先日、3歳のそうた君のお母さんからLINEが届きました。
「先生、ちょっと聞いてください😊」
何があったんだろうと思いながら開くと、こんなメッセージが続いていました。
「今日、夕飯の準備をしていたら、そうたが何も言わずにお箸を運び始めたんです。誰もお願いしていないのに、自分から。
なんか、泣きそうになっちゃいました。
できるようになったことが嬉しいんじゃなくて、自分からやろうと思ってくれたことが嬉しくて……。
うまく言えないけど、あれ、今日なんか違う。そんな一日でした。」
画面越しでも、お母さんの嬉しそうな表情が浮かんでくるようなLINEでした。
私たちは、こういうご報告をいただくたびに思います。
それが、子どもの育ちを実感する瞬間なのかもしれません。
────
「できる」と「自分から」は違う。
子どもが「できるようになる」ことは、とても嬉しいことです。
でも、それ以上に心が動く瞬間があります。
それは、「自分からやってみよう。」と思えた瞬間です。
「ぼくやる。」
「これ持つ。」
「手伝う。」
そんな小さな気持ちが、子どもの体を動かします。
教えたから動いたのではありません。
言われたからでもありません。
その子の中に少しずつ育ってきたものが、ある日ふと、外へ出てきたのです。
モンテッソーリ教育には、
「子どもは、自分で育つ力を持っている。」という考え方があります。
だから大人の役割はやらせることではなく、その力が発揮される環境を整えること。
あびラボ学園でも、モンテッソーリ教育の考え方を大切にしながら子どもたちが自分で選び、自分で挑戦し、「できた」を積み重ねられる環境づくりをしています。その積み重ねが、「やらされる」ではなく「やってみたい。」という気持ちを育て、ある日ふと「自分から動く姿」として現れるのだと私たちは考えています。
────
また別の日には…
後日、そうた君のお母さんから、またLINEが届きました。
「最近、怒る回数が減った気がするんです。」
続けて、こんなことも書かれていました。
「子どもが全部できるようになったわけじゃないんです。でも、なんだか待てるようになってきたというか……。
私自身も、この子はこの子のペースで育っているんだなって思えるようになったのかもしれません。」
子育てが楽になる瞬間は、子どもが何でもできるようになった日ではありません。
お母さんの心に、少し余白ができた日なのかもしれません。
子どもの育ちを見つめ続けるうちに、お母さん自身も少しずつ変わっていく。
それもまた、子育ての中にある大切な育ちなのだと思います。
────
「あれ、今日なんか違う。」は、突然やってくる。
子どもの育ちはとても不思議です。
昨日までできなかったことを、今日は自然にやっている。
何がきっかけだったのか分からない。教えた覚えもない。
でも確かに、その子は少し育っている。
その変化は、一日で起きたものではありません。
夢中になって遊んだ日も。
思うようにいかず泣いた日も。
何度も挑戦した日も。
うまくいかなかった日も。
その一つひとつが、その子の中で静かに積み重なっています。
だからある日「あれ、今日なんか違う。」という瞬間が、予告なくやってくるのです。
────
毎日は、ちゃんと積み重なっています。
子育てをしていると、
「これでいいのかな。」
「ちゃんと育っているのかな。」
そんな気持ちになる日があります。でも、育ちは毎日見えるものではありません。
見えないところで少しずつ根を張り、ある日ふと、姿になって現れます。
だから私たちは、「今日できたかどうか」だけではなく、
「自分からやってみよう。」という気持ちが育つことを、何より大切にしています。
お母さんが向き合ってきた毎日も。
先生が寄り添ってきた毎日も。
子ども自身が夢中になって遊び、挑戦してきた毎日も。
その一つひとつが、子どもの「ねっこ」になっています。
そして、ある日。
「あれ、今日なんか違う。」
その瞬間は、予告なくやってきます。
あびラボ学園は、その「あれ、今日なんか違う。」が生まれる毎日を、お母さんと一緒に育てていきたいと思っています。
「先生、ちょっと聞いてください😊」
何があったんだろうと思いながら開くと、こんなメッセージが続いていました。
