言葉が出ない、成長がゆっくり…2歳で知的障害の診断、親子で歩んだ療育の3年間。不安を支えてくれた"相談できる場所"
ライター:マミー・マウス子ビッツ
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2年生になりクラスが変わっても安定した姿で特別支援学校に通う息子。今回はそんな彼が知的障害(知的発達症)と診断され児童発達支援施設で療育を受け始めた頃のことを綴ってみます!
監修: 森 しほ
ゆうメンタル・スキンクリニック理事
ゆうメンタルクリニック・ゆうスキンクリニックにて勤務。産業医として一般企業のケアも行っている(産業医のご依頼を随時受付中)。
・ゆうメンタルクリニック(上野/池袋/新宿/渋谷/秋葉原/品川/横浜/大宮/大阪/千葉/神戸三宮/京都/名古屋):https://yuik.net/
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すべてゆっくりだった乳幼児期の息子の成長
現在特別支援学校小学部2年生。中度知的障害(知的発達症)の長男「とつお」は、2人の姉と1人の妹とともに賑やかに成長してきました。思い返せば乳幼児期の成長は、目安とされる運動発達時期通り進まず、ゆっくりでした。
首座りは一般的である3ヶ月頃でしたが、寝返りやお座り、ずりばいやハイハイ、つかまり立ちやつたい歩きに至るまですべて目安通りにいかず、いつしか私は母子手帳の記入をしなくなっていました。
すでに女の子2人を育てていた私は、とつおの異変に早くから気づいていました。しかしあやすとよく笑い、声かけにもしっかり反応するなど、コミュニケーションが成り立つ息子の育児は、心配よりも初めての男の子育児が新鮮で楽しかった印象があります。
1歳で入った保育園でも問題を指摘されることはなく、お友だちともごく一般的な関わりをしていましたが、1歳半、2歳と過ぎても言葉が出てこなかった時は、さすがに自ら保育園の先生や1歳児健診の際などに保健師さんに相談していました。毎回「焦らずに3歳までは様子を見ましょう」と言われていました。
首座りは一般的である3ヶ月頃でしたが、寝返りやお座り、ずりばいやハイハイ、つかまり立ちやつたい歩きに至るまですべて目安通りにいかず、いつしか私は母子手帳の記入をしなくなっていました。
すでに女の子2人を育てていた私は、とつおの異変に早くから気づいていました。しかしあやすとよく笑い、声かけにもしっかり反応するなど、コミュニケーションが成り立つ息子の育児は、心配よりも初めての男の子育児が新鮮で楽しかった印象があります。
1歳で入った保育園でも問題を指摘されることはなく、お友だちともごく一般的な関わりをしていましたが、1歳半、2歳と過ぎても言葉が出てこなかった時は、さすがに自ら保育園の先生や1歳児健診の際などに保健師さんに相談していました。毎回「焦らずに3歳までは様子を見ましょう」と言われていました。
児童相談所での発達検査と診断、児童発達支援施設探し
2歳7ヶ月頃、やはり言葉がほとんど出ていなかったので、発達検査を予約しました。検査には半年待ちなんてこともザラ、ということは知っていたので、早めに予約をとっておいたのです。そして予想通り3歳児健診時に検査を勧められることに。児童相談所での診断結果は「軽度知的障害(知的発達症)」でした。ここからようやく療育手帳の申請・取得と児童発達支援施設探しが始まりました。
定期的に保育園に訪れる発達検査員さんとも面談できるように園に働きかけていた私。療育に関して右も左も分からなかったのですが、検査員さんにおすすめの児童発達支援施設を聞いたり、自宅から通いやすいなどなるべく条件を絞って施設探しをすることができました。
3か所ほど見学に行きましたが、代表自身も発達障害のお子さんの親御さんである施設に通うことにしました。そのまま保育園は通いつつ、施設は週1、ほかに療育センターにも月1で、合わせて2か所への療育通所が始まりました。
定期的に保育園に訪れる発達検査員さんとも面談できるように園に働きかけていた私。療育に関して右も左も分からなかったのですが、検査員さんにおすすめの児童発達支援施設を聞いたり、自宅から通いやすいなどなるべく条件を絞って施設探しをすることができました。
3か所ほど見学に行きましたが、代表自身も発達障害のお子さんの親御さんである施設に通うことにしました。そのまま保育園は通いつつ、施設は週1、ほかに療育センターにも月1で、合わせて2か所への療育通所が始まりました。
パパ独占タイムになった通所
療育の付き添いは最初は夫婦2人でしていましたが、きょうだい児がいるのでそのうち夫1人の役目となりました。
児童発達支援施設は毎週土曜日だったのですが、夫は息子とドライブスルーで軽食を買って食べるなどのお楽しみを作っており、息子にとってうれしいパパ独占のドライブタイムになっていました。おかげで毎回嫌がることなく大喜びで通っていました。
月1の療育センターは平日に通わなければなりませんでしたが、こちらも夫がなるべく有休をとって2人で付き添いました。どちらの施設も作業療法士さんや言語聴覚士さんから親子共々たくさんの学びをいただきましたし、精神的な支えをいただきました。息子の場合は個別療育を選択していましたが、集団行動や社会性は普段の保育園生活で育むことができました。親としても相談できる場所が複数あることが何より心強かったです。
児童発達支援施設は毎週土曜日だったのですが、夫は息子とドライブスルーで軽食を買って食べるなどのお楽しみを作っており、息子にとってうれしいパパ独占のドライブタイムになっていました。おかげで毎回嫌がることなく大喜びで通っていました。
月1の療育センターは平日に通わなければなりませんでしたが、こちらも夫がなるべく有休をとって2人で付き添いました。どちらの施設も作業療法士さんや言語聴覚士さんから親子共々たくさんの学びをいただきましたし、精神的な支えをいただきました。息子の場合は個別療育を選択していましたが、集団行動や社会性は普段の保育園生活で育むことができました。親としても相談できる場所が複数あることが何より心強かったです。