「自由が苦手」だったASDの息子が趣味を楽しめるまでに!10年の成長と高校生になって語った当時の気持ち
ライター:丸山さとこ
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「自由にしていいよ」「好きなことをしていいんだよ」が難しかった小学生の頃の息子。高校生になった今、当時の感覚を本人に聞きながら、「テーマという足場」と、その後の成長を振り返りました。
監修: 初川久美子
臨床心理士・公認心理師
東京都公立学校スクールカウンセラー/発達研修ユニットみつばち
臨床心理士・公認心理師。早稲田大学大学院人間科学研究科修了。在学中よりスクールカウンセリングを学び、臨床心理士資格取得後よりスクールカウンセラーとして勤務。児童精神科医の三木崇弘とともに「発達研修ユニットみつばち」を結成し、教員向け・保護者向け・専門家向け研修・講演講師も行っている。都内公立教育相談室にて教育相談員兼務。
東京都公立学校スクールカウンセラー/発達研修ユニットみつばち
「自由にしていい」が難しかったコウ
「何をつくったらいい?」と聞いていた小学生の頃
現在高校生の息子のコウには、神経発達症(発達障害)があります。趣味の活動で毎日忙しいコウですが、彼がまだ小学生だった頃、工作に関するコラムを書いたことがあります。
工作が大好き!でも作るものは決められない…「自由に」が苦手なASD息子に、考える力をつけてほしい母が提案するのは?
当時のコウは、絵を描いたり、折り紙を折ったり、工作をすることが好きでした。その一方で、『自由につくっていい』とされる状況では、何をつくればよいのか分からなくなってしまうことがありました。
選択肢やテーマを提案するようにしていました
「どうしよう……何をつくったらいいんだろう?お母さん、何をつくったらいいと思う?」
「何かつくりたいんだけど、何をつくったらいいと思う?」
コウからそう聞かれる度に、私も少し迷っていました。
「何をつくればいいのか、お母さんに聞けばいいや!」と頼り切りになってしまっては、自分で選んだり決めたりする力が育ちにくいのでは?と考えたからです。
けれど、「自分で考えてごらん」と任せるだけでは、彼にとってハードルが高すぎるようでした。考えがまとまらない状態が続くと、次第に不安になったり、イライラしたりしてしまうこともありました。
そこで私は、「折り紙とお絵描きならどっちにする?」「季節の飾りをつくるのはどう?」など、選択肢やテーマを提案するようにしていました。
範囲を少し絞ることで、コウも選びやすくなっていたようです。
少しずつ彼なりに、「今は夏だからセミの折り紙をたくさんつくろうかな?」「この前恐竜の博物館に行ったから、ああいうのをつくろうかな」と自らテーマを出すようになってきました。
当時のコラムでは、そんな手助けを「テーマという足場」と呼んでいました。
「何かつくりたいんだけど、何をつくったらいいと思う?」
コウからそう聞かれる度に、私も少し迷っていました。
「何をつくればいいのか、お母さんに聞けばいいや!」と頼り切りになってしまっては、自分で選んだり決めたりする力が育ちにくいのでは?と考えたからです。
けれど、「自分で考えてごらん」と任せるだけでは、彼にとってハードルが高すぎるようでした。考えがまとまらない状態が続くと、次第に不安になったり、イライラしたりしてしまうこともありました。
そこで私は、「折り紙とお絵描きならどっちにする?」「季節の飾りをつくるのはどう?」など、選択肢やテーマを提案するようにしていました。
範囲を少し絞ることで、コウも選びやすくなっていたようです。
少しずつ彼なりに、「今は夏だからセミの折り紙をたくさんつくろうかな?」「この前恐竜の博物館に行ったから、ああいうのをつくろうかな」と自らテーマを出すようになってきました。
当時のコラムでは、そんな手助けを「テーマという足場」と呼んでいました。
高校生になった息子に、当時のコラムを読んでもらいました
それから年月がたち、コウは高校生になりました。
今回、当時のコラムを本人に読んでもらい、「何をつくったらいいか分からない」というのは、どのような感覚だったのか聞いてみました。
コウは、「あの頃のことは、何となくしか覚えていないけど」としながらも、少しずつ振り返りながら話してくれました。
「めっちゃ万能な道具を渡されて、その道具の使い方については知ってるけど、何をつくりたいかが分からない感じ」
「『何でもいいからとりあえずつくったらいいじゃん』みたいに言われると、それは分かってるんだよ~ってなる」
そう言うコウに「あぁ、とりあえずつくってみたらいいんだよって言われるよねぇ」と思わず笑うと、彼は「もうめっちゃ言われる」とゲンナリした顔で頷きました。
今回、当時のコラムを本人に読んでもらい、「何をつくったらいいか分からない」というのは、どのような感覚だったのか聞いてみました。
コウは、「あの頃のことは、何となくしか覚えていないけど」としながらも、少しずつ振り返りながら話してくれました。
