リーダーズから学ぶ。

2022年に国連から日本へと推進が通達されたこともあり、昨今大きな注目を集めている「インクルーシブ教育システム」。インクルーシブ教育システムとは、文部科学省で下記のように定義されています。
「インクルーシブ教育システム」(inclusive education system、署名時仮訳:包容する教育制度)とは、人間の多様性の尊重等の強化、障害者が精神的及び身体的な能力等を可能な最大限度まで発達させ、自由な社会に効果的に参加することを可能とするとの目的の下、障害のある者と障害のない者が共に学ぶ仕組みであり、障害のある者が「general education system」(署名時仮訳:教育制度一般)から排除されないこと、自己の生活する地域において初等中等教育の機会が与えられること、個人に必要な「合理的配慮」が提供される等が必要とされている。
出典:https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1325884...
障害のある子もそうでない子も、共に学ぶための仕組みづくり。しかし実際の市区町村、学校教育の現場では、対応のノウハウが欠如していたり、人員が足りなかったり、チームの目線が合わなかったりと、推進が難しい現状もあるという声も散見されています。

そんな中でも、すでに全国でインクルーシブ教育システムを先駆けて推進している人たちがいます。彼らはインクルーシブ教育システムをどのように捉え、何を考え、推進を実現してきたのでしょうか?

この連載では、そんな彼らを「教育リーダーズ」と位置付け、その言葉に耳を傾けることで推進のヒントとなる”指針のカケラ”を集めていきたいと思っています。第四回は、2023年にLITALICOと連携協定を結んだ宮城県教育委員会の、佐藤靖彦教育長と佐々木利佳子宮城教育大学副学長のお二人にお話を伺いました。
宮城県教育委員会 佐藤靖彦教育長
宮城県教育委員会 佐藤靖彦教育長
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佐藤靖彦教育長
1988年、宮城県に入庁。
人事課長、保健福祉部次長、経済商工観光部次長、会計管理者、環境生活部長を経て、2023年4月に宮城県教育委員会教育長に就任
宮城教育大学 佐々木利佳子理事・副学長
宮城教育大学 佐々木利佳子理事・副学長
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佐々木利佳子 宮城教育大学 理事・副学長
2022年、宮城県教育庁義務教育課課長。2023年、宮城県教育庁副教育長。2024年、宮城教育大学副学長連携担当理事・副学長
指針
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教育を開き、学校現場と悩みや感動を共有する

ーーまずは佐藤教育長にお話を伺います。宮城県が推進してきた教育がどこを目指しているのか、そして教育長としてその原点にあるものがどこにあるのか、教えていただけますでしょうか。

宮城県ではこれまで、小・中・高等学校を通じて、人や社会と関わる中で社会性や勤労観を養い、社会の中で果たすべき役割を考えながら、将来の社会人としてのよりよい生き方を主体的に求めさせていく『志教育』を推進してまいりました。

そんな『志教育』が始まった1年後に起きたのが、東日本大震災です。

ーー2011年の震災のタイミングと重なった。

子どもたちは内面的なストレスや、将来に対する不安を抱えながらの生活を余儀なくされました。その時に、ある方の言葉が心に残っているのですが、「子どもたちは復興の進まない荒れた地域で生活をして、その光景を見続けることでそれが『心の原風景』になるんだ」というようなものでした。その言葉に、心を動かされたんです。
教育長‐‐宮城県教育委員会佐藤靖彦教育長
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ーー震災後の風景が、子どもたちの原風景となった。

だからこそ最優先に考えたのが、1日でも早く学校を再開するということでした。多くの方々のご支援のもと、当時の被災状況からは考えられないスピードで学校を再開することができて、子どもたちの居場所をつくることができました。停電することも多かったのですが、先生たちが蝋燭の火を灯してその中でテストの採点をしていたことをはっきりと覚えています。

学校を再開して、学校に行けば友達に会えることが、一番の心のケアになったのではと感じています。地域の方々にとっては元気に学校に通う子どもたちの姿に、希望や未来を見ていたのではないでしょうか。

