「嫌なこと1つ」で全部台無しに!?すぐ不機嫌になるASDきょうだいを育てて気づいた「見守る」対処法
ライター:寺島ヒロ
Upload By 寺島ヒロ
わが家のASD(自閉スペクトラム症)きょうだいは26歳と19歳。ぱっと見はもう立派な大人に見える年齢です。しかし、1人で知らない人のいるところに行けないとか、電話での敬語の受け答えができない(言葉を知らないわけではなく、会話の中でとっさの使い分けができない)とか、端々に子どもっぽさの抜けないところが見られます。今回はその中でも「しょっちゅう不機嫌になる問題」について考えてみます。
監修: 室伏佑香
東京女子医科大学八千代医療センター 神経小児科
名古屋市立大学大学院 医学研究科 生殖・遺伝医学講座 新生児・小児医学 博士課程
筑波大学医学部卒。国立成育医療研究センターで小児科研修終了後、東京女子医科大学八千代医療センター、国立成育医療研究センター、島田療育センターはちおうじで小児神経診療、発達障害診療の研鑽を積む。
現在は、名古屋市立大学大学院で小児神経分野の研究を行っている。
名古屋市立大学大学院 医学研究科 生殖・遺伝医学講座 新生児・小児医学 博士課程
しょっちゅう不機嫌になってる……
うちの子どもたちは、週に3回くらい「とても機嫌が悪いな」と見て分かる状態になります。物に当たったり、大声で怒鳴ったりするわけではありません。ただ、見るからにムスッとして、話しかけても返事は「ああ」とか「うう」だけ。体育座りで固まっていることもあります。2人揃って不機嫌になると、家の中はどんより……。とても居心地が悪いです。
思えば、不機嫌になること自体、頻度が高いのです。
特に娘は1日に何度もふくれっ面になっています。メールやSNSでのやりとりの度に何か1つは嫌なことが発生するらしい。
パソコンの前でカチャカチャやっていたかと思うと、勢いよく立ち上がりベッドに倒れ「あ~~~~~!!!」とうめきます。何があったのか聞いても、説明してくれるわけではありません。
特に娘は1日に何度もふくれっ面になっています。メールやSNSでのやりとりの度に何か1つは嫌なことが発生するらしい。
パソコンの前でカチャカチャやっていたかと思うと、勢いよく立ち上がりベッドに倒れ「あ~~~~~!!!」とうめきます。何があったのか聞いても、説明してくれるわけではありません。
楽しかったはずの遠足なのに……
娘が小学生の頃のことです。
遠足から帰ってきた娘に「楽しかった?」と聞いたことがあります。
「楽しくなかった」
あれ?帰ってきたときはご機嫌だったのに?
理由を聞いてみると、「お弁当にレタスが入っていて、蒸れておいしくなかったのに、残さず食べなさいって言われて、食べさせられたから」とのことでした。
遠足から帰ってきた娘に「楽しかった?」と聞いたことがあります。
「楽しくなかった」
あれ?帰ってきたときはご機嫌だったのに?
理由を聞いてみると、「お弁当にレタスが入っていて、蒸れておいしくなかったのに、残さず食べなさいって言われて、食べさせられたから」とのことでした。
それだけ?と思い、「景色はどうだった?」「お友だちと遊んだ?」と聞いてみると、
「それは良かった」と言うのです。
どうやら、景色も良かったし、友だちと遊ぶのも楽しかった。でも、お弁当のレタスを食べさせられたのは嫌だった。だから「遠足は(全部は)楽しかった」とは言えないと言うのです。
「それは良かった」と言うのです。
どうやら、景色も良かったし、友だちと遊ぶのも楽しかった。でも、お弁当のレタスを食べさせられたのは嫌だった。だから「遠足は(全部は)楽しかった」とは言えないと言うのです。
多くの人は、楽しいことがいくつかあって、その中に嫌なことがちょっとくらいあっても、「まあ、いろいろあったけど、楽しかったかな」と、トータルでの合格点で考えることができます。それは気分良く暮らすため、人間の生きる知恵みたいなものなのでしょう。
ところが、うちの子どもたちは、どうもそれが得意ではありません。
息子も以前、こんなことを言っていました。
「良いことがいっぱいあっても、悪いことが1つあると台無しな気分になる。そもそも、良いことをもたらしてくれたものと、悪いことが起こった原因が同じじゃないのに、足したり引いたりできるわけないでしょう?」
息子も以前、こんなことを言っていました。
「良いことがいっぱいあっても、悪いことが1つあると台無しな気分になる。そもそも、良いことをもたらしてくれたものと、悪いことが起こった原因が同じじゃないのに、足したり引いたりできるわけないでしょう?」
悪かったことを良かったことで相殺できない
ASD(自閉スペクトラム症)の人は「完璧主義」の傾向が見られると言われますが、楽しかったことと嫌だったことを、ざっとまとめて「まあまあ良い1日だった」とするのが特性的に難しいのかもしれません。
楽しいことは楽しい。嫌なことは嫌なこと。独立した出来事であって、楽しい気分だから少しぐらい嫌なことをされても許せるみたいなこともないのです。これは私自身もそうなので良く分かります。だからみんなの「許せる範囲」が変化するお酒の場が苦手です。
嫌なことが1つあったからといって、楽しかったことが消えるわけではない。でも、楽しかったことがあったからといって、嫌だったことも消えるわけではない。
「今日は楽しかった」と思える日にも、「でも、あれは嫌だった」が残っている。
そうやって、1つひとつの出来事が記憶に残っていくから、日々の生活の中で、嫌だったことを何度も思い返してしまうこともある。
ただ生きているだけで疲れるのです。
そりゃあ、子どもたちも不機嫌そうにしていることが多くなるよなぁ、と思いました。
そうやって、1つひとつの出来事が記憶に残っていくから、日々の生活の中で、嫌だったことを何度も思い返してしまうこともある。
ただ生きているだけで疲れるのです。
そりゃあ、子どもたちも不機嫌そうにしていることが多くなるよなぁ、と思いました。