「めっちゃ万能な道具を渡されて、その道具の使い方については知ってるけど、何をつくりたいかが分からない感じ」
「『何でもいいからとりあえずつくったらいいじゃん』みたいに言われると、それは分かってるんだよ~ってなる」
そう言うコウに「あぁ、とりあえずつくってみたらいいんだよって言われるよねぇ」と思わず笑うと、彼は「もうめっちゃ言われる」とゲンナリした顔で頷きました。
また、『失敗してもいいんだよ』と言われることも多く、困っていたそうです。
「失敗が怖かったわけではなくて……創作欲があるのに、何をつくりたいかがまったく分からない状態で、普通にテーマが見つからないって感覚だった」とのことでした。
「失敗が怖かったわけではなくて……創作欲があるのに、何をつくりたいかがまったく分からない状態で、普通にテーマが見つからないって感覚だった」とのことでした。
「どうしたらいい?」から、自分でテーマを探すようになるまで
お腹は空いているけれど、食べたいものが分からない
そんな風に語るコウに、「お腹が空いていて食欲もあるけれど、何を食べたいか分からない感じに近い?」と聞くと、「あぁ、そう。大体そんな感じ」と彼は頷きました。
「お腹が空いて何か食べたいのに、食べたいものが決まらない。だから、とりあえずチャーハンを食べてみたけど、もう少しさっぱりしたものが良かったなって思うことってあるでしょ?」
「今思うと、『こうじゃなかったな』と思うことをして、モヤ……っとした気分になるのが嫌だったのかも。失敗したくないっていうのとは、違うんだよ」
そう語った彼は、「何をつくるとかじゃなくて、もっと広く『今何をしたらいいか分からない』って時もあったけど、それも同じだと思う」と言いました。
「自分が何をしたい気分なのか、『何をしたらいい感じの気分になるのか』が分からない」のだと。
「お腹が空いて何か食べたいのに、食べたいものが決まらない。だから、とりあえずチャーハンを食べてみたけど、もう少しさっぱりしたものが良かったなって思うことってあるでしょ?」
「今思うと、『こうじゃなかったな』と思うことをして、モヤ……っとした気分になるのが嫌だったのかも。失敗したくないっていうのとは、違うんだよ」
そう語った彼は、「何をつくるとかじゃなくて、もっと広く『今何をしたらいいか分からない』って時もあったけど、それも同じだと思う」と言いました。
「自分が何をしたい気分なのか、『何をしたらいい感じの気分になるのか』が分からない」のだと。
きっかけがあると、試行錯誤が始まる
コウが言うには、そんな風に何も思いつかないときも、つくるもののテーマや発想のきっかけが示されると、そこからは自分で考えることができたのだそうです。
「じゃあ、これをしようかな。いや、違うかな。これかな?」と、試行錯誤が始まっていったそうです。
「じゃあ、これをしようかな。いや、違うかな。これかな?」と、試行錯誤が始まっていったそうです。
当時、私が選択肢やテーマを示していたことについて、コウは「本っっっ当に、助かった!」と力説していました。
親としては、「手を出しすぎていないだろうか」「本人が考える機会を奪っていないだろうか」と迷いながらしていたことだったため、息子の言葉を聞いて、少しほっとしました。
あくまで息子の感じ方なので、実際には手を出し過ぎていたり、考える機会を奪っていたりした可能性はあります。それでも、当時途方に暮れた顔をしていたコウが助かると感じていてくれたのなら、それはうれしいことです。
また、過去のコラムに書いた「テーマという足場」は、本人の感覚とも、それほどズレてはいなかったのだなと思いました。
親としては、「手を出しすぎていないだろうか」「本人が考える機会を奪っていないだろうか」と迷いながらしていたことだったため、息子の言葉を聞いて、少しほっとしました。
あくまで息子の感じ方なので、実際には手を出し過ぎていたり、考える機会を奪っていたりした可能性はあります。それでも、当時途方に暮れた顔をしていたコウが助かると感じていてくれたのなら、それはうれしいことです。
また、過去のコラムに書いた「テーマという足場」は、本人の感覚とも、それほどズレてはいなかったのだなと思いました。
「とりあえずやってみる」ができるようになった
今のコウは、何をつくるか思いつかないとき、身の回りにあるものを眺めたり、辞書を開いたりして、発想のきっかけを探しているそうです。
以前は親から渡されていた「足場」を、今では自分で探せるようになったのだなと思います。
また、コウが言うには、趣味の活動などで試行錯誤を重ねるうちに、「とりあえず手を動かしてみて、それから考える」こともできるようになってきたのだそうです。
「チャーハンを選んで『今日はこれじゃなかったな』と思っても、『じゃあ、次は冷やし中華にしよう』と考えればいい」
そう言って笑う彼の表情はくつろいでいて、「あぁ、もう以前のように『どうすればいい?』と悩むことは無くなってきたのだな」としみじみ思いました。
