「フルタイム復帰」への期待と育児両立の壁。特別支援学級への転籍をきっかけに在宅ワークで見つけた私のキャリア【読者体験談】
ライター:ユーザー体験談
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いつかはフルタイムで再就職を――そんな期待を抱いていた私でしたが、多動や衝動性が強い娘を育てながら働くことは、想像以上に険しい道のりでした。それでも、融通の利く在宅パートとの出合いや、特別支援学級への転籍という転機を経て、少しずつ自分らしい働き方の形が見えてきました。【発達ナビではユーザーさんからの子育てエピソードを募集中!今回は「特性のある子の子育てとキャリアの再構築」についてのエピソードをご紹介します】
監修: 新美妙美
信州大学医学部子どものこころの発達医学教室 特任助教
2003年信州大学医学部卒業。小児科医師として、小児神経、発達分野を中心に県内の病院で勤務。2010年信州大学精神科・子どものこころ診療部で研修。以降は発達障害、心身症、不登校支援の診療を大学病院及び一般病院専門外来で行っている。グループSST、ペアレントトレーニング、視覚支援を学ぶ保護者向けグループ講座を主催し、特に発達障害・不登校の親支援に力を入れている。
多様な子育てを応援するアプリ「のびのびトイロ」の制作スタッフ。
お子さんのプロフィール
- 年齢:9歳
- 診断名:ADHD(注意欠如多動症)
- 診断時期:7歳
- エピソード当時の年齢:年中~9歳
「いつかはフルタイムで」の期待と、想像以上に険しかった両立への道
出産前、私は小さな個人事務所で事務職の正社員として働いていました。氷河期世代ということもあり、大学卒業後はさまざまな非正規の仕事を経験し、やっと見つけた正社員の仕事でした。しかし、経営状況や産休を取れる雰囲気ではなかったこともあり、妊娠を機に退職。ただ、少し専門的な事務だったため、「経験者は再就職しやすいだろう」という淡い期待を当時は持っていました。
しかし、いざ子育てが始まると、娘のサポートは想像以上に大変でした。2〜3歳の頃、知り合いの事務所から声をかけてもらったものの、当時の娘の状態ではとても働きに出られる状況ではなく、お断りせざるを得ませんでした。「もしも娘が定型発達だったら、フルタイムで再就職をしていたかもしれない」。心のどこかで、そう思う自分がいました。
しかし、いざ子育てが始まると、娘のサポートは想像以上に大変でした。2〜3歳の頃、知り合いの事務所から声をかけてもらったものの、当時の娘の状態ではとても働きに出られる状況ではなく、お断りせざるを得ませんでした。「もしも娘が定型発達だったら、フルタイムで再就職をしていたかもしれない」。心のどこかで、そう思う自分がいました。
柔軟に働ける在宅パートとの出合い
そんな私が再び働き始めたのは、娘が幼稚園の年中になった夏頃のことでした。
友人と会った際、彼女の会社で人手が足りないことを聞き、「これまでの経験的に自分でもできるのでは」と思い、在宅で働きたいと伝えました。コロナ禍でリモートワークが普及していたことも追い風になりました。
この友人の会社の短時間パートは、私にとって大きな救いでした。基本的に娘が園や学校に行っている週2回の午前中だけ作業を行い、娘が体調不良の時や、急な学校からの呼び出しがあった時も、突発的な休みや時間変更をさせてもらうことができたのです。
実際、小学校に入学してからも、通常学級にいた1~2年生の1学期までは、娘は教室を抜け出すことが多く「迎えに来てほしい」と学校から頻繁に連絡がありました。朝もなかなか起きられず、学校まで送っていくこともあり、その度に途中で仕事を切り上げなければなりませんでした。それでも、この柔軟な働き方のおかげで、頻繁にお迎えの連絡が来ていた時期も、どうにか仕事と育児を両立させることができたのです。
友人と会った際、彼女の会社で人手が足りないことを聞き、「これまでの経験的に自分でもできるのでは」と思い、在宅で働きたいと伝えました。コロナ禍でリモートワークが普及していたことも追い風になりました。
この友人の会社の短時間パートは、私にとって大きな救いでした。基本的に娘が園や学校に行っている週2回の午前中だけ作業を行い、娘が体調不良の時や、急な学校からの呼び出しがあった時も、突発的な休みや時間変更をさせてもらうことができたのです。
実際、小学校に入学してからも、通常学級にいた1~2年生の1学期までは、娘は教室を抜け出すことが多く「迎えに来てほしい」と学校から頻繁に連絡がありました。朝もなかなか起きられず、学校まで送っていくこともあり、その度に途中で仕事を切り上げなければなりませんでした。それでも、この柔軟な働き方のおかげで、頻繁にお迎えの連絡が来ていた時期も、どうにか仕事と育児を両立させることができたのです。
