褒める視点を変えた

そこで私は態度や集中力や学力にスポットを当てずに…

・雨の日でも休まず教室に来ていること
・トイレに行った後、手を洗っていること
・風呂に毎日入っていること
・髪の毛がグチャグチャになっていないこと

を褒めるようにしました。筆箱やノートなどの忘れ物をしても、そのことには触れず、「教室にやってきた」ことだけを褒めましたすると、あれだけ叱っても態度が改善しなかったのに、次第に困った行動がなくなっていきました。

認める言葉

人は“認めてもらいたい生き物”なのだと思います。「自分の存在価値を認識したい」「褒めてもらいたい」という承認欲求があるからです。しかし、どんなに頑張っても誰からも注目されないと、今度は叱られることや注意されることで存在をアピールしようとすることがあります。

行動主義心理学に「 “正の行動”を強化する」という考え方があります。困った行動をしたときに叱るのではなく、適切な行動ができているときに認めて強化するというものです。

例えば、「立ち歩く」「騒ぐ」など学習態度が悪くても可能な限り無視します。そして、「一瞬でも座っていることができた」「騒がないで静かにしていた」のならば“正の行動”として認めることで強化します。そうすると、次第に負の行動が減っていくというものです。

家庭での適切な行動は特別なことである必要はありません。食後に自分で食器を下げた、親に言われなくても手洗い、うがいをしたことでよいのです。

それも「偉いね」「お利口だね」という通り一遍の社交辞令的な褒め方ではなく、「手を洗っているね」「椅子に座っているね」「食器さげてくれて助かるわ」等の言葉、つまり「あなたのことをいつも見ているのよ」という言葉がけが大切なのではないでしょうか。そうすればおのずと、適切な行動が増えていくと感じています。

執筆/立石美津子

専門家コメント 鈴木直光先生(小児科医)

私が医学部で教えていた時には、学生が実習に来ただけでも褒めるようにしていました。指導の場では細心の注意を払い、優しく・丁寧に・具体的に・否定文を使わないように努めていました。というのも、臨床の現場では、周囲の関心を引きたいという思いからあえて不適切な行動をとる神経発達症等がある患者さんに接する機会が少なくありません。逆に、誰も見ていない無人島のような場所では、注意引きでの不適切な行動は成立しないものです。

お子さんに向き合う際、私たちはどうしても「何ができないか」という欠点に目を向けてしまいがちですが、むしろ「今、何ができているか」というポジティブな側面に光を当てる視点が何より大切です。できないことを指摘して叱るのは容易ですが、日々の当たり前のような出来事の中に「できたこと」を丁寧に見つけ出し、それを言葉にして褒めることは、実はとても難しいのです。(監修:小児科医 鈴木直光先生)

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