多動&脱走で休まらない日々、特別支援学級の在籍やいじめ…ADHD・ASDの次男と歩んだ「育児書通りにいかない」日々を経て社会人になるまで
ライター:トマコ
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こんにちは!イラストレーター、児童支援員をしているトマコと申します。
わが家は5人家族、母トマコ、父マサオ、そして子どもは男ばかりの3きょうだい、みんなそれぞれ違う発達障害があり、それはもう壮絶な子育てでした。私自身うつになり、ずっとトンネルの中にいるようで、絶望して未来を諦めたりもして。そんな彼らも、今では社会人。あの頃は、こんな未来があるとは思わなかった。そんな、子育てが終わった中から、今回は次男の幼少期のお話をしようかと思います。
監修: 藤井明子
小児科専門医
小児神経専門医
てんかん専門医
子どものこころ専門医
どんぐり発達クリニック院長
東京女子医科大学大学院修了。東京女子医科大学病院、長崎県立子ども医療福祉センターで研鑽を積み、2019年よりさくらキッズくりにっく院長に就任。2024年より、どんぐり発達クリニック院長、育心会児童発達部門統括医師に就任。お子様の個性を大切にしながら、親御さんの子育ての悩みにも寄り添う診療を行っている。 3人の子どもを育児中である。
小児神経専門医
てんかん専門医
子どものこころ専門医
どんぐり発達クリニック院長
胎動から激しかった!?次男コン吉の誕生
次男のコン吉を授かったのは2009年、長男が2歳になったばかりの頃。まだ、長男に発達の問題があるなんて思いもしなかった時で、次男の誕生をただただ楽しみにしていました。お腹の中でバタ足をし、元気に暴れる胎動を感じながら十月十日を過ごし、いやそれにしてもこれは元気すぎんか??と疑問に感じたものの、元気に生まれてくれたらそれだけでいいと思っていたのに、生まれてきたのは、それはもう「元気」を超越した赤ちゃんだったのでした。
寝返りをすっ飛ばしてお座り!?育児書通りにいかない2人目育児
長男の育児経験があるとはいえ、2年半も経てば記憶はあやふや。育児書を片手に始まった2人目育児は不思議の連続でした。生後3か月で首が据わり、次は寝返りかな?と待てども、生後半年になっても寝返る様子がまったくない。育児書によるとそろそろ寝返るはずだよね?と、寝返りを促すように体を押してみても、本人にその気がないのか、びくともしない。ならば頭を持ち上げる練習でもしてみようとうつ伏せさせてみると、激しく嫌がって泣く。
「そうか、コン吉君はうつ伏せたくないのだな、ずっと天井を見ていたいんだ」、と諦めた生後8か月頃、コン吉は、寝返りすっ飛ばしてお座りができるようになりました。寝返りできないまま、お座り。育児書に書いてある順序と違うけどいいのかな?と小さな疑問が残りつつ、それでも次のステージはハイハイです。ハイハイで疲れたらそのままうつ伏せになるから、ついでに寝返りができるようになるパターンかも、なんて思ったりもしました。ところが、彼はお尻で移動するようになりました。
ええ、何を言っているかよく分からないかもしれませんが、ハイハイをせず、手と足とお尻を使い、体を下に向けることなく、座ったままの姿勢で、お尻を滑らせながらずりずりと移動するようになったのです。結局、彼が寝返りをしたのは生後10か月頃。たまたまの事故のような形で寝返りをしたコン吉は、今まで寝返りの経験がなかったため、うつ伏せた状態から元に戻ることができず、それが余程嫌だったのか、それからしばらく寝返ることはなく、そんな彼が本格的に寝返りするようになったのは1歳を過ぎた頃だったのでした。今思えば、コン吉の体の使い方の問題がこの頃から現れていたのだと思うのですが、当時の私は気づいてもいなかったのでした。
「そうか、コン吉君はうつ伏せたくないのだな、ずっと天井を見ていたいんだ」、と諦めた生後8か月頃、コン吉は、寝返りすっ飛ばしてお座りができるようになりました。寝返りできないまま、お座り。育児書に書いてある順序と違うけどいいのかな?と小さな疑問が残りつつ、それでも次のステージはハイハイです。ハイハイで疲れたらそのままうつ伏せになるから、ついでに寝返りができるようになるパターンかも、なんて思ったりもしました。ところが、彼はお尻で移動するようになりました。
ええ、何を言っているかよく分からないかもしれませんが、ハイハイをせず、手と足とお尻を使い、体を下に向けることなく、座ったままの姿勢で、お尻を滑らせながらずりずりと移動するようになったのです。結局、彼が寝返りをしたのは生後10か月頃。たまたまの事故のような形で寝返りをしたコン吉は、今まで寝返りの経験がなかったため、うつ伏せた状態から元に戻ることができず、それが余程嫌だったのか、それからしばらく寝返ることはなく、そんな彼が本格的に寝返りするようになったのは1歳を過ぎた頃だったのでした。今思えば、コン吉の体の使い方の問題がこの頃から現れていたのだと思うのですが、当時の私は気づいてもいなかったのでした。
走る!脱走!休まらない毎日……気づけば「無尽蔵の体力持ち」に
コン吉が歩き始めたのは1歳2か月の頃。そこからがもう本当に大変でした。走る、走る、とにかく走る。交差点、用水路に向かって一直線に走る。命が危なすぎる……!あまりの元気さに母はヘロヘロ。疲れたから休みたくても、少しも目が離せない。こうなったらもう目いっぱい遊ばせてお昼寝させるしかない、と、公園に連れて行くも、公園から脱走しようとするのを止めるのに母必死。ADHD(注意欠如多動症)の症状である、衝動性、多動性、不注意、この頃のコン吉にはどれもが色濃く出ていて、気が休まる暇もありませんでした。
それでもどうにかたっぷり遊ばせて、お昼寝をさせて、その隙に母も少し休んで、そんな生活を続けていると、気づけばコン吉のお昼寝時間がどんどん短くなり、どれだけ遊び倒しても疲れない強靭な身体を持ち、気づけばコン吉は底なしの体力持ちになっていました。
それでもどうにかたっぷり遊ばせて、お昼寝をさせて、その隙に母も少し休んで、そんな生活を続けていると、気づけばコン吉のお昼寝時間がどんどん短くなり、どれだけ遊び倒しても疲れない強靭な身体を持ち、気づけばコン吉は底なしの体力持ちになっていました。
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