自閉症ラッパー・GOMESS「親が願う"正規ルート"からの脱却と、幸せにならなきゃいけない理由」――発達障害を描いたCMプロデューサーが聞く【新連載 #見えない障害と生きる】
ライター:桑山 知之
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本連載は、発達障害を描いたドキュメンタリーCM「見えない障害と生きる。」でプロデューサーを務めた東海テレビの桑山知之が聞き手となり、さまざまな発達障害の当事者と対談するコラムである。連載初回は、CMのための曲「COMMON」を書き下ろし、自身も出演したラッパー・GOMESSに「家族と発達障害」について語ってもらった。
(取材・文=桑山知之)
発達障害当事者との対談連載、スタート
発達障害を描いたドキュメンタリーCM「見えない障害と生きる。」でプロデューサーを務めた東海テレビの桑山知之が聞き手となり、さまざまな発達障害の当事者と対談する連載がスタート。
連載初回は、このCMにも出演したラッパー・GOMESSを取材し、「家族と発達障害」について語ってもらった。
連載初回は、このCMにも出演したラッパー・GOMESSを取材し、「家族と発達障害」について語ってもらった。
東海テレビ 公共キャンペーン・スポット「見えない障害と生きる。」
10歳の冬、診断は高機能自閉症…あだ名は“障害者”
GOMESSが初めてパニックを起こしたのは、地元のバザーに家族で行ったときのことだった。楽しむ母や姉を横目に公園でうたた寝をしていたところ、ふと首に違和感を覚えた。毛虫だった。GOMESSは、毛虫が大の苦手だった。
我に返ると、パニックを起こしたGOMESSは母親によって強く抱きしめられていたという。後日、家族に連れられ赴いた精神病院で、高機能自閉症という診断を受けた。その後、症状が悪化するのを見かねた母は、小学5年の春、担任教師に相談した。自閉症とはどういうものか、子どもにも分かるような資料が朝の会で配られた。
「それが成功する可能性もあったと思うんですよ。でも僕の場合は違って。陰で言われてたのは、障害者とか、野獣とか、エイリアンとか……。どんどん学校に行きづらくなりました」
そこから5年間にわたり不登校、引きこもり生活を送ったGOMESS。今でこそ母の支えや頑張りが痛いほど分かるものの、当時は「お母さんが余計なことをしたから」と責めてしまったと振り返る。しばらくは母もなんとか学校に行かせようとしたが、GOMESSは強く抵抗した。
「本当に悪いことなんですけど、すぐに死をほのめかしてたんですよ。『そんなに言うんだったら学校に行くフリして死ぬけどね?』とか。『生まれてこなきゃよかった』とか、お母さんに直接言わなくてよかったようなこともいっぱい言いました」
3歳上の姉とは、自身が引きこもる前はケンカもしていたが、やがてほとんど会話もなくなった。避けられていた。「ずっと部屋で暗い顔してる弟は嫌だったんじゃないですかね」。
我に返ると、パニックを起こしたGOMESSは母親によって強く抱きしめられていたという。後日、家族に連れられ赴いた精神病院で、高機能自閉症という診断を受けた。その後、症状が悪化するのを見かねた母は、小学5年の春、担任教師に相談した。自閉症とはどういうものか、子どもにも分かるような資料が朝の会で配られた。
「それが成功する可能性もあったと思うんですよ。でも僕の場合は違って。陰で言われてたのは、障害者とか、野獣とか、エイリアンとか……。どんどん学校に行きづらくなりました」
そこから5年間にわたり不登校、引きこもり生活を送ったGOMESS。今でこそ母の支えや頑張りが痛いほど分かるものの、当時は「お母さんが余計なことをしたから」と責めてしまったと振り返る。しばらくは母もなんとか学校に行かせようとしたが、GOMESSは強く抵抗した。
「本当に悪いことなんですけど、すぐに死をほのめかしてたんですよ。『そんなに言うんだったら学校に行くフリして死ぬけどね?』とか。『生まれてこなきゃよかった』とか、お母さんに直接言わなくてよかったようなこともいっぱい言いました」
3歳上の姉とは、自身が引きこもる前はケンカもしていたが、やがてほとんど会話もなくなった。避けられていた。「ずっと部屋で暗い顔してる弟は嫌だったんじゃないですかね」。
担当医「この子にはできないことがある」 親が考える“正規ルート”からの脱却
静岡県内の精神病院で診断を受けたGOMESS。代表的な楽曲の一つ『人間失格』にも登場する当時の担当医師“カゲヤマ先生”のある言葉で、家族の接し方は変わっていったという。
