子どもの障害を「治したい」という気持ちは、親のわがままだろうか

ライター:あいちゃんパパ
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親として、もし子どもに障害があれば「障害を治したい」思うのは自然なことかもしれません。でも子どもに必要なのは、本当に障害を「治すこと」なのでしょうか。

「発達障害を治したい!」という親の気持ち

私には、自閉症の子どもがいます。

自分の子どもに発達障害の疑いを感じた当時、私は診断を受ける前にインターネットで様々な情報を収集しました。
同じような障害のある子どもについての個人のブログや、療育団体のサイトをのぞいてみると、時々「〇〇療育で、自閉症が治った」という文句を見かけました。

もしかすると、障害のある子どもを持つ親にとって、「子どもの障害を治したい!」と最初に思うことは、ごく自然なことなのかもしれません。

しかし私は、この「治った」という言葉に違和感を抱いていました。

「完璧な回復」は確かに難しいかもしれない。でも…

『わが子よ、声を聞かせて ―自閉症と闘った母と子』という本をご存知でしょうか。著者の子どもが自閉症と診断された後、回復に向けての自身の奮闘を綴った物語です。

しかしこの本の巻末のあとがきでは、「(自閉症が)完全に回復したとは残念ながら信じられない」と監修の医師が書いています。この点については、私もこの医師と同意見です。

なぜなら発達障害というのは脳の機能障害であり、病気ではないからです。

それでも当時、私がこの本に出会ったときは「自閉症の子どもでも、こんなに出来ることが増えるなんて!」と、物凄く感動したのです。自分の子どもにも、少しずつ「できること」が増えるかもしれないという希望を持つことができました。
キャサリン・モーリス著『わが子よ、声を聞かせて』1994年、日本放送出版協会
https://www.amazon.co.jp/dp/4140801867

治そうとするのではなく、「できることを増やす」

発達障害を「治す」のは確かに難しいことかもしれません。

でも、「今までできなかったことを、出来るようにする」ことは、発達障害の子どもでも可能なことだと思います。

たとえば、適切な療育やそれに伴う子ども自身の成長によって、「自分で着替えられるようになった」「自分でトイレに入ることができた」「自分でお風呂に入り、体を洗うことができた」「友達と一緒に遊ぶことができるようになった」など、社会に適応するために必要なことを少しずつ身につけていくことはできると思います。

障害がある私の娘は、最初は身の周りのことが何ひとつ自分ですることができず、服を着させたり、トイレに行かせたり、すべて私が助けていました。

そのうち、娘は実際に私がやっていることをまねすることがとても上手なことが分かりました。そこで私は、娘の特性を生かして、言葉で指示するのではなく一緒にやっているところを見せながら、身の回りのことを教えるようにしました。

すると娘はだんだん自分でできることが増えていきました。障害を無理やり「治そう」とするのではなく、子どもの障害やそれに伴う特性をきちんと理解して、子どもができることを増やす手助けをするのが、親としては大切なことなのではないかと思います。
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