先日のこと。
あびラボ村、原始人たちの夏祭りを開催しました。
会場は、普段、小学生たちが夏のプロジェクトで使っているROCKの活動基地。
この日は、子どもたちだけではありません。
お父さん、お母さん。ご兄弟。保育園の先生たち。
そしてスタッフも。
みんなで焼肉を囲みながら、子どもたちが普段過ごしている場所で、一緒に遊び、一緒に過ごしました。
そんな夏祭りの途中。
ポツ、ポツ。
「あ、雨!」
突然、雨が降ってきました。
しかも、ちょっと場所を移動すれば済むような雨ではありません。
焼肉をしている場所も、遊んでいる場所も、このままでは続けられない。
普通なら、「どうする?」「中止する?」「誰が何をする?」そんな時間があってもおかしくありません。
でも、この日は違いました。
「こっちに移そう。」
「これ持っていくね。」
「そっちお願い。」
ぱっぱ、ぱっぱと場所を変える。大人だから指示を出す。子どもだから待っている。そんな分かれ方もありませんでした。
大人も子どもも関係なく、目の前を見て、自分にできることをそれぞれが担っていく。
気づけば会場は移動し、夏祭りはそのまま続行。
そして何より面白かったのは、雨が「困った出来事」で終わらなかったことです。
雨の中を走る。
荷物を運ぶ。
場所をつくり直す。
みんなで笑う。
予定どおりじゃないことまで、いつの間にか遊びの一部になっていました。
ハプニングまで、最高の楽しさに変わっていました。
───
そんな子どもたちの姿を見ていた保護者の方や園の先生から、こんな声をいただきました。
「どうして子どもたち、あんなに動けるんですか?」
そして、もう一つ。
「できないと思っていたことまで、できちゃっているんですけど。」
この言葉が、とても印象に残りました。
たぶん私たちは、子どもの「今」を見て、
「まだ無理かな」
「これはできないかな」
「大人がやった方が早いかな」
と思うことがあります。
でも、あの日の姿を見ていると、少し違う見方ができます。
できないのではなく、まだその力を使う場面が来ていないだけなのかもしれない。
───
今回、夏祭りの会場を小学生の活動拠点にしたのには、理由があります。
私たちが見てもらいたかったのは、施設でも、イベントでもありません。
「幼少期の育ちが、その先でどんな姿になって現れるのか。」
そこでした。
小さい頃には、「自分で選ぶ。」「やってみる。」「失敗する。」「もう一度やる。」「誰かと一緒にやる。」そんな小さな経験を繰り返します。
その一つひとつは、その瞬間だけを見ると、とても小さなものです。
「これが何になるんだろう?」と思うこともあるかもしれません。
でも、その積み重ねが、小学生になる頃には、
「周りを見て動く。」「自分で考える。」「誰かが困っていたら手を貸す。」「予定外のことが起きても、自分たちで次を考える。」そんな姿になって現れてきます。
迷路で困っている小さな子に、そっとヒントを出す子もいました。
年下の子の手を引く子もいました。
雨が降れば、大人と一緒になって場をつくり直す子もいました。
誰かに「やりなさい」と言われて動いているわけではありません。
これまで育ててきたものが、その子の中にちゃんと残っているから、必要な場面で自然と出てくる。
あの日は、それがとてもよく見える一日でした。
───
あびラボ学園では、モンテッソーリ教育とイエナプラン教育を土台にしています。
モンテッソーリには、子ども自身の中にある「自分で育っていく力」を大切にする考え方があります。
イエナプランでは、年齢の違う子どもたちが一緒に過ごし、互いに学び合う環境を大切にします。
でも、そんな名前や理論を全部知らなくてもいいと思っています。
夏祭りで子どもたちを見て、
「なんか、この子たちいいな。」
「こんなふうに育つの、いいな。」
「こういう教育、ちょっと好きかも。」まずは、それくらいで十分です。
教育への入口なんて、少しくらいミーハーでいい。
むしろ、その「なんかいい」が、子どもの育ちを見る新しい視点になることがあります。
───
今、「うちの子、まだできないな。」「本当に大丈夫かな。」そう思っているお父さん、お母さんもいると思います。
でも、今見えている姿だけが、その子の全部ではありません。
今日できないことが、明日できるとは限りません。
一週間後でもないかもしれません。
それでも、子どもが自分でやろうとする時間を奪わず、信じて、待って、経験を重ねていく。
すると、ずっと先のある日。
「あれ、この子、こんなことできたんだ。」そんな姿に出会うことがあります。
あの日、小学生たちが見せてくれた姿は、突然できあがったものではありません。
幼い頃から積み重ねてきたものが、少しずつその子の身になって、あの日の姿につながっていました。
だから私たちは、
「今、できるか」だけではなく、「この経験が、この子の中で何に育っていくのか」を見ていたいと思っています。
雨まで楽しくなってしまった、あの日の夏祭り。
そこには、私たちが保護者の皆さんに見てもらいたかった「その先の子どもの姿」が、たくさんありました。
あびラボ学園はこれからも、一人ひとりのまだ見えていない力を信じながら、その子の「ねっこ」を育てていきます。