「カゲヤマ先生がいなかったらうちの家庭はダメだったと思います。お母さんたちに『この子にはできないことがあります。それはできるものじゃないです。無理なものは無理。それをきっぱりと親が諦めてください』と言ってくれたんですよ。そこから僕の生活が楽になりましたね。文字が読めないのも、頑張って読めと言われなくなりましたし、ひどい偏食も理解してくれるようになりました。いつかカゲヤマ先生にお礼を言いたいんですよね」
言うなれば「お父さんはスポ根の熱血系で、お母さんは知性と優しさ」だという両親。どちらかが叱るときは、もう一方が必ず優しく包み込んでくれた。特に母は、海外の和訳本を取り寄せるほど発達障害に関する本を読み漁るなど、息子について理解を深めようと努力を惜しまなかったという。GOMESSは「親がしてくれたことはすべて自分のことを思っての行動だった」と当時を振り返りながら、「子としてはすごく理想の両親」と誇らしげに語る。
「親が予定していた我が子の“正規ルート”みたいなものからの“外れ方”ってすごく大事だと思うんです。一番まずいのは、子どもが何もしなくなること。どんな形であれ、ポジティブな気持ちで何かやろうとしていることがあるんだったら、止めない方がいいと思います。ポジティブな気持ちを何かに向けてることってけっこう奇跡だから、その奇跡的なポジティブは守ってあげてほしい」
進学や就職など、親が思い描く「理想」は少なからずある。しかし、それは必ずしも我が子を幸せにするとも限らない。引きこもっている間も呆けるだけでは退屈だったGOMESSは、親に見守られながら、とにかく熱中できるものを追い求め続けたのだった。
「カゲヤマ先生がいなかったらうちの家庭はダメだったと思います。お母さんたちに『この子にはできないことがあります。それはできるものじゃないです。無理なものは無理。それをきっぱりと親が諦めてください』と言ってくれたんですよ。そこから僕の生活が楽になりましたね。文字が読めないのも、頑張って読めと言われなくなりましたし、ひどい偏食も理解してくれるようになりました。いつかカゲヤマ先生にお礼を言いたいんですよね」
言うなれば「お父さんはスポ根の熱血系で、お母さんは知性と優しさ」だという両親。どちらかが叱るときは、もう一方が必ず優しく包み込んでくれた。特に母は、海外の和訳本を取り寄せるほど発達障害に関する本を読み漁るなど、息子について理解を深めようと努力を惜しまなかったという。GOMESSは「親がしてくれたことはすべて自分のことを思っての行動だった」と当時を振り返りながら、「子としてはすごく理想の両親」と誇らしげに語る。
「親が予定していた我が子の“正規ルート”みたいなものからの“外れ方”ってすごく大事だと思うんです。一番まずいのは、子どもが何もしなくなること。どんな形であれ、ポジティブな気持ちで何かやろうとしていることがあるんだったら、止めない方がいいと思います。ポジティブな気持ちを何かに向けてることってけっこう奇跡だから、その奇跡的なポジティブは守ってあげてほしい」
進学や就職など、親が思い描く「理想」は少なからずある。しかし、それは必ずしも我が子を幸せにするとも限らない。引きこもっている間も呆けるだけでは退屈だったGOMESSは、親に見守られながら、とにかく熱中できるものを追い求め続けたのだった。
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教科書は読めないが、五線譜は読める
色んなものに熱中していく中で、「音楽」へと到達するまでにそう時間は掛からなかった。ワールドミュージックを聴けば、ラテンのリズムについて母に力説していた。文字が読めないゆえ、教科書は読めなかったが、五線譜はすぐに読めるようになった。気づけば自ら音楽を作るようになっていた。
「(親としては)本当は学校行かないにしても義務教育で習うものくらいは勉強してほしかったんだと思いますけどね。これだけ熱心にやってるんだからいいか、みたいな。僕は“プレイ”よりも“クリエイト”の方が好きだから、毎日毎日色んなことをクリエイションするようになって。その中で音楽が一番ハマりました」
ここでもう一つエピソードがある。「音楽に勉強的だった」頃、ゲームにも没頭していた。裕福な家庭ではなかったため、買ってもらえたのは中古で300円ほどのスーパーファミコンのソフト『RPGツクール2』。その名の通り、命令や画像・音楽を組み合わせ、オリジナルのロールプレイングゲームを作るゲームで、GOMESSはPC版も含めこのシリーズをやり込んだ。そこで音楽素材のため、曲を作り始めたのだという。結果、自作のRPGは完成しなかったが、サウンドトラックはできていた。
