自分ばかりを責めていませんか?親子で自己肯定感を高めるために
ライター:kaoru
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子どもの自己肯定感。多くのお母さんが一度は考えた事があるでしょう。実は子どもの自己肯定感の鍵は、お母さんの自己肯定感にあると思います。お母さん自身の自己肯定感について、一度考えてみませんか?
親が頑張っても、子どもの自己肯定感がついてこない!?
子どもの自己肯定感は低い・・・ってお話し。
よく耳にしますね。
お母さんたちは、家事や育児のほかに、自分の仕事、学校や地域の役員など、
たくさんの責任を抱えながら本当に良く頑張っていますよね。
こうしてお母さんたちが頑張る一方で、子どもに「自己肯定感はあるか?」と聞くとその割合が低い。
これはなぜなのでしょう?お母さんたちの頑張りが、子どもたちの自己肯定感に反映されていないのでしょうか?
この結果は残念を通り超して、不思議に思ってしまいます。
よく耳にしますね。
お母さんたちは、家事や育児のほかに、自分の仕事、学校や地域の役員など、
たくさんの責任を抱えながら本当に良く頑張っていますよね。
こうしてお母さんたちが頑張る一方で、子どもに「自己肯定感はあるか?」と聞くとその割合が低い。
これはなぜなのでしょう?お母さんたちの頑張りが、子どもたちの自己肯定感に反映されていないのでしょうか?
この結果は残念を通り超して、不思議に思ってしまいます。
今を生きる若者の意識~国際比較からみえてくるもの~
自己肯定感って実は曖昧なもの
多くのお母さんたちは、わが子に自己肯定感を持たせたいと思っているはず。
でも、自己肯定感は、物のように「はい持って。」と手渡すこともできませんし、子どもが持っているかどうか、はっきりと見えるわけでもありません。
これさえやっておけば、これさえやらなければ…と、そんな単純なものでもなさそうです。
生きていく上でとても大切なのに、曖昧でハッキリしない。自己肯定感って、ちょっと厄介な代物ですね。
でも、自己肯定感は、物のように「はい持って。」と手渡すこともできませんし、子どもが持っているかどうか、はっきりと見えるわけでもありません。
これさえやっておけば、これさえやらなければ…と、そんな単純なものでもなさそうです。
生きていく上でとても大切なのに、曖昧でハッキリしない。自己肯定感って、ちょっと厄介な代物ですね。
自己肯定感を定義しても、現実は厳しい
私は、自己肯定とは自分をまるごと認める器の大きさだと思っています。
それも長所だけではなく短所もまるごと受け止められる力!
なぜ短所もと思うかもしれませんが、自己肯定感が試されるのはネガテイブな状況のときが多いと思いませんか?
どんな状況でも這い上がれる力とは、ネガティブな事も受け入れられる大きな器から出てくるのだと、私は思っています。
と、まあ…理屈はそうですが、そうは言っても、実生活では理想通りに行かないことばかり。
私も自分の理想を掲げても失敗や挫折の繰り返しです。
日々の生活に追われ、自己肯定感なんて考えられないこともありました。
息子が「障害」という言葉に敏感になり、
・みんなできるのに自分は出来ない
・周囲との揉め事が増える
などの出来事がかさなり、息子の自己肯定感が少しずつ下がっていくのを私は感じました。
息子の荒れた様子に、私の気持ちの浮き沈みも激しくなりました。
・自分の育て方が悪いのでは?
・自分のどこがいけないのだろう?
と、自分のあら探しばかりしては落ち込むという悪循環に。
おそらく先が見えない不安にいつも悩まされていたのだと思います。
それも長所だけではなく短所もまるごと受け止められる力!
なぜ短所もと思うかもしれませんが、自己肯定感が試されるのはネガテイブな状況のときが多いと思いませんか?
どんな状況でも這い上がれる力とは、ネガティブな事も受け入れられる大きな器から出てくるのだと、私は思っています。
と、まあ…理屈はそうですが、そうは言っても、実生活では理想通りに行かないことばかり。
私も自分の理想を掲げても失敗や挫折の繰り返しです。
日々の生活に追われ、自己肯定感なんて考えられないこともありました。
息子が「障害」という言葉に敏感になり、
・みんなできるのに自分は出来ない
・周囲との揉め事が増える
などの出来事がかさなり、息子の自己肯定感が少しずつ下がっていくのを私は感じました。
息子の荒れた様子に、私の気持ちの浮き沈みも激しくなりました。
・自分の育て方が悪いのでは?
・自分のどこがいけないのだろう?
