夏休みの宿題問題。親子バトルとゲーム攻防戦!?宿題を「やらない」選択で得た一生モノの経験とは

ライター:あき
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わが家の息子・コチ丸は、小学3年生のときにASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)の診断を受けました。
夏休み。小学生の頃はこの期間をどう乗り切るかが、私の中で最大の課題でした。
特に3年生を過ぎた頃には児童クラブに行ったり行かなかったりになってきて、夏休みも家で過ごすことが多くなってきました。
ゲーム・インターネット漬けになるのを回避するには……?夏休みの宿題を終わらせるには……?毎年頭を悩ませていたものです。

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監修: 藤井明子
小児科専門医
小児神経専門医
てんかん専門医
子どものこころ専門医
どんぐり発達クリニック院長
東京女子医科大学大学院修了。東京女子医科大学病院、長崎県立子ども医療福祉センターで研鑽を積み、2019年よりさくらキッズくりにっく院長に就任。2024年より、どんぐり発達クリニック院長、育心会児童発達部門統括医師に就任。お子様の個性を大切にしながら、親御さんの子育ての悩みにも寄り添う診療を行っている。 3人の子どもを育児中である。

天敵はやっぱり宿題!あの手この手でやらせようと試みるも……?

夏休みで1番の悩みといえば、わが家ではやはり宿題でした。
日誌、計算ドリル・漢字ドリル、それに付随したそれぞれのプリント、工作に読書感想文、習字など……。
大人の私が見ても、「こんなにたくさんはさすがに大変だな……」と思う量が出ていたなと思います。

小学1、2年生でこそ、宿題自体が初めてのことで、物珍しくて面白半分でコチ丸も手をつけていましたが、宿題がどんなものか分かってくると、だんだん面白みがなくなってきたのか、3年生の頃には完全に自分からは手につけない状態に(笑)。

私は平日は終日フルタイムで仕事だったので、最初にはじめたことは、私が夏休みの宿題を全て管理し、「今日はこれだけやる」というチェックリストを作り、全部チェックできたらゲームをやってもいいというアメとムチ方式でした。
初めのうちはそのルールを守っていましたが、やがてそれも長続きせず、日中自宅で見守る大人がいないのをいいことに、ゲームを始めるように……。
私も結局、4年生の夏休みには、全ての宿題を終わらせることを諦めました。

ただ当時は、厳しいルールで縛らなくても、家庭内で最低限の勉強だけはさせておきたいと思っていました。夏休みの間、全く勉強をしないなんてリスキーすぎる(汗)という母の焦りから、せめて夏休みの日誌だけは、夏休みの間に最後まで終わらせようとやっていました。

日誌は1日1ページ、しかも内容も読み物だったり、多くても20問程度の計算問題しかないので、このくらいなら私が帰ってきてからでもフォローができると思ったからです。

夏休みの日誌作戦は量的にもコチ丸にも無理がなかったのか、結構長く取り組むことができて、作戦としては成功でした。最悪、宿題は夜私が帰ってきてから一緒にやることにして、朝からゲームをやることができるのがコチ丸的には良かったんだと思います。

必死の攻防戦!ゲームをやめさせる方法は?

が。
5年生になる頃には、勉強に対する集中力がなくなってきたのと同時に、「書く」ということがコチ丸にかなりの負担がかかるようになり、鉛筆を長時間握ることが困難になっていたのか、4年生までは提出できていた日誌もこの年は未完のまま未提出で終わりました。

そしてその宿題を阻む最大の難関。ゲームやインターネット。

私が日中自宅にいないので、ゲームはパスワードや時間制限をかけるなどして、長時間のプレイを阻止していたのですが、どこで思いつくのか、気づいてしまうのか、パスワードを勝手に解除してしまって、仕事から戻ってくると長時間プレイした形跡が残っていて、それに気がついた私とコチ丸のバトルが勃発!することが夏休みは特に多かったです。

私は毎朝、8時前には出勤してしまい、帰ってくると19時過ぎ。長時間ずっとゲームをやっていたのかと思うと、当時はゾッとしたものです。どうしたら宿題をやりつつゲームの時間を守るかを、何度も話し合い、夏休みの期間の中で何度ルール改正を行ったことか……(涙)。

私も半ば意地になっていたのか、家にあるゲーム類を私が毎日袋に入れて会社に持っていくという力技にでていた時期もありました。
今思えば、なんであんなに必死になっていたのか……と当時の自分を思い出して呆れてしまいますが(笑)。
長時間ずっとゲームをやっていたのかと思うと……!
長時間ずっとゲームをやっていたのかと思うと……!
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やらなくても全然生きてこられた!(笑)脱宿題したわが家のその後

そんなわけで「ちゃんとしなくては」だった頃の私は、かなり苦しんだ夏休みでしたが、コチ丸がASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)の診断を受けて、もう学校の宿題は諦めた!ゲームもインターネットもしょうがない!と考えるようになったら徐々に自分の心の負担は減りました。

6年生になり、中学は「学びの多様化学校」へ進学することを決めた頃には、受験という目標が定まりつつあったので、もう小学校のことは良いやという私の諦めと、コチ丸も受験へ向けて少しずつ自宅用のドリルを1年から戻って自主学習を始めていたので、そちらへ親子の考えがシフトしていきました。
ちなみに、学びの多様化学校では、小学校3年程度の算数と国語ができていれば大丈夫と言われていたのですが、本当にそこまでしか勉強しなかったコチ丸。向上心があるのかないのか……。

そんな宿題問題ですが、その後通うことになった学びの多様化学校では、夏休みの宿題は一切なく、本当に丸一日、友だちとゲームをして過ごしました。ゲームは夜は21時まで。ごはんの時間だけは一旦やめて家族と食べる。その2つだけのルールにしたらコチ丸は約束をちゃんと守るようになりました。

さらに入学した公立高校では寮に入り、いよいよ夏休みの宿題をしてこなかったことが心配になりましたが、なんとそこでも夏休みの宿題は「なし」。農業高校で1年生の頃から休み中の課題は自主学習だけだったので、夏休みの課題が私たちを苦しめたのは小学校の間だけでした。

それでも、その期間は本当にトラウマになるくらいお互いに頭を悩ませたなぁと今でも思っています。後になって振り返れば、環境さえ変わってしまったら、宿題なんてこんなもんだったんですけどね……。
その後入学した公立高校でも夏休みの宿題は「なし」。
その後入学した公立高校でも夏休みの宿題は「なし」。
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