娘、やっぱり通常学級が合わないかも?進学先に悩む中で気づけた、たった一つの大切なコト
ライター:SAKURA
広汎性発達障害の娘は、小学一年生。
私たち夫婦は迷った末に、小学校の通常学級への進学を選びました。
最初は順調だったのですが、だんだんと娘には合わなくなってきて…。
このままでいいのか、転籍を考えるべきか。
悩んで悩んだ中で、一つだけ私が見つけたことがあります。
入学前に通常学級を選択した話
娘が広汎性発達障害の診断を受けたのは、4歳(年中)の時。
しかし、それより前の3歳(年少)の頃から、進学先について、夫婦共々、真剣に考えていました。
発達外来の主治医のアドバイスもあって、年中は「療育に積極的に取り組む一年」として、いろんなトレーニングや言語訓練、自宅療育に取り組みました。
そして、年長になり、進学先を決める時期になりました。
娘の進学に関しては、私たちも初めてのこと…。
正直、どこを選ぶことが正解かわかりませんでした。
基本は娘が楽しく過ごせるところ。
そうであれば、特別支援学校でも、支援学級でも、通常学級でも、どこでもいいと考えていました。
しかし、それより前の3歳(年少)の頃から、進学先について、夫婦共々、真剣に考えていました。
発達外来の主治医のアドバイスもあって、年中は「療育に積極的に取り組む一年」として、いろんなトレーニングや言語訓練、自宅療育に取り組みました。
そして、年長になり、進学先を決める時期になりました。
娘の進学に関しては、私たちも初めてのこと…。
正直、どこを選ぶことが正解かわかりませんでした。
基本は娘が楽しく過ごせるところ。
そうであれば、特別支援学校でも、支援学級でも、通常学級でも、どこでもいいと考えていました。
進学先を決めるにあたり、色んな人に相談したり、話を聞いたりしました。
夫婦で、たくさん話し合いました。
最終的には、発達外来の主治医の先生から
「支援員の要請さえすれば、小学校の、通常学級で大丈夫だと思いますよ。」
と言われたことが決定打となり、地元の小学校の、通常学級に進学することに決めました。
私たち夫婦も
「できるならみんなと同じことをこなせるようになって欲しい…
少しレベルの高い所にいた方が、頑張れるのではないか…」
そう考えたのです。
夫婦で、たくさん話し合いました。
最終的には、発達外来の主治医の先生から
「支援員の要請さえすれば、小学校の、通常学級で大丈夫だと思いますよ。」
と言われたことが決定打となり、地元の小学校の、通常学級に進学することに決めました。
私たち夫婦も
「できるならみんなと同じことをこなせるようになって欲しい…
少しレベルの高い所にいた方が、頑張れるのではないか…」
そう考えたのです。
入学直前に引っ越した我が家。同級生と馴染むために工夫もしました
私たちは、娘の小学校入学直前に引っ越しをしたため、今まで通っていた幼稚園から、同じ小学校へ進学する子が一人もいませんでした。さらに、娘の通うことになった小学校は、付属の幼稚園からそのまま持ち上がりのシステム。
娘以外の全員が、すでに仲良しの状態なのです。
そこで私たちは、入学式の2か月前から、同じ小学校に入学する子たちが通う幼稚園のスポーツの日に週一回、数時間だけ通わせてもらっていました。
少しでも、入学前にみんなと仲良くなってもらい、入学してからのスタートがスムーズになるようにしたかったからです。
事前に交流を持っていたこともあって、入学当初は順調でした。
お友達もたくさんでき、喧嘩はあっても、それなりに楽しく過ごせていている様子。
小学一年生の授業も最初はそんなに難しくないこともあって、なんとかついていけているようでした。
娘以外の全員が、すでに仲良しの状態なのです。
そこで私たちは、入学式の2か月前から、同じ小学校に入学する子たちが通う幼稚園のスポーツの日に週一回、数時間だけ通わせてもらっていました。
少しでも、入学前にみんなと仲良くなってもらい、入学してからのスタートがスムーズになるようにしたかったからです。
事前に交流を持っていたこともあって、入学当初は順調でした。
お友達もたくさんでき、喧嘩はあっても、それなりに楽しく過ごせていている様子。
小学一年生の授業も最初はそんなに難しくないこともあって、なんとかついていけているようでした。
授業が進み難しくなった頃、担任からの相談&報告が増えて来て…
しかし、入学してしばらく経った頃から、だんだんと授業についていけないようになりました。
支援員が入らない時は、全くついていけず…
特に作文や感想文、日記などの、文を書く授業は困難でした。
元々、言語自体が得意ではないため、何を書くかを考えたり、そのことを頭に置きながら、
文章を構成することが娘にとってはすごく難しいのです。
文が書けず、1時間白紙のまま固まっていたり…。
そのことを、担任の先生から相談される回数も、増えていきました。
文章を書けないことを先生に注意され、本人も困ってしまいます。
そして、お友達同士のトラブルの内容も、少しずつ、娘には難しいものになってきました。
娘は、自分が思っていることを、言葉で表現するのが苦手です。
お友達から、自分がやっていないことで責められても、
「私じゃない!」と自分の主張をうまく言えず…
責められ続け、泣く…
そして、さらに責められる…
そんな姿を見ることも増えていきました。
そんな状況の中で、お友達から、
「なんであーさんはすぐ泣くの?」「なんで日記が自分で書けないの?」
などと言われることが、どんどん多くなってきたのです。
支援員が入らない時は、全くついていけず…
特に作文や感想文、日記などの、文を書く授業は困難でした。
元々、言語自体が得意ではないため、何を書くかを考えたり、そのことを頭に置きながら、
文章を構成することが娘にとってはすごく難しいのです。
文が書けず、1時間白紙のまま固まっていたり…。
そのことを、担任の先生から相談される回数も、増えていきました。
文章を書けないことを先生に注意され、本人も困ってしまいます。
そして、お友達同士のトラブルの内容も、少しずつ、娘には難しいものになってきました。
娘は、自分が思っていることを、言葉で表現するのが苦手です。
お友達から、自分がやっていないことで責められても、
「私じゃない!」と自分の主張をうまく言えず…
責められ続け、泣く…
そして、さらに責められる…
そんな姿を見ることも増えていきました。
そんな状況の中で、お友達から、
「なんであーさんはすぐ泣くの?」「なんで日記が自分で書けないの?」
などと言われることが、どんどん多くなってきたのです。