食べずに痩せれば「罪深い私が薄まる?」、リスカしたら「生きている実感が持てる?」居場所を見つけるまで続いた、発達障害の私の自傷歴

ライター:宇樹義子

発達障害のある私。生きづらさから逃れようと自傷に走っていた時期がありました。今回は私の自傷歴についてお伝えします。

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監修: 鈴木直光
筑波こどものこころクリニック院長
1959年東京都生まれ。1985年秋田大学医学部卒。在学中YMCAキャンプリーダーで初めて自閉症児に出会う。同年東京医科歯科大学小児科入局。 1987〜88年、瀬川小児神経学クリニックで自閉症と神経学を学び、栃木県県南健康福祉センターの発達相談で数々の発達障がい児と出会う。2011年、茨城県つくば市に筑波こどものこころクリニック開院。

高校生の頃の自傷傾向

私に自傷の傾向が出たのは高校生のころだったと記憶しています。この時期、私にはいま思えば離人症と思われる症状がありました。現実感がなくなる、自分だけ少し床から浮いて暮らしているように感じられる、幽体離脱したように感じる、など。

当時は自分の発達障害にも、抱えている複雑なトラウマにも気づいていませんでした。精神科など専門家にかかることも思いつかず、「頭がおかしいのだ」と自分を責めて、恥じる日々。

そんな中、恥や罪の感覚、また、失われた現実感を強い刺激で取り戻したいといった理由から、さまざまな自傷的行動に走るようになりました。

軽い摂食障害と日焼けへの執着

当時の私は、「自分は罪深く恥ずかしい存在だから、その存在感をできるだけ薄めたい。自分の汚(けが)れをきれいにしたい」という感覚を抱えていました。そこで、必要のないダイエットをしたり、休み時間に学校の庭に出て肌を焼いたりするように。

どんどん痩せて身体が薄くなっていくほど、自分の存在の罪が軽くなるような気がしました。食べ物のかわりに水を飲めば文字通り「存在が薄まる」、日光に当たれば「日光消毒ができる」と感じたり。この頃の写真を見ると、私はカリカリに痩せて真っ黒に日焼けしています。

リストカットをしたことも

つきまとって離れない離人感に難儀していた私は、何か強い刺激を受ければ「悪い夢から目が覚める」ように現実感を取り戻せるのではと考えました。そこで友達に頼んでビンタしてもらったり、尖ったもので皮膚をつついてみたりするように。ささくれを剥いたり、ニキビを潰しまくったりもしました。

リストカットをすれば、痛みと赤い血の刺激で「目が覚める」のではと考えて、手首の皮膚一枚切るようなごく軽いリストカットをしてみたこともありますが、あまり効果を感じられずに数回で終わりました。

私がなぜリストカットが癖にならなかったかと言うと、精神疾患があり、ささいなことで激しく取り乱してしまう母親のことが頭にあったのかもしれないと今は思います。私がリストカットすれば母親が取り乱すのは容易に想像がつきました。そういう母親に対処するストレスのほうが大きく感じられたのかもしれません。
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