自閉症娘と医療機関の関係、幼稚園から18歳までを振り返る!転院と担当変更、合わない先生も
ライター:寺島ヒロ

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娘は現在18歳。小さな頃から発達の特性があり、長く医療機関と関わってきました。お兄ちゃんのタケル(6歳上)がアスペルガー症候群(※現在はASD/自閉スペクトラム症に統合)と診断され、療育センターでお世話になっていたので、割と気軽に「もしかしてこの子も……」と、相談をすることができたのですが……。今回は、今18歳の娘の医療機関との関わりを幼稚園時代から追ってみたいと思います。

監修: 鈴木直光
筑波こどものこころクリニック院長
1959年東京都生まれ。1985年秋田大学医学部卒。在学中YMCAキャンプリーダーで初めて自閉症児に出会う。同年東京医科歯科大学小児科入局。
1987〜88年、瀬川小児神経学クリニックで自閉症と神経学を学び、栃木県県南健康福祉センターの発達相談で数々の発達障がい児と出会う。2011年、茨城県つくば市に筑波こどものこころクリニック開院。
お兄ちゃんについて療育センターへ
現在18歳になる娘には、幼い頃から発達障害の傾向が見られました。お兄ちゃんのタケル(6歳上)がASD(自閉スペクトラム症)と診断され、療育センターでお世話になっていたこともあり、自然と娘の発達にも目が向くようになりました。
娘が2歳の時、私自身が「もしかしてこの子も……」と感じ、タケルと同じ療育センターで相談を受けることにしました。3歳になる頃からは同じセンターで療育(作業療法)をスタート。
通い始めた当初は診察室でも落ち着かず、私の膝の上でぐりゃりぐにゃりと体をくねらせていたり、何を聞かれても返事をしなかったりすることもありました。でも、医師の先生は「それも特性の一つですね」とニコニコと受け止めてくださったので、とても救われた思いでした。
小学校の就学相談で「通常学級相当」となった時も、「良かったら一筆書きましょうか?」と提案してくれ、娘の障害についての説明と、配慮するポイントをまとめた書類をつくってくださいました。「(よく分からないけれど)お願いします」といただいたこの書類は、その後の就学や支援をお願いする際にとても役立ちました。
12歳までの約10年間、担当医の先生もスタッフさんもほとんど人事異動がなく、娘のことを深く理解してくださっていました。
お兄ちゃんの進学に伴い一家で引っ越し
中学卒業と同時に引っ越すことになり、医療機関も変更する必要が出てきました。療育センターに引き継ぎをお願いすることもできましたが、兄のタケルが転院していた病院が家から近かったのでダメ元で相談してみたところ、運よく空きがあるということで娘も診てもらえることになりました。
転院後は、まず精神障害者保健福祉⼿帳を取得するために発達検査を受け、その後は継続して睡眠や情緒の状態を中心に診てもらっています。先生は3年ごとに代わる仕組みですが、どの先生も話しやすく、今のところスムーズにお付き合いできていると思います。
中学生の頃は2ヶ月ごとの定期通院。高校生になってからは薬がなくなる頃に電話予約する形に。そのほかにも「何かあればいつでも連絡してください」と言われています。今のところ一回もイレギュラーな予約を入れたことはないのですが、「いつでも」と言っていただいたことが心の支えになっています。
絵を見に来てくれた先生も
そういえば、ある男性の先生から「この前絵を描くのが好きって言ってたけど、どんなの描いてるの?」と聞かれたので、娘が作品を発信しているSNSアカウントが書かれた名刺を渡したということがありました。
ちゃんと見に来てくれたらしく、次回行った時には、割と突っ込んだ感想を言ってくれて「上手くてびっくりしたよ」と褒めてくれました。診察室での会話は患者の観察の一環、娘は「本当に見に来てくれるとは思わなかった」と驚きながらもうれしそうでした。
男性の先生は娘にはちょっと怖く感じられるようで、この先生にもあまり積極的に喋ろうとする意志が見えなかった娘ですが、その出来事以来、自分から話すことができるようになりました。
男性の先生は娘にはちょっと怖く感じられるようで、この先生にもあまり積極的に喋ろうとする意志が見えなかった娘ですが、その出来事以来、自分から話すことができるようになりました。
医師の方にも、また保護者の方にもいろいろなスタンスがあると思いますので一概には言えませんが、このように一人の人間として関わってもらえることは私たちにはありがたかったです。
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