「普通」にならなくていい。ベテラン児童精神科医が語る子どもの笑顔と家庭の平和を守るヒント【山登敬之先生インタビュー】
ライター:発達ナビ【編集部Eye】
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2021年、明治大学心理臨床センターが開院した、明治大学子どものこころクリニック。院長を務めるのが、約40年にわたり児童精神医学の現場で子どもに向き合ってきた山登 敬之先生です。
「発達障害」という言葉は一般的になり、児童精神科受診に数か月待ちのところも増えている中、親子を取り巻く環境に何が起きているのでしょうか。先生のこれまでの歩みと、翻訳監修された絵本『はずかしがりやのめんだこちゃん』に込めた想いから、大切にすべき子どもの育ちと親の心構えについて、先生の温かい言葉を通じて紐解きます。
キャリアの集大成として、再び「子どもの世界」へ
発達ナビ編集部(以下、ーー): 山登先生は2021年に「明治大学子どものこころクリニック」の院長に就任されました。その経緯と、就任にあたっての想いをお聞かせください。
山登先生:当院の院長になる前は、恵比寿の街で16年間、大人と子どもの両方を診る精神科開業医として診療を行っていました。そろそろクリニックを閉めて引退しようかと考えていたところに、明治大学からお声がかかりました。もともと明治大学には親しくしていた教授がいて、何年も前から大学の心理臨床センターが精神科クリニックを開設するプランがあったことは知っていました。そこでタイミングよく声をかけていただいたというわけです。
私が精神科医の仕事を始めたのは1980年代前半で、当時は筑波大学の関係機関などで「思春期」の子どもたちを診ていました。そのあと約10年間、国立小児病院で働き、診療の幅を「児童期」まで広げました。ですから、私の精神科医としての原点は「子ども臨床」にあったわけです。キャリアの締めくくりにもう一度「子どもの世界」に関わりたいという個人的な想いもあり、ここを最後の職場にしようと決めました。
このクリニックは母体である明治大学が経営しているため、診療効率のことはあまり心配せずに仕事ができるので助かります。公認心理師などの専門スタッフと力を合わせ、プレイセラピーや集団療法といった丁寧な支援を行える環境も整っています。
山登先生:当院の院長になる前は、恵比寿の街で16年間、大人と子どもの両方を診る精神科開業医として診療を行っていました。そろそろクリニックを閉めて引退しようかと考えていたところに、明治大学からお声がかかりました。もともと明治大学には親しくしていた教授がいて、何年も前から大学の心理臨床センターが精神科クリニックを開設するプランがあったことは知っていました。そこでタイミングよく声をかけていただいたというわけです。
私が精神科医の仕事を始めたのは1980年代前半で、当時は筑波大学の関係機関などで「思春期」の子どもたちを診ていました。そのあと約10年間、国立小児病院で働き、診療の幅を「児童期」まで広げました。ですから、私の精神科医としての原点は「子ども臨床」にあったわけです。キャリアの締めくくりにもう一度「子どもの世界」に関わりたいという個人的な想いもあり、ここを最後の職場にしようと決めました。
このクリニックは母体である明治大学が経営しているため、診療効率のことはあまり心配せずに仕事ができるので助かります。公認心理師などの専門スタッフと力を合わせ、プレイセラピーや集団療法といった丁寧な支援を行える環境も整っています。
激変する児童精神医学…増え続ける「診断」がもたらす子どもへの影響
ーー 先生が「子ども」の医療に携わろうと考えられたきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
山登先生:私が仕事を始めた1980年代初め頃は、「登校拒否(現在の不登校)」がすでに社会問題化していたのですが、当時はまだ「神経症」の一種、つまり治療対象と考える専門家も多くいました。その一方で「学校に行けないのは、過酷な環境から自分の心を守ろうとする子どもの自然な反応ではないか」という議論が盛んで、不登校の見方が変わりつつありました。医師としてまだ若い頃にこのような歴史的変化の渦中に身を置いたことが、私の児童精神科へのこだわりと関心のベースになっています。
現在では「発達障害」の問題が過熱化して診断を受ける子どもたちが急増していますので、この時代の激変ぶりを自分自身の目でしっかり見ておきたいと思っています。
