精神疾患・発達障害の「脳内」を見える化。最新研究が切り拓く、未来の精神科診断と多様な生き方【横浜市立大学 取材】

ライター:発達ナビ【編集部Eye】
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発達障害や精神疾患(うつ病、双極性障害/双極症、統合失調症など)の診断は、医師の問診や観察に基づくものが主であり、客観的な数値や画像データを用いた診断基準の確立が長年の課題です。
今回LITALICO発達ナビ編集部では、脳内の「AMPA受容体」という分子を見える化し、精神疾患の生物学的な特徴を明らかにする研究を行っている横浜市立大学生理学教室の高橋琢哉先生にお話を伺いました。「AMPA受容体とは?」「発達障害や精神疾患との関連は?」そんな疑問を、最新研究で分かってきたこととともにお伝えします。

「AMPA受容体」って何?脳の中でどのような働きがあるの?

発達ナビ編集部(以下、ーー):まず、先生が研究されている「AMPA受容体」とはどのようなものか教えてください。

高橋先生:脳内の情報伝達において最も重要な役割を果たしている分子です。
少し具体的に説明すると、脳内の神経細胞間の情報のやり取りは、『シナプス間隙』という細胞同士の隙間で行われています。ここで、情報を伝える『グルタミン酸』という物質が、『AMPA受容体(情報の受け皿)』にカチッとはまると電気が流れ、細胞が興奮して(活発になって)次の細胞へ情報が伝わっていく、というのが基礎的な脳の情報伝達の仕組みです。
ーー先生がこの「AMPA受容体」に注目して研究を始めた理由を教えてください。

高橋先生:一言でいうと、すごく重要だからです。AMPA受容体が、記憶や学習における中核分子にあたる大事なものなので、精神疾患や発達障害を解き明かすヒントになるかもと思い研究を始めました。
以前はネズミを用いた動物実験で脳の研究をしていたのですが、ネズミが新しい経験をすると、AMPA受容体がシナプスに移動し、神経細胞間の情報伝達効率が変わることを証明していました。しかしこれを人間に当てはめるとなるとまったく一緒とは言えないので、人間の認知機能や精神疾患を理解するために研究をしたいと思い、人の脳内でこのAMPA受容体を見えるようにするPETプローブという検査用薬剤の開発に踏み切りました。

見えてきたのは「重み付け」。精神疾患の生物学的な特徴

ーー現在の研究では、発達障害や各種精神疾患において、AMPA受容体はどのようになっていると分かってきたのでしょうか?

高橋先生:統合失調症、うつ病、双極性障害(双極症)、発達障害などの主要な4つの疾患の患者さん約150名と、健康な方約70名の脳内のAMPA受容体がどのように分布しているのかを測定して比較しました。発達障害のある方は、主にアスペルガー症候群(編集部注:知的障害のないASD/自閉スペクトラム症)に相当する層を対象としています。
これで分かってきたのは、これらの精神疾患の患者さんの脳内では、AMPA受容体の分布が固定されているわけではなかったこと、ダイナミックに変化していたということです。私はこれを「重み付け」と呼んでいます。

「重み付け」とは、料理に例えると分かりやすいかもしれません。例えばコーヒーにミルクを入れたとき、全体に均一に混ざっている状態が健康な状態だとすると、疾患がある人は、ミルクが上のほうに偏って溜まっているようなイメージです。全体の量は同じでも、脳の部位ごとの「重み付け(濃さ)」が、疾患によって微妙に異なっているのです。
ーー精神疾患や発達障害につながるきっかけや、その「重み付け」が変わる原因は現時点で分かっているのでしょうか?

高橋先生:これは、まさに今研究中のところですね。まずこの解析を通じて、脳内では大きく「ステート領域」と「トレート領域」という2つの領域があることが分かったので、そこを簡単に説明します。

「ステート領域」とは、重症度に応じてAMPA受容体の量が変化する領域です。
「トレート領域」とは、症状の重さにかかわらず、もともと健康な人と比較して違いが見られる領域です。

この「トレート領域」に注目してみると、異なる疾患であっても、重み付けが重なっている部分が見られたのです。このことから「精神疾患や発達障害には、共通の遺伝的・生物学的な素因があり、そこにさまざまな環境要因(ストレスなど)が加わることで発症していくのではないか」と仮説を立てています。

逆に、一部ですがトレート領域に疾患がある人特有の偏在があっても、現在症状が見られない方もいました。この方たちにその後症状がみられるようになるかは、現時点では分かりません。長期的なスパンで研究をしていく必要があると思っています。

ーートレート領域に特有の分布がみられても発症していなかったり、ステート領域の分布が重症度によって異なるという点を踏まえると、AMPA受容体の偏在に早期に気づければ、環境調整を行うなど、対応策も見えてきそうです。

精神科の診断や治療を、見える化によって変えていけたら

ーー現在の精神科医療の診断にはどのような課題があるのでしょうか。

高橋先生:精神科領域は、客観的な指標が乏しく、患者さんの主訴や医師の見立てに頼らざるを得ない面があります。例えば一世紀前の内科は、X線も心電図もない。そんな中で脈をとって心音を聞いて、顔色を見て診断していました。内科であれば原因が生物学的に解明され、メカニズムに基づいた治療薬が作られ、処方されていますよね。ですが、精神科ではそうした手立てがない。「今日は低気圧だから調子悪いのかな」とか「今日はお化粧していないけど何かあったのかな」とか。でも、その症状が出る理由がよく分からない場合も多いのです。

具体的な事例でいえば、うつ病の方の「うつ状態」なのか、双極性障害(双極症)の「うつ状態」なのかによって治療薬も異なります。ですが初診でこれを見極めるのは非常に困難で、誤診も発生しやすい。
ですが、脳内のAMPA受容体の偏在状況を見ることで判別することができるようになれば、患者さんの治療方法もより明確になっていきます。この課題を解決するため、PETプローブを用いた臨床試験も進めているところです。
ーー一般的な病院やクリニックで検査を受けられるようになるまで、どのくらいの期間がかかりそうでしょうか。

高橋先生:検査に使用する薬が2パターンあり、それぞれによって少し期間が変わってきます。現在使用している「炭素11」という薬剤は、作ってから20分で効果が消えてしまうためごく一部の大きな病院でしか検査ができないものになります。そこで今、より効果が長持ちする「フッ素18」の開発も進めています。「フッ素18」はがんの検査でも用いられていて、検査できる機械を持っている病院も多いので、完成すれば身近な病院やクリニックでも検査を受けられるようになります。
全体としては5年程度の計画です。まずは大きな病院での検査を2~3年以内にスタートさせ、身近な病院で受けられる検査は4~5年でお届けできるよう、企業とも協力しながら準備をすすめています。
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