【無料アーカイブ配信中】「正しい親」よりも、揺らぎながら向き合う姿を。脚本家足立紳さん×井上雅彦先生が語る家族のリアル「LITALICO MIRAI FES」レポ
ライター:発達ナビ【編集部Eye】
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2026年4月5日に開催された『LITALICO MIRAI FES』。午後のステージでは脚本家・映画監督の足立紳さん、井上雅彦先生、LITALICOジュニアの緒方広海、牟田暁子編集長が登壇し、一人の親としての試行錯誤や専門的な知見から、日常の困りごととの向き合い方を語り合いました。笑いと共感に満ちた当日のハイライトを、井上先生、足立さんの独自インタビューと共にお届けします。4名のトークセッションはアーカイブ配信中ですので、ぜひ映像と併せてお楽しみください。
正解のない物語をどう生きるか――脚本家×専門家らと語らう家族の葛藤と役割
トークセッションのテーマは、『親の葛藤と役割:正解のない物語をどう生きるか』。
ゲストの脚本家・映画監督の足立紳さんが執筆されたドラマ『こんばんは、朝山家です。』は、どこか自分本位で世間体が気になる不器用な脚本家の夫と、彼を𠮟咤激励しながら奔走する妻、そして発達特性のある息子と反抗期の娘という、一筋縄ではいかない家族の奮闘を描いた物語です。本作は足立さんの実体験がベース。脚本家という“客観視のプロ”でありながら、ひとたび家庭に戻れば、ドラマさながらに息子さんとぶつかり、「頭では理解していても、いざ父親の立場になると明らかに間違いだと分かっている対応をとめられないんです」――そんな足立さんの飾らない本音から、セッションは始まりました。
ゲストの脚本家・映画監督の足立紳さんが執筆されたドラマ『こんばんは、朝山家です。』は、どこか自分本位で世間体が気になる不器用な脚本家の夫と、彼を𠮟咤激励しながら奔走する妻、そして発達特性のある息子と反抗期の娘という、一筋縄ではいかない家族の奮闘を描いた物語です。本作は足立さんの実体験がベース。脚本家という“客観視のプロ”でありながら、ひとたび家庭に戻れば、ドラマさながらに息子さんとぶつかり、「頭では理解していても、いざ父親の立場になると明らかに間違いだと分かっている対応をとめられないんです」――そんな足立さんの飾らない本音から、セッションは始まりました。
息子さんがASD(自閉スペクトラム症)と診断された小学校2年生の頃から、共に不登校やコミュニケーションの壁にぶつかってきた足立さん。「普通に人間関係を築けるようになってほしい」と願うあまり、つい正論を押しつけてしまったと言います。その結果、息子さんから「親父は2階にいて。下に降りてこないで」と拒絶され、1週間もの間、自室のある2階から降りられない「家庭内隔離」の状態に。「パパはお前をこんなに愛しているのに、どうして伝わらないんだ」と、一生懸命に自分の気持ちを投げかけ、「人生が終わったと思うほどショックだった」と足立さんは振り返ります。
この切実なエピソードを受け、井上雅彦先生は「答えはないけれど……」と前置きした上でこう語りかけました。「障害受容という言葉があるけれど、それは支援者側の言葉。渦中にいる人にとっては、お互いに試行錯誤し、親がおせっかいを焼き、子どもがそれを受け入れる――そんな関係性の中でだんだんとお互いが分かってくる。そのプロセスこそが『相互理解』なのだと思います。困った自分を客観視して、こうして語れるようになると、少し楽になれるかもしれませんね」
ドラマでは、特性のある弟ばかりに親の目が向くことに不満を募らせる、姉の想いも描かれています。「お姉ちゃんが弟を『ずるい』『怠けているだけだ』と攻撃するシーンがあるのですが、それはわが家の実話です。親として必死にとめていましたが、ドラマをきっかけにお姉ちゃんの話を聞くと、『自分の頑張りを見てもらえていない』という彼女自身のストーリーがあったことに改めて気づかされました」と足立さん。