「親がゲームを止めないでくれたんですよね。それは大きかったですね。だからポジティブな気持ちで何かやってるときは、そういう何かが生まれることがある」
姉が好きだというモーニング娘。のCDも借りて聴き、衝撃を受けた。「これめっちゃファンクじゃん!すげぇかっこいい!」と、インストゥルメンタル版のテンポを遅めてビートを乗せ、ラップをする。自然とサンプリングもこなれたものになっていた。
「(親としては)本当は学校行かないにしても義務教育で習うものくらいは勉強してほしかったんだと思いますけどね。これだけ熱心にやってるんだからいいか、みたいな。僕は“プレイ”よりも“クリエイト”の方が好きだから、毎日毎日色んなことをクリエイションするようになって。その中で音楽が一番ハマりました」
ここでもう一つエピソードがある。「音楽に勉強的だった」頃、ゲームにも没頭していた。裕福な家庭ではなかったため、買ってもらえたのは中古で300円ほどのスーパーファミコンのソフト『RPGツクール2』。その名の通り、命令や画像・音楽を組み合わせ、オリジナルのロールプレイングゲームを作るゲームで、GOMESSはPC版も含めこのシリーズをやり込んだ。そこで音楽素材のため、曲を作り始めたのだという。結果、自作のRPGは完成しなかったが、サウンドトラックはできていた。
「親がゲームを止めないでくれたんですよね。それは大きかったですね。だからポジティブな気持ちで何かやってるときは、そういう何かが生まれることがある」
姉が好きだというモーニング娘。のCDも借りて聴き、衝撃を受けた。「これめっちゃファンクじゃん!すげぇかっこいい!」と、インストゥルメンタル版のテンポを遅めてビートを乗せ、ラップをする。自然とサンプリングもこなれたものになっていた。
家族が疲弊…ラップが人生を見つめ直すきっかけに
献身的に我が子を見守り続けた親だったが、自分を責め、時に精神的に病むこともあったという。
「何年も何年も手を尽くしてくれた結果、頑張った末ですね。俺もズカズカとお母さんに言っちゃうから、お母さんは自分を責め続けちゃって。お母さんが僕よりも程度のひどい引きこもりになりました。部屋から出てこないみたいな。台所とかでたまたま会って、目が合うと下向いてすぐに速足で自分の部屋に帰っていって、扉をバンと閉めるみたいな」
当時は自分が正気を保つのに精一杯で、家族に支えられていることに気付いていなかった。ラップを通して、いつしか自己を客観的に見られるようになった。
「CDデビューをしたり、テレビに出たり、ライブをしたりするようになってから、精神的自立が始まったのかなと思うんですよね。その辺から少しずつ。歳で言えば18・19歳から20・21歳にかけての4年間くらい。僕にとって過去の清算じゃないですけど、こういう恩恵を受けていたんだなとか、一つひとつ噛み砕いていく時間だったなと思います」
第2回『高校生RAP選手権』で準優勝を収め、世間からの注目が彼に集まる中で、姉も存在を認めるようになっていた。家でブツブツとラップをしていた引きこもりの弟が、「お姉ちゃんにとっても、ようやく人として接する価値のある人間になれたのかな」と感じた瞬間だった。
「何年も何年も手を尽くしてくれた結果、頑張った末ですね。俺もズカズカとお母さんに言っちゃうから、お母さんは自分を責め続けちゃって。お母さんが僕よりも程度のひどい引きこもりになりました。部屋から出てこないみたいな。台所とかでたまたま会って、目が合うと下向いてすぐに速足で自分の部屋に帰っていって、扉をバンと閉めるみたいな」
当時は自分が正気を保つのに精一杯で、家族に支えられていることに気付いていなかった。ラップを通して、いつしか自己を客観的に見られるようになった。
「CDデビューをしたり、テレビに出たり、ライブをしたりするようになってから、精神的自立が始まったのかなと思うんですよね。その辺から少しずつ。歳で言えば18・19歳から20・21歳にかけての4年間くらい。僕にとって過去の清算じゃないですけど、こういう恩恵を受けていたんだなとか、一つひとつ噛み砕いていく時間だったなと思います」
第2回『高校生RAP選手権』で準優勝を収め、世間からの注目が彼に集まる中で、姉も存在を認めるようになっていた。家でブツブツとラップをしていた引きこもりの弟が、「お姉ちゃんにとっても、ようやく人として接する価値のある人間になれたのかな」と感じた瞬間だった。
家族を幸せにするために、僕は幸せにならなきゃいけない