ーー現代において、多くの親子が発達障害の診断を求める背景には何があるのでしょうか。
山登先生: 今の親御さんは、子育てに多くの不安を抱えていらっしゃいます。核家族化や少子化が進み、親世代にきょうだいも少なく小さな子どもに接する機会が乏しい人も増えています。自分の親の手も借りにくく身近に相談できる人もいないとなると、インターネットに頼るしかない。そこで、さまざまな情報に触れていると、「うちの子は大丈夫かしら、ちゃんと育っているのかしら……」という不安が生まれやすい。少しでも平均からはみ出しているように見えると心配になってしまうのだと思います。
しかし、発達障害には血液検査の数値に示されるような生物学的マーカーがありません。医師が使う診断基準をもとに診断されますが、これはその年齢の集団に比べ「できないこと」や「違うところ」を「症状」として集め、その数と程度、本人や周囲の困り度などを見て決めることになります。そうなると、どうしても大人の目は子どもの「できないこと」「違うところ」に向くようになるし、そういう視線を感じて育つ子どもは「自分はダメな子なの?いけない子なの?」と自己評価を下げてしまう。もちろん、発達障害の診断を受けることで療育につながったり子育ての指針が得られたりというメリットもありますが、診断がもたらすデメリットも考えておく必要があるでしょう。
ーー 最近注目される「ギフテッド」などの概念についてはいかがですか。
山登先生: それらも、基本的には発達の多様性の表れと考えていいと思います。確かに特性のある子は現状の学校制度の中では困難も多いので、「支援」が必要になります。しかし、そういった発達マイノリティのバリエーションに新しい名前を付けて細分化し特別な枠組みに囲い込むよりは、発達障害の「グレーゾーン」と考えて、その中で子ども一人ひとりの能力に合わせた教育を行えるようにした方がいい。学校や社会が多様な子どもたちをありのまま受け入れる方向に変われるなら、その方がいいと思います。必要な支援を受けるために、児童精神科の診断書が要るようでは、医療機関に押し寄せる子どもがどんどん増えることになります。
山登先生:私が仕事を始めた1980年代初め頃は、「登校拒否(現在の不登校)」がすでに社会問題化していたのですが、当時はまだ「神経症」の一種、つまり治療対象と考える専門家も多くいました。その一方で「学校に行けないのは、過酷な環境から自分の心を守ろうとする子どもの自然な反応ではないか」という議論が盛んで、不登校の見方が変わりつつありました。医師としてまだ若い頃にこのような歴史的変化の渦中に身を置いたことが、私の児童精神科へのこだわりと関心のベースになっています。
現在では「発達障害」の問題が過熱化して診断を受ける子どもたちが急増していますので、この時代の激変ぶりを自分自身の目でしっかり見ておきたいと思っています。
ーー現代において、多くの親子が発達障害の診断を求める背景には何があるのでしょうか。
山登先生: 今の親御さんは、子育てに多くの不安を抱えていらっしゃいます。核家族化や少子化が進み、親世代にきょうだいも少なく小さな子どもに接する機会が乏しい人も増えています。自分の親の手も借りにくく身近に相談できる人もいないとなると、インターネットに頼るしかない。そこで、さまざまな情報に触れていると、「うちの子は大丈夫かしら、ちゃんと育っているのかしら……」という不安が生まれやすい。少しでも平均からはみ出しているように見えると心配になってしまうのだと思います。
しかし、発達障害には血液検査の数値に示されるような生物学的マーカーがありません。医師が使う診断基準をもとに診断されますが、これはその年齢の集団に比べ「できないこと」や「違うところ」を「症状」として集め、その数と程度、本人や周囲の困り度などを見て決めることになります。そうなると、どうしても大人の目は子どもの「できないこと」「違うところ」に向くようになるし、そういう視線を感じて育つ子どもは「自分はダメな子なの?いけない子なの?」と自己評価を下げてしまう。もちろん、発達障害の診断を受けることで療育につながったり子育ての指針が得られたりというメリットもありますが、診断がもたらすデメリットも考えておく必要があるでしょう。
ーー 最近注目される「ギフテッド」などの概念についてはいかがですか。