ドラマでは、特性のある弟ばかりに親の目が向くことに不満を募らせる、姉の想いも描かれています。「お姉ちゃんが弟を『ずるい』『怠けているだけだ』と攻撃するシーンがあるのですが、それはわが家の実話です。親として必死にとめていましたが、ドラマをきっかけにお姉ちゃんの話を聞くと、『自分の頑張りを見てもらえていない』という彼女自身のストーリーがあったことに改めて気づかされました」と足立さん。
ドラマの監修を勤めたLITALICOジュニア・緒方広海チーフスーパーバイザーも、ドラマの衝撃を振り返ります。「1話を見たときはあまりに心に刺さりすぎて、実は良い反面つらかったんです。『この喧嘩、よくあるな』と。でも、回を追うごとに『自分たちだけじゃないんだ、一人じゃないんだ』という感覚になり、うれしい気持ちも湧いてきました。今では、『あのドラマのようなことが、お宅でも起きているということなんですよ』と、ご家族の状況を客観的に共有するための共通の物差しとして、非常にありがたい存在だなと感じています」
こうした「家族のありのままの姿」を共有することの意義について、牟田編集長は足立さんの試行錯誤に深く共感しながら、会場へこう語りかけました。
「お子さんのことをこれほどまでに考え、愛しているという想いは、きっと息子さんにも伝わっているはず。何より、悩みながら試行錯誤されている足立さんの姿勢そのものが、本当に素敵だなと感じます。ドラマのように、もがいている家族の様子を見せていただくことは、同じ悩みを持つ親御さんにとっても『自分だけじゃないんだ』という大きな救いや、ほっとする安心感に繋がったのではないでしょうか」
ほかにも、思春期特有の「性教育・異性との距離感」や「スマホ・ゲームとのつき合い方」といった具体的な悩みについても、登壇者それぞれの視点から意見が交わされました。専門家や第三者の力を借りることの大切さ、そして、制限ではなく「お互いがポジティブになれるルール作り」への転換など、明日から実践できるヒントが数多く語られています。
トークセッションの全容は、ぜひアーカイブ配信でご覧ください。
「お子さんのことをこれほどまでに考え、愛しているという想いは、きっと息子さんにも伝わっているはず。何より、悩みながら試行錯誤されている足立さんの姿勢そのものが、本当に素敵だなと感じます。ドラマのように、もがいている家族の様子を見せていただくことは、同じ悩みを持つ親御さんにとっても『自分だけじゃないんだ』という大きな救いや、ほっとする安心感に繋がったのではないでしょうか」
ほかにも、思春期特有の「性教育・異性との距離感」や「スマホ・ゲームとのつき合い方」といった具体的な悩みについても、登壇者それぞれの視点から意見が交わされました。専門家や第三者の力を借りることの大切さ、そして、制限ではなく「お互いがポジティブになれるルール作り」への転換など、明日から実践できるヒントが数多く語られています。
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ゲストインタビュー:正解のない物語をどう生きるか
セッション前には、足立さんと井上先生のお二人にお話を伺いました。
「しっちゃかめっちゃかな日常が『恥ずかしくない』と言える世の中を願って」
―― 今回のトークセッションで、足立さんが期待されていることはありますか。
足立さん:実を言うと、自分自身の気づきが欲しくて参加しました(笑)。息子がASD(自閉スペクトラム症)と診断された小2から中1の今まで、もう6〜7年は経っているんです。でも、その年月で自分の接し方が少しでも上手くなったかというと、正直、何の進歩も自覚できていなくて。本を読めば「いい距離感を保ちましょう」なんて書いてありますが、それができないからこそ、今更ながら「どうすればいい関係が築けるだろう」と、ずっと考えています。なので、今日のセッションを通して「こうすればいいのか」「こういう心持ちでいればいいのか」というヒントをもらい、何より自分自身が少しでも楽になりたい……そんな気持ちでいます。
――脚本家として、人間の美しさだけでなく、格好悪さやままならなさなども作品に落とし込み、世の中に共有されてきた印象があります。そこにはどのような想いを込めているのでしょうか。
