【音楽家・広瀬香美さんインタビュー】「まわりの音がすべて音符に聞こえる」幼少時代、不登校を経て、音楽の道で輝けるようになるまで

2021/04/01 更新
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数々のヒット曲を産み出してきた、音楽家・作曲家の広瀬香美さん。最近ではYouTubeオフィシャルチャンネルでの「歌ってみた」シリーズが大きな話題を呼んでいます。音楽の天賦の才をもつと同時に、生きづらさも感じていた思春期から今の明るい「広瀬香美」が誕生するまでを、「LITALICO発達ナビ」牟田暁子編集長が聞き出しました。

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まわりの音がすべて音符で聴こえる。不協和音にならないように気をつけながらしゃべる子どもだった

インタビューに答える広瀬さん
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数々のヒット曲を産み出してきた、音楽家・作曲家の広瀬香美さん。最近ではYouTubeオフィシャルチャンネルでの「歌ってみた」シリーズが大きな話題を呼んでいます。音楽の天賦の才をもつと同時に、生きづらさも感じていた思春期を経て、才能あふれた明るい「広瀬香美」が誕生するまでを、LITALICO発達ナビ編集長・牟田暁子がインタビューしました。

牟田暁子LITALICO発達ナビ編集長(以下――) 広瀬香美さんご自身の、音楽的な感受性の強さを表すエピソードをぜひ教えてください。子ども時代、どんなお子さんでしたか?

広瀬香美さん(以下 広瀬) 「ええと~、ええっと~…」
って、言うでしょう。すると、それが私には、「ド ミ~、ド ミ~」って、音符で聴こえるんです。空気の音は和音に聴こえます。たぶん電気や電磁波みたいなものの音だと思うけれど、Eフラットの和音に聴こえるんです。

だから、どんな静かな場所でもベースに和音があって、そこに自分が話す声をメロディーとして乗せようとしちゃうんです。そうしないと不協和音になってしまうから。具合が悪いときには、聴こえている和音には反抗するように全然違う音で喋りたいけれど、そうすると不協和音になってしまうので、黙り込んでしまう習性がありました。

今だったら、生活音が全部音楽になってしまうということは、なんて素晴らしいと思えますが、昔は、「うるさいよね、人生って」と思っていました。

ただ、いつもオーケストラみたいに音が鳴っているのは、食べたり眠ったりと同じ当たり前のことだと思っていたから、誰かに悩みを打ち明けるということもありませんでした。だって、お父さんもお母さんも友達もみんなそうだって思っていたから。

――それが自分だけにあることだと気づいたのは何歳ごろでしたか?

広瀬 「私っておかしいの?」と思ったのは、仲間意識ができたりする小学校3~4年ごろかな。「あの子、なんかちょっと言うことがおかしいよね」と言われるようになったんです。

たとえば、「なおこちゃん」と呼びかけるとき、「ミレドちゃん」と聴こえたままに言ってしまったりすることがあって、「ミレドじゃない!」となおこちゃんから言われてしまう。私としては「あれ?私ミレドちゃんて言った?」というようなことがありました。

だから、学校のクラスメートから「あの子は変なこと言う」と言われて、ちょっとした仲間はずれのような、いじめみたいなことになってきたころから、「みんなの世界はオーケストラのような音の世界ではないの? もしかして私だけ?」と、だんだんわかり始めたんです。

小学校の高学年のころからだんだんと、そのことが自分の中で処理できなくなってきて、微熱が出るようになり、学校を休むようになりました。実際、37度7分くらいあったので、親も学校を休ませてくれるわけです。

親はとても心配していろいろな病院に連れて行ってくれました。精神科、思春期内科、東京から九州から、ありとあらゆる心の病気の先生のところに連れて行ってくれたし、自分でも治したいと思っていましたよ。

薬もね、こんなに(両手ですくうようにして)飲んでいました。ただ、「私は病気じゃないのに、なんでこんな薬を飲むんだろう」と思っていたので、途中から薬は飲んだふりをして、親には隠すようになりました。ゴミ箱に捨てるとバレちゃうから、ソファの隅に押し込んだりしてね。

ほかにも、過呼吸症候群や脳貧血を起こして、一度発作が起こると20分くらいしないと収まらないので、寝込むこともありました。

不登校時代を経て、高校を卒業。「私だけじゃない!」と分かる環境になったら、スパッと元気になった!

