「九九は諦める!」パニックになった発達障害娘を見て決意。12年後、学習困難を乗り越え塾講師になるまで【読者体験談】
ライター:ユーザー体験談
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「どうして六の段から言えなくなっちゃうの?」とお風呂で泣きそうになっていた娘。周りの子がスラスラと九九を暗唱していく中で、暗記が苦手な娘にとって算数は大きな壁でした。無理に覚えさせようとすれば癇癪やパニックが起き、親子で追い詰められる日々。しかし、あえて「完璧」をあきらめ、数年かけてゆっくり進む道を選んだとき、娘の世界は少しずつ変わり始めました。【発達ナビではユーザーさんからの子育てエピソードを募集中!今回は「算数の学習困難と、それを乗り越えた先の成長」についてのエピソードをご紹介します】
監修: 室伏佑香
東京女子医科大学八千代医療センター 神経小児科
名古屋市立大学大学院 医学研究科 生殖・遺伝医学講座 新生児・小児医学 博士課程
筑波大学医学部卒。国立成育医療研究センターで小児科研修終了後、東京女子医科大学八千代医療センター、国立成育医療研究センター、島田療育センターはちおうじで小児神経診療、発達障害診療の研鑽を積む。
現在は、名古屋市立大学大学院で小児神経分野の研究を行っている。
名古屋市立大学大学院 医学研究科 生殖・遺伝医学講座 新生児・小児医学 博士課程
算数の「山場」で立ち尽くす娘
この記事で分かること
- ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)グレーゾーンの特性を持つ子が、学習の「山場」を乗り越えるまで
- パニックを防ぐための「学習をスパンと諦める」勇気とその効果
- 放課後等デイサービスや家族との関わりで育まれた自己肯定感
- かつての苦手を経験として活かし、塾講師のアルバイトで活躍する現在の姿
お子さんのプロフィール
- 診断名:ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)グレーゾーン
- 診断時期:小学1年生の6月頃
- エピソード当時の年齢:小学2〜3年生頃
娘が小学2年生になった頃、算数の授業で「九九」の学習が始まりました。近年の小学校では「掛け算の考え方」を重視する傾向があるため、文章題から立式する際、例えば「7×3」が正解で「3×7」だと△にされてしまうことがあります。娘は、この「掛け算の順序」で混乱し、減点されてしまいました。
「どうして間違えてしまうんだろう」という自分への疑問が残っている様子で、小テストの点数はなかなか伸びません。さらに暗記が苦手な娘は、六〜九の段をどうしても覚えられず、違う数字で覚えてしまっていることもありました。
当時の担任はベテランでしたが、発達障害グレーゾーンへの関わりの難しさに理解が薄く、「心配しなくても知らぬ間に覚えるのが子どもですよ」とあっけらかんとした態度。学校との連携がうまくいかず、私自身も娘がどれほど困っているのかを気づけなかったため、娘が算数嫌いとなり苦しむのではと思うと、強い不安を感じていました。
「どうして間違えてしまうんだろう」という自分への疑問が残っている様子で、小テストの点数はなかなか伸びません。さらに暗記が苦手な娘は、六〜九の段をどうしても覚えられず、違う数字で覚えてしまっていることもありました。
当時の担任はベテランでしたが、発達障害グレーゾーンへの関わりの難しさに理解が薄く、「心配しなくても知らぬ間に覚えるのが子どもですよ」とあっけらかんとした態度。学校との連携がうまくいかず、私自身も娘がどれほど困っているのかを気づけなかったため、娘が算数嫌いとなり苦しむのではと思うと、強い不安を感じていました。
泣き叫ぶ娘……算数嫌いにさせないことを目標に
「九九を覚えさせなきゃ」と私が一生懸命になればなるほど、娘のパニックはひどくなりました。泣き叫ぶ娘を見て、私はある決断をしました。「九九を覚える」ことを、一旦スパンと諦めることにしたのです。
まずは心の安寧を第一に考え、算数嫌いにさせないことを目標にしました。お風呂はリラックスする時間と決め、遊び程度に数え歌を唱える。一度にたくさんではなく、数年かけるつもりでゆっくり進めました。
同時に、放課後等デイサービスが娘にとって大切な「居場所」となりました。そこでは学習だけでなく、生活リズムを整え、スタッフの方やほかのお子さんの手伝いをする機会がありました。 「誰かの役に立てる」という経験は、勉強で自信を失いかけていた娘に、「自分はこれでいいんだ」という自己肯定感を与えてくれました。学校以外の安全基地ができたことで、娘の心に少しずつ余裕が生まれていきました。
まずは心の安寧を第一に考え、算数嫌いにさせないことを目標にしました。お風呂はリラックスする時間と決め、遊び程度に数え歌を唱える。一度にたくさんではなく、数年かけるつもりでゆっくり進めました。
同時に、放課後等デイサービスが娘にとって大切な「居場所」となりました。そこでは学習だけでなく、生活リズムを整え、スタッフの方やほかのお子さんの手伝いをする機会がありました。 「誰かの役に立てる」という経験は、勉強で自信を失いかけていた娘に、「自分はこれでいいんだ」という自己肯定感を与えてくれました。学校以外の安全基地ができたことで、娘の心に少しずつ余裕が生まれていきました。
2歳年下の弟の存在が転機に。「弟に分かりやすく教える」という役割
結局、九九が全部言えるようになったのは小学4年生か5年生の頃だったと思います。2〜3年という長い時間をかけましたが、振り返れば「気づいたら覚えていた」という感覚でした。
転機となったのは、2歳年下の弟の存在です。弟に算数を教える中で、娘は低学年の学習を自然に復習することができました。 「弟に分かりやすく教える」という役割が、娘に「あ、ここは分かる」「これはできる」という確信を持たせてくれたのです。
転機となったのは、2歳年下の弟の存在です。弟に算数を教える中で、娘は低学年の学習を自然に復習することができました。 「弟に分かりやすく教える」という役割が、娘に「あ、ここは分かる」「これはできる」という確信を持たせてくれたのです。
テストの点数が悪くても、私は決して叱りませんでした。私自身、子供の頃に親から点数で厳しく叱られた記憶があったからです。「人生は勉強だけじゃない」と言い聞かせ、娘が納得するまで一緒に解き直す。その繰り返しが、間違いを恐れずに学び直す姿勢を育んでいったのかもしれません。
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