足立さん:正直、世の中を変えたいなんて大きなことは思っていないんです。ただ、僕自身がすごく未熟な人間なので、その未熟さを隠さずさらけ出したほうが、自分自身も生きやすくなるなと思っていて。「できなくて当たり前じゃん」という空気が広がれば、みんなもっとリラックスして子育てができるんじゃないかな、と。
世の中の子育て本って、優秀なお子さんの成功体験が多いですよね。それを読むと「自分の育て方が悪いのかな」と落ち込んでしまう。でも、実際はうまくいかないことや、しっちゃかめっちゃかな毎日を送っている家庭もたくさんあります。それが恥ずかしいことでも、おかしいことでもないんだという価値観が、もっと当たり前になってほしいです。
――発達ナビには日々、親御さんからの迷いや葛藤が投稿されています。同じように子育てに奮闘する一人の親として、こうしたコミュニティの存在をどう感じていらっしゃいますか。
足立さん:「うちだけじゃないんだ」と思える場は本当に大切で、僕自身も救われています。ただ、そうしたコミュニティが「そこだけの空間」で完結せず、もっと世の中に溶け込んでいってほしいという願いもあります。
僕の息子は小学校2年生のときにASD(自閉スペクトラム症)と診断されましたが、それまではいわゆる「グレーゾーン」のような状態でした。今でもパッと見ではその大変さや困りごとが周囲には伝わりにくい。だからこそ、ドラマのようなエンターテインメントの力を通して、「こういう日常があるんだよ」と知ってもらいたいんです。特別なテーマとしてではなく、ドラマの中に左利きの人が普通にいるように、特性のある人が「普通の登場人物」として描かれる。そんな、まぜこぜの世の中になるための材料を、これからも投げ続けていきたいですね。
足立さん:実を言うと、自分自身の気づきが欲しくて参加しました(笑)。息子がASD(自閉スペクトラム症)と診断された小2から中1の今まで、もう6〜7年は経っているんです。でも、その年月で自分の接し方が少しでも上手くなったかというと、正直、何の進歩も自覚できていなくて。本を読めば「いい距離感を保ちましょう」なんて書いてありますが、それができないからこそ、今更ながら「どうすればいい関係が築けるだろう」と、ずっと考えています。なので、今日のセッションを通して「こうすればいいのか」「こういう心持ちでいればいいのか」というヒントをもらい、何より自分自身が少しでも楽になりたい……そんな気持ちでいます。
――脚本家として、人間の美しさだけでなく、格好悪さやままならなさなども作品に落とし込み、世の中に共有されてきた印象があります。そこにはどのような想いを込めているのでしょうか。
足立さん:正直、世の中を変えたいなんて大きなことは思っていないんです。ただ、僕自身がすごく未熟な人間なので、その未熟さを隠さずさらけ出したほうが、自分自身も生きやすくなるなと思っていて。「できなくて当たり前じゃん」という空気が広がれば、みんなもっとリラックスして子育てができるんじゃないかな、と。
世の中の子育て本って、優秀なお子さんの成功体験が多いですよね。それを読むと「自分の育て方が悪いのかな」と落ち込んでしまう。でも、実際はうまくいかないことや、しっちゃかめっちゃかな毎日を送っている家庭もたくさんあります。それが恥ずかしいことでも、おかしいことでもないんだという価値観が、もっと当たり前になってほしいです。
――発達ナビには日々、親御さんからの迷いや葛藤が投稿されています。同じように子育てに奮闘する一人の親として、こうしたコミュニティの存在をどう感じていらっしゃいますか。
足立さん:「うちだけじゃないんだ」と思える場は本当に大切で、僕自身も救われています。ただ、そうしたコミュニティが「そこだけの空間」で完結せず、もっと世の中に溶け込んでいってほしいという願いもあります。