以前は親から渡されていた「足場」を、今では自分で探せるようになったのだなと思います。
また、コウが言うには、趣味の活動などで試行錯誤を重ねるうちに、「とりあえず手を動かしてみて、それから考える」こともできるようになってきたのだそうです。
「チャーハンを選んで『今日はこれじゃなかったな』と思っても、『じゃあ、次は冷やし中華にしよう』と考えればいい」
そう言って笑う彼の表情はくつろいでいて、「あぁ、もう以前のように『どうすればいい?』と悩むことは無くなってきたのだな」としみじみ思いました。
今の彼も「どうすればいい?」と聞いてくることはありますが、今のそれは、試行錯誤の過程で意見を聞いているだけの気楽な質問です。
私の答えに「それいいね!」「あ~~~、それも考えたんだけど、ちょっと違うかなって」と、雑談として軽く答えを返すコウを見ていると、不思議な気持ちになります。
「選んだものが違った」という経験も、次に選ぶための手がかりになる。
言葉にしてしまえば、ただそれだけのことです。
けれども、それを体感し、試行錯誤できるようになるまでに、コウにはこの10年が必要だったのだなと思います。
私の答えに「それいいね!」「あ~~~、それも考えたんだけど、ちょっと違うかなって」と、雑談として軽く答えを返すコウを見ていると、不思議な気持ちになります。
「選んだものが違った」という経験も、次に選ぶための手がかりになる。
言葉にしてしまえば、ただそれだけのことです。
けれども、それを体感し、試行錯誤できるようになるまでに、コウにはこの10年が必要だったのだなと思います。
自由に過ごせるようになった、その次は
こうしてコウは、以前よりも「自由な時間」を過ごすことが上手になりました。
自分でやりたいことを見つけ、趣味の活動を広げていく姿を見ると、頼もしく感じます。
ただし、やりたいことに集中するあまり、次の行動に切り替えられず、生活リズムが乱れたり、必要なタスクが後回しになったりすることは、今もあります。
そんな自分について、先日コウは「僕は、スケジュールを決めた方がいいのかもしれない」と言いました。
そのときの気分だけで行動を切り替えていると、結果として、本当にやりたかったことができなくなってしまうことがあります。
だから、「今何かをしている自分の気分」ではなく、「それをしていないときの冷静な自分が考えたスケジュール」に合わせる練習をした方がよいのかもしれない、と考えたそうです。
自分でやりたいことを見つけ、趣味の活動を広げていく姿を見ると、頼もしく感じます。
ただし、やりたいことに集中するあまり、次の行動に切り替えられず、生活リズムが乱れたり、必要なタスクが後回しになったりすることは、今もあります。
そんな自分について、先日コウは「僕は、スケジュールを決めた方がいいのかもしれない」と言いました。
そのときの気分だけで行動を切り替えていると、結果として、本当にやりたかったことができなくなってしまうことがあります。
だから、「今何かをしている自分の気分」ではなく、「それをしていないときの冷静な自分が考えたスケジュール」に合わせる練習をした方がよいのかもしれない、と考えたそうです。
最近では、私が「このあと〇〇をするために、先にこれを終わらせるんじゃなかった?」と声をかけると、「そうだった」と思い出し、以前より切り替えられることが増えてきました。
特に、「目標があるものに対しては、そこに自分を合わせていく必要がある」と考えるようになったことが、大きいように見えます。
自由に選ぶための足場を親につくってもらっていた時期から、自分で発想のきっかけを探す時期へと変わっていった彼は、今、自分の目標に合わせて、自分で時間の枠をつくろうとしているのだと思います。
もちろん、そう簡単に毎日うまくいくわけではありません。
夏休みに入った今現在も、「今日は午前中に課題も進めたしいい感じ~♪」とおやつタイムを楽しんだ後でグダグダな夜を迎えて、「うーん。明日はもうちょっと計画を見直そう……おやすみ~」と自室に帰って行ったりしています。
昔のコウがテーマをきっかけに試行錯誤を始めたように、今度はスケジュールを足場にしながら、自分に合う時間の使い方を探していけるといいなと思っています。
「今度は、20年かかるかな。いや、50年くらいかも……?」と思いながら、自室に向かうコウの明るい足音を聞く私でした。
特に、「目標があるものに対しては、そこに自分を合わせていく必要がある」と考えるようになったことが、大きいように見えます。
自由に選ぶための足場を親につくってもらっていた時期から、自分で発想のきっかけを探す時期へと変わっていった彼は、今、自分の目標に合わせて、自分で時間の枠をつくろうとしているのだと思います。
もちろん、そう簡単に毎日うまくいくわけではありません。
夏休みに入った今現在も、「今日は午前中に課題も進めたしいい感じ~♪」とおやつタイムを楽しんだ後でグダグダな夜を迎えて、「うーん。明日はもうちょっと計画を見直そう……おやすみ~」と自室に帰って行ったりしています。