山登先生: それらも、基本的には発達の多様性の表れと考えていいと思います。確かに特性のある子は現状の学校制度の中では困難も多いので、「支援」が必要になります。しかし、そういった発達マイノリティのバリエーションに新しい名前を付けて細分化し特別な枠組みに囲い込むよりは、発達障害の「グレーゾーン」と考えて、その中で子ども一人ひとりの能力に合わせた教育を行えるようにした方がいい。学校や社会が多様な子どもたちをありのまま受け入れる方向に変われるなら、その方がいいと思います。必要な支援を受けるために、児童精神科の診断書が要るようでは、医療機関に押し寄せる子どもがどんどん増えることになります。
絵本『はずかしがりやの めんだこちゃん』にみる、「待つ」ことの意味
ーー先生はアメリカ発の絵本「はずかしがりやの めんだこちゃん(原題“Shy Ones”)」(永岡書店)の監修をされています。絵本を読むお子さんや読み聞かせする親御さんに伝えたいポイントはありますでしょうか。
山登先生:これは海のおさかなたちの話なんですね。主人公の「めんだこちゃん」はとてもシャイな子で、人前に出たり同級生に話しかけたりするのがとても苦手。でも、秘密の場所でダンスを踊る自分だけの世界を持っています。この絵本を通じて、子どもを無理に「普通」に寄せようとしないこと、焦らず待ってあげることの大切さを伝えられたらと思っています。
ーー親の立場で考えると、つい「もっと頑張って、お友だちを作りなさい」と背中を叩く気持ちもわかります……。集団の中で子どもが一人でいるところを見るのは耐えられないという場合もありますよね。
山登先生:親が焦って無理をすると、子どもはかえって萎縮してしまうことがあります。めんだこちゃんのお母さんは、わが子がひとりでダンスを楽しんでいる大切な時間を尊重し、温かく見守ってあげた。そして本人が「お友だちが欲しい」と考え「外へ出てみたいな」と一歩踏み出そうとしたタイミングを見逃さなかった。
ーー周りの大人がその子のこだわりやペースを潰さずに温かく見守ることができれば、子どもは自分を否定することなく成長できますね。
山登先生:小学校、中学校、高校、大学、社会……と成長につれてコミュニティが広がれば、いつか自分の趣味やスタイルに合う仲間、適応できる環境を見つけていくことができます。それまでに「その子の世界を潰してしまわないこと」がとても重要だと考えます。
山登先生:これは海のおさかなたちの話なんですね。主人公の「めんだこちゃん」はとてもシャイな子で、人前に出たり同級生に話しかけたりするのがとても苦手。でも、秘密の場所でダンスを踊る自分だけの世界を持っています。この絵本を通じて、子どもを無理に「普通」に寄せようとしないこと、焦らず待ってあげることの大切さを伝えられたらと思っています。
ーー親の立場で考えると、つい「もっと頑張って、お友だちを作りなさい」と背中を叩く気持ちもわかります……。集団の中で子どもが一人でいるところを見るのは耐えられないという場合もありますよね。
山登先生:親が焦って無理をすると、子どもはかえって萎縮してしまうことがあります。めんだこちゃんのお母さんは、わが子がひとりでダンスを楽しんでいる大切な時間を尊重し、温かく見守ってあげた。そして本人が「お友だちが欲しい」と考え「外へ出てみたいな」と一歩踏み出そうとしたタイミングを見逃さなかった。
ーー周りの大人がその子のこだわりやペースを潰さずに温かく見守ることができれば、子どもは自分を否定することなく成長できますね。
山登先生:小学校、中学校、高校、大学、社会……と成長につれてコミュニティが広がれば、いつか自分の趣味やスタイルに合う仲間、適応できる環境を見つけていくことができます。それまでに「その子の世界を潰してしまわないこと」がとても重要だと考えます。
大切なのは「子どもの笑顔」と「家庭の平和」
ーー今後、児童精神医学の分野や社会全体において、どのような変化が必要だと考えますか。
山登先生:発達障害は白黒がはっきりつけられる「病気」ではなく、誰もがそのグラデーションの中に生きているものです。「性同一性障害」が「性別違和」へと名称が変わり、当事者の権利や個性が認められてきたように、発達障害も個人に属する「障害」と見るよりも「発達におけるマイノリティ」、さらには「ニューロダイバシティ」という捉え方に移行していくことが理想だと思います。
また、これまでの医療業界には「知識のある医療者が患者に教えてあげる」というトップダウン型の構図がありました。しかし、いまや障害のある当事者が自らの特性や生きづらさを言語化して発信する時代になり、発達障害の考え方も少しずつ変わってきています。ですので、これからは医療者も支援者も当事者も同じ地平に立ちフラットな関係を築くことが重要と考えています。
ーー最後に、親御さんや子どもの支援に関わる方々に向けて、メッセージをお願いします。