その光景がずっと心に残っていて、それが私の教育における原点の一つになっています。

ーーその原点が、『志教育』にも繋がっていると。

『教育は明るい未来のためにある』と思っており、同時に教育は未来のための仕事だと信じています。学校は子どもたちの夢の実現のために、未来を創る場所だとも思っています。『志教育』の取り組みは子どもたちに将来への夢や希望を持たせ、復興や地域に貢献できる人材を育てる上で重要な役割を担ってきたものと考えています。

ーー今後の推進に向けて、どのような絵を描かれているのでしょうか。

そうですね。今後はこれまでの小・中・高等学校との縦の連携に加えて、地域の企業など横の連携にも力を入れ、学校で学ぶ知識と実社会との関連性を意識させながら、子どもたち一人ひとりがより具体的な将来の夢や希望を持って学べる教育環境をつくりたいと考えています。

また、子どもたちが積極的に地域に出て、地域の方々と関わりながら活発に活動することで、人口減少が進む中にあっても、地域の人々の目に子どもたちの元気な姿がしっかりと映るような街にしていきたいです。
教育長‐‐宮城県教育委員会佐藤靖彦教育長
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ーー教育長が大切にしている考え方として、指針となるものはありますか?

3つの指針を掲げています。1つ目が『教育を開く』ということです。今の教育が抱えている課題の多くは、例えば教育の範囲や学校の単位では、解決が難しくなっていると感じています。今後は、教育を地域社会の課題として、全体で考えていく必要があるのです。これまでは、学校という「家」を創ってそれぞれに守ってきたものを、これからは、教育という「街」を地域と一緒に創っていくようなイメージを持っており、そのことをみんなで共有しながら、取り組んでいます。

2つ目が『考える、考える、考える』ということで、一度出した結論でもそこに立ち止まらず、常に考え続けることを大切にしています。状況が変われば結論も変わるので、そのことを恐れないであらゆる可能性を否定せずに、常に考え続けてしなやかに進みたいと思っています。

最後は『学校現場と悩みや感動を共有する』ということなのですが、教育の本丸は学校での授業だと思っています。楽しい授業であること、子どもたちが行きたくなる学校づくり、学校現場で働く先生がやりがいを持って楽しく働ける学校づくりを目指していきます。

前例が無いからこそやってみる精神で挑戦する

ーー「第2期宮城県教育振興基本計画(改訂版)」を策定される上で、特に大切にされたことを教えてください。

何よりも子どもたちの計画となる必要があるということ、そしてこの計画を実現していくために学校現場の先生方が誇りとやりがいを持って働き続けられる環境をつくること、この二点を大切にして策定を進めてきました。施策展開の横断的な視点として、従来のものに加えて「教育DXの推進」と「持続可能な学校教育の推進」を新たに掲げ、ICTを活用した学力向上対策などさまざまな施策においてデジタルを積極的に活用していく姿勢を打ち出しています。

子どもたちが主体的に学び、教員がやりがいを持って働ける環境づくりの視点を念頭に置きながら、持続可能な学校教育を推進していきます。

ーーどのように策定を進められていったのでしょうか。

とにかく、子どもたちの声を直接聞くことを大切にしました。県内5ヶ所で、中高生にも参加してもらって意見を伺い、どんな学校にしたいか、学校生活に何を期待するかなど、自分たちの思いを自分たちの言葉で話してもらいました。

そんな子どもたちの声を聞いて、意見交換会に参加した職員たちも目がウルウルしてきて、開催して非常に良かったと思っています。ほかにも子どもたちへのアンケート調査を大規模に行いました。そこで見えてきた生の声が今の我々にとって宝物になっていて、しっかり噛み締めながら共に目指す教育の姿を必ず実現していきたいと思っています。
教育長‐‐宮城県教育委員会佐藤靖彦教育長
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ーー「第2期宮城県教育振興基本計画(改訂版)」の中で11の施策を掲げていらっしゃるとのことですが、その中でも自立と社会参加に繋げる、「共に学ぶ教育推進モデル事業」について伺わせてください。