昔のコウがテーマをきっかけに試行錯誤を始めたように、今度はスケジュールを足場にしながら、自分に合う時間の使い方を探していけるといいなと思っています。
「今度は、20年かかるかな。いや、50年くらいかも……?」と思いながら、自室に向かうコウの明るい足音を聞く私でした。
執筆/丸山さとこ
専門家コメント 初川久美子先生(臨床心理士・公認心理師)
神経発達症のあるコウくんが「自由」が苦手だった頃、母さとこさんが「テーマという足場」を作って(選択肢やテーマを提案してそこをきっかけに自分で選び取ることによって)、サポートされたことで 、自由という苦手さを乗り越えました。そしてそこから、コウくんは自分で、自由な際に何をするかを探せるようになり、さらに今は「そうしてしまうと結果的に気分で動いてしまう」と気づき、本当にやりたかったことを予定を立てて過ごせるようになってこられたのですね!コウくんの成長とともに、さとこさんがコウくんに合わせて、見守り、時に手助けしながら対応されてきたことの経過と到達点が素晴らしいと感じました。ASD(自閉スペクトラム症)のある方は「自由が苦手」なのはよく知られたところですが、保護者が選択肢などを出すことを経て、そこから自分で選択肢や候補を見つけられるようになっていくことがあるのだということ。とりあえず手を動かしてみようと思えるようになったこと。思いつかないときに、本人が「どうすればいい?」と聞ける間柄があること。選んだものが違ったときにも、気持ちを切り替えて「次はこうしよう」と思えること。こうしたプロセスがとてもいいですね。
そして何より、「自由」の話と「予定を立てる」話がつながることが私はとても新鮮に感じました。なるほど。これまで、自由ゆえの苦しさ、モヤっとしていてつかめないことの居心地の悪さを「気分」の次元でどうするかをクリアしてきたけれど、そうすると本当にやりたいこと(あるいは、やらなければならないこと)などが滞る。そこから、予定を立てておこうということが対処法として本人から出てくる。このあたり、多くの大人は「まずは予定を立てなさい」から助言してしまうことも多いように感じます。そうではなくて、自発的な思いによって、「結果的に予定を立てて取り組んだ方がよさそうだ」と感じて、予定を立てる。年齢を重ねると、求められるタスクも出てきます。それらを気分や好きな順に取り組んだ結果、例えば生活リズムが乱れて困ったことなどをふまえているのでしょう。予定を立てることを誰かにやれと言われてやることよりも、自分で気づいてやってみることのほうがよほど定着するだろうとも感じました。
お子さんのタイプにもよると思いますが、「予定を立てる」ことが苦手な子に対して、そこにばかり注目して関わるだけでなく、そこはいったん留保したまま本人の気分にコミットしていったとしても、のちに「予定を立てる」と接点を持つことが出てくることがある。このあたりは「予定を立てる」をめぐって、さまざまな道のりを設定できそうな気配を感じ、わくわくしました。(監修:臨床心理士・公認心理師 初川久美子先生)
そして何より、「自由」の話と「予定を立てる」話がつながることが私はとても新鮮に感じました。なるほど。これまで、自由ゆえの苦しさ、モヤっとしていてつかめないことの居心地の悪さを「気分」の次元でどうするかをクリアしてきたけれど、そうすると本当にやりたいこと(あるいは、やらなければならないこと)などが滞る。そこから、予定を立てておこうということが対処法として本人から出てくる。このあたり、多くの大人は「まずは予定を立てなさい」から助言してしまうことも多いように感じます。そうではなくて、自発的な思いによって、「結果的に予定を立てて取り組んだ方がよさそうだ」と感じて、予定を立てる。年齢を重ねると、求められるタスクも出てきます。それらを気分や好きな順に取り組んだ結果、例えば生活リズムが乱れて困ったことなどをふまえているのでしょう。予定を立てることを誰かにやれと言われてやることよりも、自分で気づいてやってみることのほうがよほど定着するだろうとも感じました。
お子さんのタイプにもよると思いますが、「予定を立てる」ことが苦手な子に対して、そこにばかり注目して関わるだけでなく、そこはいったん留保したまま本人の気分にコミットしていったとしても、のちに「予定を立てる」と接点を持つことが出てくることがある。このあたりは「予定を立てる」をめぐって、さまざまな道のりを設定できそうな気配を感じ、わくわくしました。(監修:臨床心理士・公認心理師 初川久美子先生)
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
ADHD(注意欠如多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
ADHD(注意欠如多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。