――大変でしたね。ずっと学校には行かなかったんですか?

広瀬 そんな日々が高校2年生くらいまで続いて…けっこう長かったですね。小学校は日数が足らなくてもなんとか卒業して、中学高校は私立でしたが、調子がいいときは行けるんですけど、行けない日もありました。

高2のときは3分の1くらいの日数しか登校できなくて、最後の期末テストだけはなんとか受けて、留年ギリギリまでいったんですが、なんとか高3になれました。でも、体調もすごく悪かったんですよね。

――そんな元気のない様子は今からは想像もできませんが、今のように元気な広瀬さんになったのはいつごろから?

広瀬 大学に入ってから、そういう体調の悪さは、スパッとなくなりました!

東京の音楽大学に通うようになったら、周りに変な人がいっぱいいたんですよ(笑)。感受性が強い人たちね。私よりも変な人がいて、なんだかほっとしました。

そしてラッキーなことに、大学1年生の夏休みに、ロサンゼルスに行けたんです。ロスに行ったら、「私が一番まとも?」と思うくらい、周りの人たちが変だったんですよ。言うことも変だし、全然平気で約束破るし、「この人たちが普通なの? この国!」と思ったときに、苦しかった部分が、サーッと溶けたようになって、すっごく楽になりました。

自分たちが変わっているだけでなく、私がわがままや変なことを言っても、「お~!いいね」なんて言ってくれる人たち。私が「生活音もすべての音が、音階になるの」と話すと、「すごいね! 天才じゃん!」と、全部肯定してくれるんですよ。ここが私の住みかかもしれないと思った瞬間に、何の症状も出なくなりました。

とはいえ、せっかく音楽大学に入ったし、親からはとにかく卒業だけはしてほしいと言われ、卒業証書だけはもらう約束をしました。

大学側にも、アメリカと日本を行ったり来たりするけれど、卒業はしたいと直接交渉しました。もうとにかく必死で、最初の2年間で、4年分の必須の単位をとりました。3~4年生はとにかく作品だけ提出すればいいようにしてもらったのです。課題も、ほかの人が1曲のところ2曲アメリカから送るから、と。しょうがないな、OKと言ってくれる理解ある先生に出会えて、ほんとによかったです。卒業に必要なギリギリの単位だけとって、一応卒業証書はもらいました。

――すごいですね。たしかに恵まれた環境なのかもしれないけれど、広瀬さんの人柄もあるかと思います。

広瀬 いえいえ! アメリカが私をこういう人柄にしてくれたんです。思春期の私はずっと、暗くて、泣き虫で、自分のことを何も言わない子でしたから。だってしゃべると不協和音になっちゃうから。大声で泣けない、自己主張もしない、自分の悩みを打ち明けられない、友だちもいない。その当時の写真を見ると、笑顔は1枚もないんです。笑顔の作り方、知らなかったんですよね。

聴こえてしまう音をコントロールする方法を教えてくれた仲間に出会えた

インタビューに答える広瀬さん
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――すべてが和音になってうるさくて、というのは、今も続いていますか? こうして話していて、大丈夫ですか?

広瀬 今はね、大丈夫です。自分でボリュームを上げ下げできる技を覚えたんです。

アメリカに行ったら、同じような感性をもった友だちがたくさんいたので、どんなふうに対応しているの?と聞いてみたら、「ボリュームが変えられるんだよ、ちょっと訓練したらできるよ」と教えてくれたんです。それでコントロールできるようになりました。

今は、もうずっとボリュームはゼロにしています。最近は鈍感になってきたのか、ものすごく頑張って聴こうと思わない限り、聴こえなくなりました。たまに、スタッフやメディアの人が面白がって「今、何の音が聴こえる?」と聞かれたら答えられるけれど。

自分の特性を仕事に活かして、ポップス作曲家・広瀬香美が誕生するまで

――そうした感覚、感性を、今のお仕事に活かせるようになったのはいつごろから?

