ADHD息子の行きたい中学で大丈夫?親子で意見が分かれた次男の進路選択――中学時代いじめで不登校になった私の願い

ライター:スガカズ

ADHDのある次男は4月から小学6年生。いよいよ本格的に中学校選びを始める時期になりました。
4校のうちいずれかに決める必要があるのですが、まだまだ悩み中です。
なぜなら、私自身が中学1年生のときに対人関係のトラブルがあり、1年間不登校だったからです。
自分の子どもには同じような経験はしてほしくないと思う気もちと、本人(次男)の意思との間で揺れ動いています。

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監修: 井上雅彦
鳥取大学 大学院 医学系研究科 臨床心理学講座 教授
LITALICO研究所 客員研究員
応用行動分析学をベースにエビデンスに基づく臨床心理学を目指し活動。対象は主に自閉症や発達障害のある人たちとその家族で、支援のための様々なプログラムを開発している。

どの中学校が合っている?ADHD次男の中学校選び

どの中学校が合っている?ADHD次男の中学校選び
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ADHDとLD(書字障害)のある次男は4月から小学6年生。療育センターで、中学校進学に向けて学校での合理的配慮に備えるためにST(言語療法士)のところに通い始めるなど、少しずつ準備を進めています。

中学校生活を送る上で、生活習慣や対人関係、勉強で数々の困難が待ち受けていることでしょう。子どもの中学校選びで親として何を一番大事にしたいのか、本人の意思を考慮すべきか…私自身まさに悩んでいる最中です。
A中学校とB中学校どっちがいいの?
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次男は仲の良い友達がたくさん通う予定のA中学校を希望しているのですが、良い噂も悪い噂もあります。
特に、対人関係のトラブルに関する噂が気になり、「A中学校を選ぶことは次男にとって本当に良いのだろうか?」とどうしても感じてしまいます。仲の良い友達がA中学校より少なくても、落ち着いた雰囲気の、特別支援学級の拠点校であるB中学校が良いのではと思っています。それには、親である私自身が中学校時代に苦い経験をしたからです。

母の経験。対人関係でのトラブルに悩み、不登校だった中1

母の経験。対人関係でのトラブルに悩み、不登校だった中1
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私自身、学校生活の中で一番つらいと思った時期は中学1年生のときでした。当時私が住んでいた地域は選択制ではなく、基本的には進学する中学校が決められていました。通っていた小学校の同級生はほとんどがその中学校に進学しました。

私には小学校のころから、折り合いの良くない女の子(Aさん)がいました。
小6のとき、Aさんの私への態度と、ほかの子への態度に差を感じていたので、共通の友達に相談したことがあります。共通の友達は、善意からAさんにその内容を伝えたようで、後日Aさんは私に直接「気のせいだ」と言いました。「そうなんだ。勘違いしてごめんね」と私は返答しました。

小学校のとき、Aさんとは別々のクラスだったので、その一件のあと卒業まで特に何もなかったのですが、中学1年生になって、Aさんと私は同じクラスになりました。加えて私は、小学校時代の仲の良い友達とは同じクラスにはなれませんでした。
中1のころのクラスでの様子
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小6のとき、私がAさんのことを友達に相談したことについて、Aさんはきっと腹を立てただろうと思っていました。中学1年生で同じクラスになりましたが、Aさんとは少しぎこちない空気になっていました。

そのうちに、クラスで私への陰口が始まりました。中学時代クラスの女の子たちは、よく一緒に行動する子同士でグループのようになっていました。Aさんは、そのグループの子たちに私のことを悪く言いだしたようで、それを聞いていたほかの2つのグループからも無視をされてしまいました。そんな状況から、私は自分からクラスの女子に話しかける勇気が出ず、だんだんと孤立していきました。

ある日席替えがあり、Aさんのグループの子が、私の前に決まった子に対して「あの子(私)の前になっちゃったんだ。かわいそう〜」と、笑いながら話していました。

言った子は、ふざけて言ったのかも知れませんが、近くで聞こえるように話していたことが本当にショックで、「そうか、私の近くにいる子はかわいそうなんだ。」と理解し、その場に存在することがとてつもなく惨めで、その日以降学校に行かないようになりました。

両親や友達に相談する勇気がなかった当時の気もち

両親や友達に相談する勇気がなかった当時の気もち
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両親は私が中学1年の約一年間、不登校だったことを実は知りません。私は7つ上に兄がいて、重度の自閉スペクトラム症と知的障害があります。母は障害のある兄のサポートが大変ですし、父も仕事が忙しい時期だったので、自分から余計な心配をかけたくなかったですし、何よりも「クラスメイトからいじわるをされている」という事実を伝えたくありませんでした。家族の前では、今まで通りの自分でいたかったのです。

また、友達にも先生にも相談できませんでした。もし間違って小学校のときのように、Aさんの耳に情報が届いたとしたら、ますます自分にとってつらい学校生活になってしまうのでは?といった不安があったからです。

そのため私は、毎日登校したフリをして、1時間ほど近所で時間をつぶし、家族が外出するとこっそり家に帰るといった日々を送っていました。

幸いにもAさんとは中2、中3は別々のクラスになり、新しいクラスには仲の良い友達がいたので、また学校に通えるようになりました。それでも、中1のころの心の傷が残ったままで、月に2~3日ほど、反動がきて学校に行くのがつらくて休む日もありました。

今思えば不登校は短い期間だったわけですが、渦中にいた当時は、一日一日が苦痛で、自分がこの世にいてはいけない存在に思えました。私は人と争うことが苦手なタイプなので、大勢がいる教室で言い返すこともできません。もし3年間同じような状況が続いていたらどうなっていたのだろうと想像すると、ゾッとします。
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