「今日、夕飯の準備をしていたら、そうたが何も言わずにお箸を運び始めたんです。誰もお願いしていないのに、自分から。
なんか、泣きそうになっちゃいました。
できるようになったことが嬉しいんじゃなくて、自分からやろうと思ってくれたことが嬉しくて……。
うまく言えないけど、あれ、今日なんか違う。そんな一日でした。」
画面越しでも、お母さんの嬉しそうな表情が浮かんでくるようなLINEでした。
私たちは、こういうご報告をいただくたびに思います。
それが、子どもの育ちを実感する瞬間なのかもしれません。
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「できる」と「自分から」は違う。
子どもが「できるようになる」ことは、とても嬉しいことです。
でも、それ以上に心が動く瞬間があります。
それは、「自分からやってみよう。」と思えた瞬間です。
「ぼくやる。」
「これ持つ。」
「手伝う。」
そんな小さな気持ちが、子どもの体を動かします。
教えたから動いたのではありません。
言われたからでもありません。
その子の中に少しずつ育ってきたものが、ある日ふと、外へ出てきたのです。
モンテッソーリ教育には、
「子どもは、自分で育つ力を持っている。」という考え方があります。
だから大人の役割はやらせることではなく、その力が発揮される環境を整えること。
あびラボ学園でも、モンテッソーリ教育の考え方を大切にしながら子どもたちが自分で選び、自分で挑戦し、「できた」を積み重ねられる環境づくりをしています。その積み重ねが、「やらされる」ではなく「やってみたい。」という気持ちを育て、ある日ふと「自分から動く姿」として現れるのだと私たちは考えています。
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また別の日には…
後日、そうた君のお母さんから、またLINEが届きました。
「最近、怒る回数が減った気がするんです。」
続けて、こんなことも書かれていました。
「子どもが全部できるようになったわけじゃないんです。でも、なんだか待てるようになってきたというか……。
私自身も、この子はこの子のペースで育っているんだなって思えるようになったのかもしれません。」
子育てが楽になる瞬間は、子どもが何でもできるようになった日ではありません。
お母さんの心に、少し余白ができた日なのかもしれません。
子どもの育ちを見つめ続けるうちに、お母さん自身も少しずつ変わっていく。
それもまた、子育ての中にある大切な育ちなのだと思います。
────
「あれ、今日なんか違う。」は、突然やってくる。
子どもの育ちはとても不思議です。
昨日までできなかったことを、今日は自然にやっている。
何がきっかけだったのか分からない。教えた覚えもない。
でも確かに、その子は少し育っている。
その変化は、一日で起きたものではありません。
夢中になって遊んだ日も。
思うようにいかず泣いた日も。
何度も挑戦した日も。
うまくいかなかった日も。
その一つひとつが、その子の中で静かに積み重なっています。
だからある日「あれ、今日なんか違う。」という瞬間が、予告なくやってくるのです。
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毎日は、ちゃんと積み重なっています。
子育てをしていると、
「これでいいのかな。」
「ちゃんと育っているのかな。」
そんな気持ちになる日があります。でも、育ちは毎日見えるものではありません。
見えないところで少しずつ根を張り、ある日ふと、姿になって現れます。
だから私たちは、「今日できたかどうか」だけではなく、
「自分からやってみよう。」という気持ちが育つことを、何より大切にしています。
お母さんが向き合ってきた毎日も。
先生が寄り添ってきた毎日も。
子ども自身が夢中になって遊び、挑戦してきた毎日も。
その一つひとつが、子どもの「ねっこ」になっています。
そして、ある日。
「あれ、今日なんか違う。」
その瞬間は、予告なくやってきます。
あびラボ学園は、その「あれ、今日なんか違う。」が生まれる毎日を、お母さんと一緒に育てていきたいと思っています。