広瀬 音楽しか教育されなかったし、親は音楽家にしたかったんだと思うんですよね。センスがあると思うからこそ、音楽のレッスンや、いい先生を見つけてくれたりして、音楽の才能を伸ばそうとしてくれました。私自身も、音楽の勉強しかしませんでした。

自分でも音楽のセンスがあると思っていました。音楽を分析して、直す能力が自分にはあるんだな、って。子ども時代、テレビからや街で聴こえてくる音楽を、「自分ならもっといいメロディーにするのにな~」「そこ、ちょっと違うんだよな~」なんて考えていました。

ただ、親が勉強させようとしたクラシックの音楽は自分の中ではしっくりこなくて、変なの!暗い音楽だなと思っていて、学ばせられる音楽にはまったく共感しませんでした。

とはいえ、これは違うとは思っても、どうしていいか分からなくて……。その当時、ポップス音楽大学のようなものも、コンピューターミュージック科といったものもなかったし。だから、好きじゃなくてもクラシック音楽の勉強をするしかなかったわけです。どの科に行くかについても、行くなら作曲学科かな、というところでした。

そこで、大学1年で行ったロスで聴こえてきた音楽に「ああ、この音楽がいい!」って思ったんです。マイケル・ジャクソン、セリーヌ・ディオン、ボビー・ブラウン、そうした人たちの音楽を聴いて、「すごい!そうそう、これよ!!」って、思いましたよね。 

じゃあ、こういう音楽を勉強するにはどうしたらいい?というところから、先生を探しました。ポップスの勉強を始めて、やっぱりこういう音楽を作るには技術が要るし、クラシックとは書き方、作り方が全然違うんだなと知りました。

好きなことだから、がむしゃらに勉強しました。そうこうするうちに曲が書けるようになったけれど、お金が足りないんですよ! ロスでのアパート代だけは親に出してもらっていましたが、勉強を続けるお金が足りなくて、曲を買ってもらうことはできないか、と考えたんです。その当時はバブルで、予算がたっぷりあった日本のレコード会社さんたちが、ロスにレコーディングのために来ていました。そこで、日本語ができる現地のアシスタントとなり、自分の楽曲をレコーディングクルーに売り込んでみたんです。そしたら、曲も褒めてもらえたけど、仮歌で入っていた私の声が気に入られて、歌の仕事をするようになりました。結局そのときは、曲はあんまり買ってもらえなかったんですけどね。

そのうち、日本に帰国したときに、スタジオに行って歌うようにもなりました。ただ歌うだけでなく、音楽大学の頃の技術が重宝されました。譜面をパッと見てすぐに歌えたり、アレンジャーさんから「コーラスの和音が濁るので、ハーモナイズを直してください」と言われたり。どんどん仕事が入って、日本にいる間に1年分の家賃稼げちゃう、というくらいでした。

日本で稼いで、アメリカで3ヶ月勉強して、それでまた日本に戻って…という生活。そこから私の遊牧民生活が始まりました!(笑)。気がついたら、アメリカと日本を行ったり来たりの人生ですね。

ようやく、自分の話をできるときがきた!

インタビューに答える広瀬さん
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――最近、こうして自分のことを発信するようになったきっかけは?