僕の息子は小学校2年生のときにASD(自閉スペクトラム症)と診断されましたが、それまではいわゆる「グレーゾーン」のような状態でした。今でもパッと見ではその大変さや困りごとが周囲には伝わりにくい。だからこそ、ドラマのようなエンターテインメントの力を通して、「こういう日常があるんだよ」と知ってもらいたいんです。特別なテーマとしてではなく、ドラマの中に左利きの人が普通にいるように、特性のある人が「普通の登場人物」として描かれる。そんな、まぜこぜの世の中になるための材料を、これからも投げ続けていきたいですね。
「親も子も、一人ひとりの違いをゆるっと丸呑みできる『柔軟性』を」
――トークセッションのテーマは「親の葛藤と役割:正解のない物語をどう生きるか」です。「正解のない悩み」と向き合うための心の持ちようを、親御さんにどう提案したいとお考えですか。
井上先生:キーワードを一言でいうなら「柔軟性」ですね。「こうしなきゃいけない」とか「こういう子になってほしい」といった想いはどの親にもあると思うんですけど、それが強すぎると、うまくいかなかったときに自分を責めたり、子どもに腹を立てたりしてしまいます。でも、親にも子にも、きょうだいにも、一人ひとりに違う感情がある。その違いを、ゆるっと丸呑みできる柔軟性が、一番の助けになるはずです。
――専門家である井上先生でも、親としてのご自分に悩むことはあるのでしょうか。
井上先生:もちろんです。研究者や専門家だからといって、自分の子育てをすべてコントロールできるわけではありません。僕自身も振り返って「あぁ、やっちゃったな」と反省する日は今でもありますよ。「しばらく距離を置いてみよう」と、物理的に離れることもあります。
井上先生:キーワードを一言でいうなら「柔軟性」ですね。「こうしなきゃいけない」とか「こういう子になってほしい」といった想いはどの親にもあると思うんですけど、それが強すぎると、うまくいかなかったときに自分を責めたり、子どもに腹を立てたりしてしまいます。でも、親にも子にも、きょうだいにも、一人ひとりに違う感情がある。その違いを、ゆるっと丸呑みできる柔軟性が、一番の助けになるはずです。
――専門家である井上先生でも、親としてのご自分に悩むことはあるのでしょうか。
井上先生:もちろんです。研究者や専門家だからといって、自分の子育てをすべてコントロールできるわけではありません。僕自身も振り返って「あぁ、やっちゃったな」と反省する日は今でもありますよ。「しばらく距離を置いてみよう」と、物理的に離れることもあります。
【無料見逃し配信中】アーカイブで振り返る「LITALICO MIRAI FES」
今回のレポートでご紹介した、足立さんを迎えたトークセッションの全編をアーカイブ配信でご覧いただけます。そのほか、井上先生、本田秀夫先生のオープニングセッションや基調講演、小児科専門医の山口有紗先生・井上先生による特別対談などもアーカイブ配信中です。
映像では、先生方の温かな語り口や会場の熱量をよりダイレクトに感じることができます。専門家の先生方が言葉を尽くして語ったメッセージを、ぜひ映像で受け取ってください。
映像では、先生方の温かな語り口や会場の熱量をよりダイレクトに感じることができます。専門家の先生方が言葉を尽くして語ったメッセージを、ぜひ映像で受け取ってください。
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■配信期間 2026年5月19日(火)23:59まで
※一部字幕が出ない箇所がございます。
※当日開催のレセプションホールでのミニセミナー、体験ワークショップや個別相談会の配信はございません。あらかじめご了承ください。
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※一部字幕が出ない箇所がございます。
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(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
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学校という社会から見え隠れする背景(家庭)のこと、思春期の対人関係を是非、作品化していただきたいです!