自身の人生は「みんなのおかげで運良く素敵になった」と語るGOMESS。一方で、母から「私があなたをフツウに産んであげられなかった」と、我が子に対して罪を感じていることを吐露されたこともあった。自分にできることは何か。答えは明確だった。
「手間暇かけて全力注いで頑張って育てた息子が人様の役に立つっていうのは、きっとすごくお母さんにとって誇らしいことの一つだと思うから、実際“罪滅ぼし”はできないにしても、何かお母さんのためになると信じてやっているんです」
GOMESSは、ラッパーとしての現在の活動について「罪滅ぼしみたいな気持ち」と表現する。
「だから、僕は幸せにならなきゃいけないんだなって。僕が幸せになれば、お母さんが感じてきた罪悪感は消えるんじゃないかなと思うんですよね」
「手間暇かけて全力注いで頑張って育てた息子が人様の役に立つっていうのは、きっとすごくお母さんにとって誇らしいことの一つだと思うから、実際“罪滅ぼし”はできないにしても、何かお母さんのためになると信じてやっているんです」
GOMESSは、ラッパーとしての現在の活動について「罪滅ぼしみたいな気持ち」と表現する。
「だから、僕は幸せにならなきゃいけないんだなって。僕が幸せになれば、お母さんが感じてきた罪悪感は消えるんじゃないかなと思うんですよね」
GOMESSがCM「見えない障害と生きる。」で書き下ろした楽曲『COMMON』は、Apple Musicなどで近日配信予定。
本連載では、第2回以降も桑山知之が見えない障害のある人を取材し、社会で生きる上でのヒントを探っていく。
本連載では、第2回以降も桑山知之が見えない障害のある人を取材し、社会で生きる上でのヒントを探っていく。
桑山知之 プロフィール
平成元年愛知県名古屋市生まれ。
慶應義塾大学経済学部在学中からフリーライターとして活動。
2013年に東海テレビ入社後、東京支社営業部を経て、報道部で記者/ディレクター。
2018年から公共キャンペーンのプロデューサーとして「いま、テレビの現場から。」や「見えない障害と生きる。」、「この距離を忘れない。」といったドキュメンタリーCMを制作。
主な受賞歴は、日本民間放送連盟賞CM部門最優秀賞、ACC TOKYO CREATIVITY AWARDSゴールド、JAA広告賞 消費者が選んだ広告コンクール経済産業大臣賞、ギャラクシー賞CM部門優秀賞など。
慶應義塾大学経済学部在学中からフリーライターとして活動。
2013年に東海テレビ入社後、東京支社営業部を経て、報道部で記者/ディレクター。
2018年から公共キャンペーンのプロデューサーとして「いま、テレビの現場から。」や「見えない障害と生きる。」、「この距離を忘れない。」といったドキュメンタリーCMを制作。
主な受賞歴は、日本民間放送連盟賞CM部門最優秀賞、ACC TOKYO CREATIVITY AWARDSゴールド、JAA広告賞 消費者が選んだ広告コンクール経済産業大臣賞、ギャラクシー賞CM部門優秀賞など。
東海テレビ 公共キャンペーン・スポット「見えない障害と生きる。」
第57回(2019年度)ギャラクシー賞 CM部門 優秀賞受賞の東海テレビ公共CM。「片付けられない。実は文字が読めない。周囲の音が聞こえすぎる。完璧にしないと気が済まない。そういう障害は意外と知られていない。 そこに着目して障害と取り組んだ力作。障害を糧にラッパーになった若者の歌も強い。」との講評。CMでも使用されたGOMESSの楽曲「COMMON」も近日配信予定。
・2019年 日本民間放送連盟賞 CM部門 最優秀賞
・2019 59th ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS フィルム部門Aカテゴリー ACCゴールド
・第58回JAA広告賞 消費者が選んだ広告コンクール 経済産業大臣賞
・第57回(2019年度)ギャラクシー賞 CM部門 優秀賞
・2019 59th ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS フィルム部門Aカテゴリー ACCゴールド
・第58回JAA広告賞 消費者が選んだ広告コンクール 経済産業大臣賞
・第57回(2019年度)ギャラクシー賞 CM部門 優秀賞
取材・文:桑山知之
取材協力:若者支援ネットワーク研究会in東海
取材協力:若者支援ネットワーク研究会in東海
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