あびラボ村、原始人たちの夏祭りを開催しました。
会場は、普段、小学生たちが夏のプロジェクトで使っているROCKの活動基地。
この日は、子どもたちだけではありません。
お父さん、お母さん。ご兄弟。保育園の先生たち。
そしてスタッフも。
みんなで焼肉を囲みながら、子どもたちが普段過ごしている場所で、一緒に遊び、一緒に過ごしました。
そんな夏祭りの途中。
ポツ、ポツ。
「あ、雨!」
突然、雨が降ってきました。
しかも、ちょっと場所を移動すれば済むような雨ではありません。
焼肉をしている場所も、遊んでいる場所も、このままでは続けられない。
普通なら、「どうする?」「中止する?」「誰が何をする?」そんな時間があってもおかしくありません。
でも、この日は違いました。
「こっちに移そう。」
「これ持っていくね。」
「そっちお願い。」
ぱっぱ、ぱっぱと場所を変える。大人だから指示を出す。子どもだから待っている。そんな分かれ方もありませんでした。
大人も子どもも関係なく、目の前を見て、自分にできることをそれぞれが担っていく。
気づけば会場は移動し、夏祭りはそのまま続行。
そして何より面白かったのは、雨が「困った出来事」で終わらなかったことです。
雨の中を走る。
荷物を運ぶ。
場所をつくり直す。
みんなで笑う。
予定どおりじゃないことまで、いつの間にか遊びの一部になっていました。
ハプニングまで、最高の楽しさに変わっていました。
───
そんな子どもたちの姿を見ていた保護者の方や園の先生から、こんな声をいただきました。
「どうして子どもたち、あんなに動けるんですか?」
そして、もう一つ。
「できないと思っていたことまで、できちゃっているんですけど。」
この言葉が、とても印象に残りました。
たぶん私たちは、子どもの「今」を見て、
「まだ無理かな」
「これはできないかな」
「大人がやった方が早いかな」
と思うことがあります。
でも、あの日の姿を見ていると、少し違う見方ができます。
できないのではなく、まだその力を使う場面が来ていないだけなのかもしれない。
───
今回、夏祭りの会場を小学生の活動拠点にしたのには、理由があります。
私たちが見てもらいたかったのは、施設でも、イベントでもありません。
「幼少期の育ちが、その先でどんな姿になって現れるのか。」
そこでした。
小さい頃には、「自分で選ぶ。」「やってみる。」「失敗する。」「もう一度やる。」「誰かと一緒にやる。」そんな小さな経験を繰り返します。
その一つひとつは、その瞬間だけを見ると、とても小さなものです。
「これが何になるんだろう?」と思うこともあるかもしれません。
でも、その積み重ねが、小学生になる頃には、
「周りを見て動く。」「自分で考える。」「誰かが困っていたら手を貸す。」「予定外のことが起きても、自分たちで次を考える。」そんな姿になって現れてきます。
迷路で困っている小さな子に、そっとヒントを出す子もいました。
年下の子の手を引く子もいました。
雨が降れば、大人と一緒になって場をつくり直す子もいました。
誰かに「やりなさい」と言われて動いているわけではありません。
これまで育ててきたものが、その子の中にちゃんと残っているから、必要な場面で自然と出てくる。
あの日は、それがとてもよく見える一日でした。
───
あびラボ学園では、モンテッソーリ教育とイエナプラン教育を土台にしています。
モンテッソーリには、子ども自身の中にある「自分で育っていく力」を大切にする考え方があります。
イエナプランでは、年齢の違う子どもたちが一緒に過ごし、互いに学び合う環境を大切にします。
でも、そんな名前や理論を全部知らなくてもいいと思っています。
夏祭りで子どもたちを見て、
「なんか、この子たちいいな。」
「こんなふうに育つの、いいな。」
「こういう教育、ちょっと好きかも。」まずは、それくらいで十分です。
教育への入口なんて、少しくらいミーハーでいい。
むしろ、その「なんかいい」が、子どもの育ちを見る新しい視点になることがあります。
───
今、「うちの子、まだできないな。」「本当に大丈夫かな。」そう思っているお父さん、お母さんもいると思います。
でも、今見えている姿だけが、その子の全部ではありません。
今日できないことが、明日できるとは限りません。
一週間後でもないかもしれません。
それでも、子どもが自分でやろうとする時間を奪わず、信じて、待って、経験を重ねていく。
すると、ずっと先のある日。
「あれ、この子、こんなことできたんだ。」そんな姿に出会うことがあります。
あの日、小学生たちが見せてくれた姿は、突然できあがったものではありません。
幼い頃から積み重ねてきたものが、少しずつその子の身になって、あの日の姿につながっていました。
だから私たちは、
「今、できるか」だけではなく、「この経験が、この子の中で何に育っていくのか」を見ていたいと思っています。
雨まで楽しくなってしまった、あの日の夏祭り。
そこには、私たちが保護者の皆さんに見てもらいたかった「その先の子どもの姿」が、たくさんありました。
あびラボ学園はこれからも、一人ひとりのまだ見えていない力を信じながら、その子の「ねっこ」を育てていきます。