特別支援学級への転籍で生活が安定。そして、10年ぶりのご縁
その後、娘が特別支援学級に移ると、状況は大きく好転しました。学校生活が安定したことで、急な呼び出しが激減したのです。さらに放課後等デイサービスにも通うようになり、帰宅が夕方になる日も増えました。まとまった時間が取れるようになり、「仕事に集中できる」という実感を持てるようになりました。
そんな折、約10年ぶりに、以前勤めていた職場の先輩とランチをすることになりました。話を聞くと、事務員が定着せず仕事量が多くて困っているとのこと。私は、在宅でできる業務があることも知っていたので、「私でよければ、在宅でできることをやりましょうか?」と提案しました。それが上司に伝わり、以前の職場の仕事も在宅で請け負うことになったのです。
向いていないと思いながら働いていた時期もありましたが、嫌いでやめた仕事ではないし、またその世界に少しだけ戻れたことがうれしかったです。当時の働きを認めてくれたからこそ再び任せてもらえたのだと、ありがたみも感じました。
そんな折、約10年ぶりに、以前勤めていた職場の先輩とランチをすることになりました。話を聞くと、事務員が定着せず仕事量が多くて困っているとのこと。私は、在宅でできる業務があることも知っていたので、「私でよければ、在宅でできることをやりましょうか?」と提案しました。それが上司に伝わり、以前の職場の仕事も在宅で請け負うことになったのです。
向いていないと思いながら働いていた時期もありましたが、嫌いでやめた仕事ではないし、またその世界に少しだけ戻れたことがうれしかったです。当時の働きを認めてくれたからこそ再び任せてもらえたのだと、ありがたみも感じました。
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私自身の人生も大切にしたい
2つの在宅仕事をかけ持ちするとなると、すぐに扶養の範囲を超えてしまいます。しかし私は、仕事をセーブするのではなく、「来年からは本格的に仕事を増やして、個人事業主になる」という道を検討し始めました。
その背景には、年上の夫の定年が見えてきていることや、夫が現在休職中であるという事情もありました。また、お世話になっている双方の仕事は、どちらも勤務時間などの条件面で勤め先の社会保険(厚生年金など)に加入することは難しいため、社会保険料を自分で払いながらでも手取りを増やすには、個人事業主という形がベストだと考えたのです。
物価高の中、のんびり週2回だけ働いていていいのかという焦りもありましたし、わが子には今後どれくらいのサポートや将来への備えが必要になるか分かりません。娘が完全に自立できるかどうかも分からないからこそ、子どものため、そして夫婦の老後のためにも、無理なく仕事をしながら金銭的な余裕を持っていたい。そして何より、私の中には「“子どものお母さん”であると同時に、私自身の人生も大切にしたい」という強い思いもありました。
これからも娘のサポートは長く続くかもしれないからこそ、「いつかの巣立ち」をただ待つのではなく、仕事も趣味も諦めず、「子どものお母さん」以外の顔も持っていたいと思っています。
その背景には、年上の夫の定年が見えてきていることや、夫が現在休職中であるという事情もありました。また、お世話になっている双方の仕事は、どちらも勤務時間などの条件面で勤め先の社会保険(厚生年金など)に加入することは難しいため、社会保険料を自分で払いながらでも手取りを増やすには、個人事業主という形がベストだと考えたのです。
物価高の中、のんびり週2回だけ働いていていいのかという焦りもありましたし、わが子には今後どれくらいのサポートや将来への備えが必要になるか分かりません。娘が完全に自立できるかどうかも分からないからこそ、子どものため、そして夫婦の老後のためにも、無理なく仕事をしながら金銭的な余裕を持っていたい。そして何より、私の中には「“子どものお母さん”であると同時に、私自身の人生も大切にしたい」という強い思いもありました。
これからも娘のサポートは長く続くかもしれないからこそ、「いつかの巣立ち」をただ待つのではなく、仕事も趣味も諦めず、「子どものお母さん」以外の顔も持っていたいと思っています。
それぞれの家庭に応じた働き方を
振り返れば、やっと見つけた正社員の仕事を妊娠で退職した時は残念な気持ちでした。しかし、かつての経験が友人の会社での仕事に役立ち、10年ぶりのご縁で昔の職場からも仕事をいただけるようになりました。ひとつの会社で正社員を続ける以外にも、働き方はあるのだなと感じています。
