「目は口ほどにものを言う」「目を見れば言わなくてもわかる」など、目には気持ちが込められますよね。ここでの「口」とは、「ことば」というよりも「ことば」を奥で支える「気持ち」のことだとも思えます。こどもたちと目が合うことで、ことばには表れない何かを感じ合うということは多いのではないでしょうか。
とはいっても、こどもの気持ちを解する時に、手掛かりとなるのは目だけではありません。こどものしぐさや声の出し方はもとより、手にも気持ちがこもります。もとより人は、「二足歩行で手を複雑に使うことができるようになった」ことが進化のはじまりだと習いましたが、発達における手の役割は大事です。ことばを伝達の手段として使い始める頃には、決まって「指さし」が先行します。その指さしも、さかのぼると、「つまむ」←「2つのものを両手でそれぞれ持つ」←「1個のものを持ち替える」←「手を差し伸べてものをとる(リーチング)」←「両腕を振ってはしゃぐ」という手づかいが、あそびの楽しさや気持ちを込めて経過します。
久しぶりに会ったH君が、コップを握って水筒からお茶を注いでいたのを見て、片手だけで絵本をめくるのがあそびであった以前の印象が、これからきっと、いろんなことに気持ちを込めてチャレンジする姿になって映ります。
今年からきているHちゃんは、楽しいと手をぱちぱちしたり、手持無沙汰でにぎにぎしたり、「食事」以外にも、お口に色んなモノを持っていったりします。大好きな、向き合いでぎっこんばったんをするときにも、お手々が身体を支えたり手をつなぐなど積極的な役割を沢山して欲しいなと願います。そんなHちゃんと粘土あそびをした時に、粘土をお口に運ばなくてもいいようにと、餅つきぺったんをしました。「ぺったんなら知ってるよ」と言わんばかりに、互いにぺったんぺったんをした後は、平たくなった粘土お餅をつかんで、お口にはいかずに下にポイ…。「やった!お口じゃなくて、終わりの気持ちがこもったポイだ」。そのうち左右の手でぺったんを期待したいHちゃんでした
手は口ほどに
教室の毎日
23/02/10 12:45