ある日突然発症したパニック障害。その日から私の世界は一変してしまい…

2017/07/13 更新
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ある日、電車の中で過呼吸発作を起こして救急車で病院に運ばれた私。最初は「ストレスがたまってたのかなあ」と思って気にしていませんでしたが、その翌日から、私の世界はそれまでと180度変わってしまったのでした。

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林真紀
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突然の救急搬送。それは前触れもなく訪れた

今年度の初め、私は電車の中で過呼吸発作を起こし、救急搬送されてしまったことがありました。
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その症状は、本当になんの前触れもなく訪れました。思い当たることといえば、仕事の締切が重なって睡眠不足だったこと、朝から少し体調が悪かったこと、出先でコーヒーを二杯飲んでしまったことぐらいだったでしょうか。ただ、発達障害の息子の小学校への入学準備のため、頭の中は常にTo Do リストが何十個も並べられている状態でした。

そんなとき電車の中で、激しい動悸とともに訪れた吐き気、めまい、そして過呼吸発作。

「もう自分は死ぬ」というような感覚を味わい、救急車の中でも病院の中でも大暴れでした。

ところが、「助けて~助けて~」「苦しい」「死ぬ~」とうめき声をあげて苦しむ私を見ても、救急隊員も医師も、全く動揺することがありませんでした。むしろ、「あ~これか~。まあしばらくすれば落ち着くだろう」というような悠々とした態度。
(後で落ち着いてから聞いたところによると、このような発作を起こした人を救急搬送するケースは結構多いのだそうで…)

その日は症状がおさまり、夫に迎えに来てもらって帰宅したものの、本当の地獄はこの翌日から始まったのでした。

世界が変わってしまった日

翌朝、まだちょっと身体にだるさが残っているものの、普通に起き上がって家事をすることはできました。

「昨日はなんだったんだろうなあ。生まれて初めて救急車なんて乗ってしまったよ…」

こんな風に気楽な気持ちで前日の出来事を回想しながら、私は近所の喫茶店にお茶を飲みに出かけました。

席について、注文をして、お茶が出てくるのを待ちながら数分。私は突然身体の異変に襲われました。電車の中で倒れたときと同じ、心臓がバクバクバクバクと変な打ち方をし始めたのです。と同時に、目の前に黒い幕が降りたような感じになり、天井がぐるぐると回り始めるではありませんか。もういても立ってもいられません。

「また倒れてしまう!」「こんな場所で倒れてしまってはまずい!!」

そう思えば思うほど、私の呼吸は荒くなっていきます。呼吸が荒くなっていくと、身体が痺れてきます。私は耐えきれず、お茶を待たずに外に飛び出しました。

そして、外に出て冷たいお水を飲んでしばらく座っているうちに、さっきまでの恐ろしいような感覚はおさまっていったのです。

どうして!?繰り返し襲ってくる発作に追い詰められる日々

それからというもの、私はこの「変な症状」に繰り返し繰り返し襲われることになります。

あるときはエレベータの中。あるときは映画館。あるときは美容院。あるときは車の運転中。(特に右折で待つときが危険)
一番つらかったのは睡眠中にもこの症状に見舞われることがあったことです。

「この状況であの状態になったらヤバいなあ、逃げ場がないなあ」という状況を想像すると、決まってその症状はやってくるのでした。そうして次第に、私は「逃げ場がない場所」を恐れるようになりました。特に、最初に発作が起きた「地下鉄」「電車」は一駅乗るだけで精一杯。自分が乗っているところを想像するだけで、息がきれるようになってしまったのです。

出かけることが怖い。下された診断は…

これまで発達障害の息子と一緒に新しい場所で出かけることの大変さは何度も記事にも書いてきましたが、なんともはや、自分のほうが息子よりも出かけられる場所が少なくなってしまったのです。本当にある日を境に、生活がガラリと変わってしまいました。

悩んだ私は病院に行き、くだされた診断名は「パニック障害」

診断名を聞いた私は「ポカーン」です。だって、「パニック障害」なんて、自分とは遠くかけ離れた病気だとずっと思っていたのですから。テレビで見たり、友達で苦しんでいる人の話を聞いたりしても、「自分はそんな病気になることはないなあ」となんの根拠もなく思っていました。しかし、ある日突然、パニック障害に行動全てを制限されてしまう日がやってきたのです。

海外を飛び回り、育児も友達づきあいもとにかく思いつくままに動いていた私は、「自分に負けた」という気持ちでいっぱいになりました。しかし、そんな私にパニック発作は容赦なく襲いかかり続けました。

息子の晴れの卒園式も入学式も発作との闘い。仕事の打ち合わせも発作との闘い。毎月のように乗っていた電車は、恐怖の対象でしかありませんでした。怖い、怖い、何もかも怖い。そのやるせなさと孤独感は、言葉で言い表せないものでした。

過去の活動的だった自分のことを思い出して、何度も涙を流しました。ドラマのセリフじゃないですけど、「もうあの頃には戻れない」という思いでいっぱいでした。

パニック障害に追いつめられて

このように、パニック発作を恐れる状態を「予期不安」といい、予期不安によって特定の場所を避けるようになる行動を「広場恐怖」と言います。例に漏れず、私は「予期不安」と「広場恐怖」に生活全てを変えられつつありました。

あまりの辛さに、「この状態では電車に乗ることも打ち合わせに行くこともできない。…仕事をやめようか」と私は考え始めます。外に出る用事があるたびに、「この場所は無理かもしれない」「こうなったらどうしよう」という不安でいっぱいになり、私の生活はどんづまりになっていきます。そして「辛い」「怖い」が積み重なっていった先に私が行き着いてしまったのは、「もう、死んでしまおうか」という気持ちでした。それだけ、パニック障害というのは人の気持ちを追いつめてしまうのです。

再び前を向くきっかけをつくった、医師の言葉

パニック発作に翻弄される中、ふと私は以前、心療内科の医師がこんなことを言っていたことを思い出したのです。

「予期不安も恐怖症も、逃げれば逃げるほど悪化する。悪循環なのだ。恐怖の対象から逃げて、恐怖が急激におさまる状態を脳は記憶する。それは、脳にとってものすごい快感だからだ。それを脳が覚えると、恐怖を感じたときに逃げることしかできなくなる。逃げることで、ますます不安が高まってしまう。大切なのは、少しずつその恐怖の対象と向き合っていくこと。そして、『意外に大丈夫だったぞ』という感覚を味わい、自信をつけていくことだ。

この言葉を思い出して、私は「これ以上逃げ続けるのはやめよう。少しでも恐怖と向き合ってみよう」と決意したのでした。そして私は、「〇〇をやりたい」という気持ちに蓋をせず、やりたいと思ったら、パニック発作のことを考えずに実践してみることにしたのです。

こうして、私は少しずつパニック障害と向き合い、病気と共に歩み始めることができました。

次回は、パニック発作が回復に向かっていった私の「行動療法」についてお話ししたいと思います。
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