特性のあるお子さんの子育ては、本当に大変なことばかりだと思います。家庭の事情や頼れる福祉などは人それぞれですし、専業主婦(夫)を含め、正解はひとつではありません。お子さんはもちろんですが、お母さん、お父さんも笑顔でいられるように、くれぐれも無理はしないでほしいなと願っています。
イラスト/もっつん
エピソード参考者/Lagi
特性のあるお子さんの子育ては、本当に大変なことばかりだと思います。家庭の事情や頼れる福祉などは人それぞれですし、専業主婦(夫)を含め、正解はひとつではありません。お子さんはもちろんですが、お母さん、お父さんも笑顔でいられるように、くれぐれも無理はしないでほしいなと願っています。
イラスト/もっつん
エピソード参考者/Lagi
専門家コメント 新美妙美先生(小児科医)
発達特性のあるお子さんを育てながら、仕事との両立を模索してきた経過を聞かせてくださり、ありがとうございます。
発達特性のあるお子さんの子育ては、周囲が想像する以上に手がかかることがあります。
産前に思い描いていたように仕事復帰ができなかったり、働き始めても、学校からの呼び出しや行きしぶり、不登校などによって働き方を変えざるを得なかったりすることもあります。仕事を続けたい気持ちがあっても、いったん自分のキャリアを脇に置いて、お子さんのサポートを優先しなければならない時期もあるでしょう。それまで積み重ねてきた経験やキャリアが途切れてしまったように感じたり、周囲と比べて焦ったりすることもあるかもしれません。
でも、お子さんは成長とともに変化していきますし、学校や福祉サービスなど、さまざまな人や機関とつながることで、家庭の状況も少しずつ変わっていきます。今は難しくても、数年後にはできるようになることもあります。
今回、娘さんの学校生活が安定したことで仕事に集中できる時間が増え、さらに10年ぶりに以前の職場とのご縁がつながったという経過は、とても印象的でした。ひとつの職場で正社員として働き続けることだけがキャリアではありません。短時間勤務や在宅ワーク、複数の仕事を組み合わせるなど、その時々の状況に合わせて働き方を模索する中で、自分に合った道が見つかったり、新たなキャリアにつながったりすることもあるのだと思います。
お子さんを大切にすることと、自分自身の人生を大切にすることは、どちらか一方を諦めなければならないものではありません。家庭ごとに事情も選択肢も違います。焦らず、無理をしすぎず、その時々の自分たちに合った働き方を探していけたらいいですね。(監修:小児科医 新美妙美先生)
発達特性のあるお子さんの子育ては、周囲が想像する以上に手がかかることがあります。
産前に思い描いていたように仕事復帰ができなかったり、働き始めても、学校からの呼び出しや行きしぶり、不登校などによって働き方を変えざるを得なかったりすることもあります。仕事を続けたい気持ちがあっても、いったん自分のキャリアを脇に置いて、お子さんのサポートを優先しなければならない時期もあるでしょう。それまで積み重ねてきた経験やキャリアが途切れてしまったように感じたり、周囲と比べて焦ったりすることもあるかもしれません。
でも、お子さんは成長とともに変化していきますし、学校や福祉サービスなど、さまざまな人や機関とつながることで、家庭の状況も少しずつ変わっていきます。今は難しくても、数年後にはできるようになることもあります。
今回、娘さんの学校生活が安定したことで仕事に集中できる時間が増え、さらに10年ぶりに以前の職場とのご縁がつながったという経過は、とても印象的でした。ひとつの職場で正社員として働き続けることだけがキャリアではありません。短時間勤務や在宅ワーク、複数の仕事を組み合わせるなど、その時々の状況に合わせて働き方を模索する中で、自分に合った道が見つかったり、新たなキャリアにつながったりすることもあるのだと思います。
お子さんを大切にすることと、自分自身の人生を大切にすることは、どちらか一方を諦めなければならないものではありません。家庭ごとに事情も選択肢も違います。焦らず、無理をしすぎず、その時々の自分たちに合った働き方を探していけたらいいですね。(監修:小児科医 新美妙美先生)
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ADHD(注意欠如多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ADHD(注意欠如多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
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