山登先生:私たち大人が一番に大切にすべきことは、何よりも「子どもの笑顔」と「家庭の平和」です。親が自分の子に「普通」を求めるのは無理のないことです。ただ、「この子はなぜ周りの子と同じようにできないのだろう……」と頭を抱えてしまったときは、一度立ち止まって「自分は、どのような子どもの姿、家庭の姿を望んでいるのだろう?」と、自分に問いかけてみてはいかがでしょう。わが子がいつも笑顔で家族が仲良く暮らせることが一番なはずです。
子どもは本来、ありのままの個性を持って生まれてきます。その個性を無理に型にはめようとすれば、子どもも苦しくなり反発して癇癪を起こしたり泣いてすねたりしてしまうものです。もちろん、社会のルールを学び、周囲と協調していくためのサポートは必要です。しかし、その子の持ち味や成長のペースを無視してしまうと、子どもの「笑顔」は減っていきます。親御さんご自身も毎日叱ってばかりではキモチがカサカサしてきますし、家の中もギスギスして「家庭の平和」は遠ざかってしまうかもしれません。
もしも、子育てで行き詰まりを感じたら、「この子を今すぐなんとかしなくては!」と思い詰めるのはお休みして、自分自身の見方、やり方を変えてみてはいかがでしょうか。子どもは「発達」がゆっくりでも1年後には必ず「成長」しています。笑顔の数だけ子どもは伸びる。そう信じて「平和な家庭」づくりを目指してください。
山登先生:発達障害は白黒がはっきりつけられる「病気」ではなく、誰もがそのグラデーションの中に生きているものです。「性同一性障害」が「性別違和」へと名称が変わり、当事者の権利や個性が認められてきたように、発達障害も個人に属する「障害」と見るよりも「発達におけるマイノリティ」、さらには「ニューロダイバシティ」という捉え方に移行していくことが理想だと思います。
また、これまでの医療業界には「知識のある医療者が患者に教えてあげる」というトップダウン型の構図がありました。しかし、いまや障害のある当事者が自らの特性や生きづらさを言語化して発信する時代になり、発達障害の考え方も少しずつ変わってきています。ですので、これからは医療者も支援者も当事者も同じ地平に立ちフラットな関係を築くことが重要と考えています。
ーー最後に、親御さんや子どもの支援に関わる方々に向けて、メッセージをお願いします。
山登先生:私たち大人が一番に大切にすべきことは、何よりも「子どもの笑顔」と「家庭の平和」です。親が自分の子に「普通」を求めるのは無理のないことです。ただ、「この子はなぜ周りの子と同じようにできないのだろう……」と頭を抱えてしまったときは、一度立ち止まって「自分は、どのような子どもの姿、家庭の姿を望んでいるのだろう?」と、自分に問いかけてみてはいかがでしょう。わが子がいつも笑顔で家族が仲良く暮らせることが一番なはずです。
子どもは本来、ありのままの個性を持って生まれてきます。その個性を無理に型にはめようとすれば、子どもも苦しくなり反発して癇癪を起こしたり泣いてすねたりしてしまうものです。もちろん、社会のルールを学び、周囲と協調していくためのサポートは必要です。しかし、その子の持ち味や成長のペースを無視してしまうと、子どもの「笑顔」は減っていきます。親御さんご自身も毎日叱ってばかりではキモチがカサカサしてきますし、家の中もギスギスして「家庭の平和」は遠ざかってしまうかもしれません。
もしも、子育てで行き詰まりを感じたら、「この子を今すぐなんとかしなくては!」と思い詰めるのはお休みして、自分自身の見方、やり方を変えてみてはいかがでしょうか。子どもは「発達」がゆっくりでも1年後には必ず「成長」しています。笑顔の数だけ子どもは伸びる。そう信じて「平和な家庭」づくりを目指してください。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
ADHD(注意欠如多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
ADHD(注意欠如多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
集団からはみ出すと、診断を受けてきてください、と学校から言われます。子育ての自信を失っている時にです。我が子が不登校になった途端言われました。早期療育、早期医療がネット上でも学校現場でも主流で圧力のようなものを感じました。こどものデメリットなんてないものにされます。診断を受けなかったことに後悔ありません。なので山登先生のインタビューをよんで で励まされました。