と、自分のあら探しばかりしては落ち込むという悪循環に。
おそらく先が見えない不安にいつも悩まされていたのだと思います。
それでも少しずつ息子の変化が
そんながむしゃらに進んできた子育ての中でも、少しずつではありますが、
息子の言動に自己肯定感の上向きを感じることがありました。
「苦手は苦手なりに何とかなる」と、苦手をカバーする姿勢や、人と能力を比べるのではなく自分の中のモラルを大切にする言動が増えていきました。
自分も誰かの役に立ちたいと、学校で募集するボランテイア活動に積極的に参加するようなっていきました。
そして、ふと気がついたこと。
それは、自分自身の変化です。
自分を責めたりすることが減り、問題が起こったときには「誰かのせいにするのではなく、環境調整で解決するように」なっていきました。
劇的な変化ではありませんが、少しずつ自分の子育てを肯定的に受けとめられるようになっていったのだと思います。
息子の言動に自己肯定感の上向きを感じることがありました。
「苦手は苦手なりに何とかなる」と、苦手をカバーする姿勢や、人と能力を比べるのではなく自分の中のモラルを大切にする言動が増えていきました。
自分も誰かの役に立ちたいと、学校で募集するボランテイア活動に積極的に参加するようなっていきました。
そして、ふと気がついたこと。
それは、自分自身の変化です。
自分を責めたりすることが減り、問題が起こったときには「誰かのせいにするのではなく、環境調整で解決するように」なっていきました。
劇的な変化ではありませんが、少しずつ自分の子育てを肯定的に受けとめられるようになっていったのだと思います。
お母さんと子どもはつながっている?!
親子って本当に切っても切れない関係だなと、つくづく思います。
子どもの自己肯定感は、お母さんの自己肯定感とつながっていて、親子でお互いが共鳴し合いながら高まって行くような気がします。
もし自己肯定感グラフがあるならば、息子と私は比例して見えるかもしれませんね。
特に発達障害児は母子分離がゆっくりな場合も多く、親子が一緒にいる時間が長いことから、子どもがお母さんの感情の波に左右されやすいのかもしれません。
例えば、お母さんが緊張するような場面で、発達障害児の多動がひどくなったり、パニックを起こしてしまうことってありますよね。
このように、お母さんの感情が子どもに強く影響を与えるなのら、お母さんの自己肯定感を高めることは子どもにとってとても大切なことだと私は思います。
子どもの自己肯定感は、お母さんの自己肯定感とつながっていて、親子でお互いが共鳴し合いながら高まって行くような気がします。
もし自己肯定感グラフがあるならば、息子と私は比例して見えるかもしれませんね。
特に発達障害児は母子分離がゆっくりな場合も多く、親子が一緒にいる時間が長いことから、子どもがお母さんの感情の波に左右されやすいのかもしれません。
例えば、お母さんが緊張するような場面で、発達障害児の多動がひどくなったり、パニックを起こしてしまうことってありますよね。
このように、お母さんの感情が子どもに強く影響を与えるなのら、お母さんの自己肯定感を高めることは子どもにとってとても大切なことだと私は思います。
自分の頑張りを認めてあげよう
でも、いざ自分の自己肯定感と言われると途方に暮れてしまいそうですね。
実はそんなに難しいことではありません。
まずは、子どもの前に、自分自身に寛容になってみてください。
自分の失敗や短所を責めずに、頑張りを認めてみましょう。
まじめで責任感が強いお母さんは、ひょっとしたら自分の失敗に寛容になることが苦手かもしれませんが、寛容さと自己肯定感は深く関係していると私は思います。
自分の子育ての失敗や短所を許し、寛容になることで、お子さんの失敗や短所を受け止める力につながります。
良い意味で自分に寛容な人は、子どもにも他人にも寛容になれると私は思います。
子どもに一方的に与えるものではなく、親子で与え合うもの。一度、そんなふうに自己肯定感を考えてみませんか?
実はそんなに難しいことではありません。
まずは、子どもの前に、自分自身に寛容になってみてください。
自分の失敗や短所を責めずに、頑張りを認めてみましょう。
まじめで責任感が強いお母さんは、ひょっとしたら自分の失敗に寛容になることが苦手かもしれませんが、寛容さと自己肯定感は深く関係していると私は思います。
自分の子育ての失敗や短所を許し、寛容になることで、お子さんの失敗や短所を受け止める力につながります。
良い意味で自分に寛容な人は、子どもにも他人にも寛容になれると私は思います。
子どもに一方的に与えるものではなく、親子で与え合うもの。一度、そんなふうに自己肯定感を考えてみませんか?
ほめてもほめても自己肯定感が上がらない理由とは?