【実体験】「好き」への没頭が心の安定剤に。癇癪や不安が少ない自閉症兄妹のセルフケア術
ライター:寺島ヒロ
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発達障害のある子どもを育てて四半世紀。まだ完全に手が離れたわけではありませんが、兄は25歳、妹は18歳になり、それぞれがある程度、自律的に生活できるようになりました。うちの子どもたちは、幼少の頃から、発達支援センターなどで会うほかの保護者の方から「発達障害があるにしては、比較的落ち着いていますね」と言われることがよくありました。
監修: 室伏佑香
東京女子医科大学八千代医療センター 神経小児科
名古屋市立大学大学院 医学研究科 生殖・遺伝医学講座 新生児・小児医学 博士課程
筑波大学医学部卒。国立成育医療研究センターで小児科研修終了後、東京女子医科大学八千代医療センター、国立成育医療研究センター、島田療育センターはちおうじで小児神経診療、発達障害診療の研鑽を積む。
現在は、名古屋市立大学大学院で小児神経分野の研究を行っている。
名古屋市立大学大学院 医学研究科 生殖・遺伝医学講座 新生児・小児医学 博士課程
意外と大人しいASD(自閉スペクトラム症)兄妹
うちの子どもたちは、幼少の頃から「落ち着いていますね」「あまり荒れないんですね」と言われていました。
兄のタケルの方は10歳ごろまで、パニックを起こすと激しく泣いて身体を周りにぶつけたりもしていたのですが、中学生になる頃にはパッタリと暴れなくなりました。
そして、妹のいっちゃんはさらに大人しく、発達支援センターなどで出会った同年代の子どもたちと比べても、感情の起伏が激しいタイプではなかったと思います。癇癪がまったくなかったわけではありませんが、長時間荒れ続けることは少なく、パニックも静かに起こすタイプでした。
だからといって、もともと穏やかな性格だった、というわけではないと思います。
考え方や話し方を見ていると、物事へのこだわりは強く、好き嫌いも多め、気性も激しいほうです。ただ、その激しさが暴力として外に出ることはありませんでした。
物心つく前から絵を描いていた娘
娘は小さい頃から、よく絵を描く子でした。
まだ足元もおぼつかない1歳何か月かの頃、借家の白い壁一面……いえ、2部屋6面に油性ペンで落書きをされたことがあります。色は黒を中心とした白黒だけのものでしたが、そのスピードと線の密度に、修理代の心配より先に感心したのを覚えています。
まだ足元もおぼつかない1歳何か月かの頃、借家の白い壁一面……いえ、2部屋6面に油性ペンで落書きをされたことがあります。色は黒を中心とした白黒だけのものでしたが、そのスピードと線の密度に、修理代の心配より先に感心したのを覚えています。
それからも、家の中が静かだなと思うと、床に座り込んで黙々と何かを描いています。声をかけても反応が薄く、描き終わると急に立ち上がって別のことを始めるのです。
ピアノの前に座ると「素の自分」に
3歳の頃にピアノを始めましたが、ピアノを弾いているときや、自分で作曲をしているときなども、似たような感じになりました。
外界の音や人の気配があると「こちら側」に戻されてしまうのだそうで、「今日はダメだ……!うるさい!」といって戻ってくることもありますが、大体はさほど苦労せず、ピアノの前に座ると、すっ……と自然に周囲から遮断されていきます。それが私には、娘が「素の自分」に戻っていく過程のように見えます。