小中学校の通常の学級の中で、特別支援学級に在籍する子どもが障害のない子どもたちとどうやって共に学んでいくかを考えています。それは学校だけでなく、外部の専門家ですとか、地域の方々にも協力をいただきながら、障害のある児童生徒が集団の中で、自分を生かすことができる学習環境の整備を進めてきました。

ユニバーサルデザインの考え方を授業に取り入れるということで、軸は障害のある子どもたちに対する支援なのですが、結果それがほかの子どもたちにもとっても分かりやすい授業になるという成果も出ています。

ーーそんな宮城県は、弊社LITALICOと包括連携協定を結んでから約1年が経過しました。

LITALICO教育ソフトを導入して、例えば生徒の実態を入力すると、適切な教材が紹介されるとか、一人ひとりに応じた教材を探すためのツールとして非常に有効だったという声があります。

また若手教員も増えていて、特別支援教育に携わった経験のない教員もいるので、支援のスタートを切る上でこのツールが非常に役に立ったという声も聞いています。あとは家庭と学校で同じ教材を使って支援することができるということで、学校と家庭の両輪で支援を行えることも良い点ですね。

ーー今後の取り組みについても教えてください。

今年4月に開校した「秋保かがやき支援学校」には、従来の支援学校の高等部の普通科と、軽度の知的障害の生徒を対象とした高等部の産業技術科を同じ学校の中に設置しました。それぞれ教育課程は違うのですが、普通科と産業技術科が一緒に学べる機会をつくり、お互いの個性を認め合い、理解し合うインクルーシブな学校づくりを目指しています。

先日高等部のスポーツフェスティバルが開催されて、普通科と産業技術科の混合チームで対抗戦を行いました。それぞれ協力しながら競技に取り組んで、大変盛り上がりました。お互いの良さを認め合いながら全員参加を目指す、これこそが共生社会の一つの形だと思っています。
教育長‐‐宮城県教育委員会佐藤靖彦教育長
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ーーとても興味深いインクルーシブ教育の取り組みです。

また、この学校に地域開放型の実習施設とカフェをつくって、地域の方と交流できるようにしています。そこで生徒がつくった製品や食品の販売が行われ、接客もする形で地域の方と交流を活発に行い、触れ合いながら教育をしていく新しい形の学校です。

ほかにも、全国的にも珍しい公立の小中一貫の学びの多様化学校、3つの異なる形態の学びの多様化学校、夜間中学など、学びの多様化を推進しています。

ーー先日発表された、新しい学校のお話も伺わせてください。

はい、インクルーシブやダイバーシティの視点を重視した、新しいタイプの学校「ideal(アイデアル)スクール」を令和9年度の開校を目指してつくっているところです。単位制で、時間割が8時間目まで幅広く用意されて自分のペースで学ぶことができ、登校できない生徒には県内の通信制高校の単位も認めています。定時制と通信制のいいところを両方持っている、これまでにない全日制の学校で、複数の大学と共同でカリキュラムの開発を進めています。

教員が一人ひとりの生徒をきめ細かく対応するチューター制の導入、ICT学習支援ツールを活用した学び直しの授業、企業の長期インターンシップ、多様なキャリアのスタッフによる手厚いサポートなど、本当に理想的な学校になれば良いなと考えています。

ーー最後に、教育長が大切にしているインクルーシブ教育を進める上での考え方を教えてください。

『前例が無いからこそやってみよう』という風土があって、大変革の時代の中で自分たちが気づいて考えて挑戦するということが非常に大切だと思っています。市町村と一緒に汗をかきながら、課題も解決策も現場にあると思うので、現場に通って私たちの考えとミスマッチが起きていないかを検証し、常にアップデートしながら、一歩一歩努力を積み重ねていきたいと思っています。

思わないと実現しないのでまず思うことが大事で、それが全ての第一歩かなと思いながらやっています。
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