広瀬 自分のことを、発信したいという気持ちはずっとあったんですが、「広瀬香美」という人格は、私だけのものではないんですよね。レコード会社の人のものであり、事務所のものであり、ファンの方々のものなんです、ありがたいことに。だから、自分の個人的な話や悩みを、そうそう話すわけにはいかなかったんです。

元気に明るく楽しく、「冬の女王」として突っ走っていくということで、最初の15年ぐらいはトークもしてこなかったんです。歌声だけを、冬の時期に元気に届ける人として生きてきたのが、「広瀬香美」でした。

その後、ちょっと病気をしたこともあって少しお休みしたあと、第2期として復活したころに、ちょうどTwitterなどのSNSが流行り始めました。当時、事務所はそういう発信を絶対許してくれなかったんです。だって冬の女王様のはずなのに、「寒いのはちょっと苦手」なんて絶対言えないじゃない?(笑) そんな制約もあって、個人的につぶやくことが咎められた時代だったんですよね。

だけど、何度も事務所に呼び出しをくらいながらも、やめなかった(笑)。そのうち、広瀬香美のSNS面白いよねと言われるようになり、それがYouTube配信へとつながっています。その間に、オールナイトニッポンやUstreamでの発信もありました。

私みたいな人たちが、たくさんいることを知ってほしい!

【音楽家・広瀬香美さんインタビュー】「まわりの音がすべて音符に聞こえる」幼少時代、不登校を経て、音楽の道で輝けるようになるまでの画像
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――そのYouTubeの配信が、オフィシャルチャンネルで人気の「歌ってみた」シリーズですね。

広瀬 曲の解説は、子どものころから有名な曲をああだこうだ言っていたわけで(笑)、得意だから、弾いた曲を自分なりに解説をして、自分のキャラクターを発信するようになりました。それがちょうど、あの自粛生活の時期で、なかなか外に出られないときだったので、皆さんがたくさん聴いてくださることになり、楽しいねと評価されて今に至ります。

そして、メインチャンネル以外に「バックヤードチャンネル」を開設して、自分の思いや演奏以外のことをお話するようになったんです。そこで話しているうちに、ふっと昔のことがフラッシュバックしてしまって、話が止まらなくなっちゃったときがあって。そのときは、これはどうせボツだからいいやと思って、泣きながら喋ったんです。そしたら、そのボツだと思ったほうの内容をスタッフが選んだんですよ。

【広瀬香美】浜崎あゆみ/Mを歌い終えて…まさかの号泣【今だから言える】

――こうした発信は、生きにくさを感じているお子さんとその保護者の希望になると思います。

広瀬 ありがとうございます。そう言ってもらえると本当に嬉しいです。

私は、この国の仕組みに弾圧されたと思っているんです。弾圧のおかげで今があると思っているから、あえて弾圧という言葉を使うけれど、弾圧されてギューって抑え込まれたからこそ、パーン!とはじけることができました。

日本には、パーンとはじけられないまま一生を終えてしまう人たちだってたくさんいるし、苦しんでる人たちが今もたくさんいると思います。だからといって、そういう方たちに、「あなたたちもはじけてごらん!」なんて言う気持ちは全然ないです。だけど、私が自分のこういうお話をすることによって、皆さんが何か考えるきっかけのひとつになったら嬉しいです。

こういう、私みたいな人たちがたくさんいるということを、ある一部の特別な人たちではないということを、みなさんを代表として世の中に伝える広報になりたいと、心から思っています。

――最後に、「発達ナビ」読者の皆さんへひとことお願いします。そういう子どもに、親はどう関わったら、いいでしょうか。

広瀬 私の親も、いろいろな病院に連れていってくれたり、勉強させてくれたりしました。ただ、私にとっては、別にありがたいことだったかといえば、そうではありませんでした。でも、子を思う親の気持ちは、みんな同じで、よかれと思っているわけですよね。こうした方がいいですよ、ということは私には言えません。

私からの「こうしたら」という回答はないけれど、ひとつの例として、今していることをそのまま続けていったら、私みたいにはじけるときがくるかもしれません。こういう実例があるということを私がお話することによって、誰かの救いになればいいなと思っています。
広瀬さんと、発達ナビ編集長・牟田
広瀬香美さんと、発達ナビ編集長・牟田
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取材・文/関川香織(K2U)
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