「うちの子、すぐ癇癪を起こして……お友達できるのかな」
そんな不安を抱えているお母さん、いませんか?
あびラボでも、そういう場面は毎日のようにあります。今日はそのうちのひとつを、お話しさせてください。
『あの日の出来事。』
遊びに夢中になっていた4歳のゆうくん。
そこに「片付けの時間だよ」という声がかかりました。
「まだ遊びたい!」という気持ちが、どんどん大きくなっていく。
手にしていたおもちゃを思わず放り投げて、「イヤだーーー!」という大きな声が部屋中に響きました。
でもそのとき、周りにいたお友達はどうしていたと思いますか?
気にせず自分の遊びを続けている子。
少し距離を置いてそっと見ている子。
先生に「ゆうくんが怒ってる」と伝えに来る子。
それぞれでした。
誰も責めない。誰も笑わない。
ただ、それぞれが、それぞれでいる。
『教室の空気は、崩れていませんでした。』
ゆうくんはその空気を、全身で感じていたんだと思います。感情を思いっきり声に出して、体で表現しきったあと——少し落ち着いて、周りを見渡しました。
みんな、いつもと変わらずそこにいる。
そのときゆうくんは、自分から深呼吸を始めました。だれかに言われたわけじゃない。自分で戻ってきたんです。
そして最後には「やっぱりみんなと一緒がいい」と思えた。その気持ちも、自分の中から出てきたものでした。
癇癪は、育ちのサインです。
「イヤだ!」と全身で表現できるのは、自分の気持ちをちゃんと持っている証拠です。それを外に出せるのも、実はすごいこと。
そしてその後、自分で深呼吸して戻ってきた。これは「感情をコントロールする力」がまさに育っている瞬間です。
最初からうまくできる子なんていません。こういう場面をくり返しながら、少しずつ身につけていくものなんです。
『子ども同士の中で育つもの。』
「癇癪を起こす子って、お友達できるのかな」——その不安、すごくわかります。
でもゆうくんが自分で戻ってこれたのは、大人が声をかけたからじゃありませんでした。お友達がそこにいたから、場の空気が崩れなかったから——それがゆうくんの「戻りたい」という気持ちを引き出したんだと思っています。
感情のコントロールって、静かな場所でひとりで練習するものじゃないんですよね。「ざわざわした日常の中」で、「いろんな子がいる場所」で、もまれながら育っていくもの。子ども同士だからこそ学び合えることが、たくさんあります。
『癇癪だけど、癇癪だけじゃない。』
あの「イヤだーーー!」の中に、ゆうくんの育ちがありました。
あびラボ学園は、そういう場面をまるごと受け止めながら、一人ひとりの「ねっこ」を育てていきたいと思っています。
そんな不安を抱えているお母さん、いませんか?
あびラボでも、そういう場面は毎日のようにあります。今日はそのうちのひとつを、お話しさせてください。
『あの日の出来事。』
遊びに夢中になっていた4歳のゆうくん。
そこに「片付けの時間だよ」という声がかかりました。
「まだ遊びたい!」という気持ちが、どんどん大きくなっていく。
手にしていたおもちゃを思わず放り投げて、「イヤだーーー!」という大きな声が部屋中に響きました。
でもそのとき、周りにいたお友達はどうしていたと思いますか?
気にせず自分の遊びを続けている子。
少し距離を置いてそっと見ている子。
先生に「ゆうくんが怒ってる」と伝えに来る子。
それぞれでした。
誰も責めない。誰も笑わない。
ただ、それぞれが、それぞれでいる。
『教室の空気は、崩れていませんでした。』
ゆうくんはその空気を、全身で感じていたんだと思います。感情を思いっきり声に出して、体で表現しきったあと——少し落ち着いて、周りを見渡しました。
みんな、いつもと変わらずそこにいる。
そのときゆうくんは、自分から深呼吸を始めました。だれかに言われたわけじゃない。自分で戻ってきたんです。
そして最後には「やっぱりみんなと一緒がいい」と思えた。その気持ちも、自分の中から出てきたものでした。
癇癪は、育ちのサインです。
「イヤだ!」と全身で表現できるのは、自分の気持ちをちゃんと持っている証拠です。それを外に出せるのも、実はすごいこと。
そしてその後、自分で深呼吸して戻ってきた。これは「感情をコントロールする力」がまさに育っている瞬間です。
最初からうまくできる子なんていません。こういう場面をくり返しながら、少しずつ身につけていくものなんです。
『子ども同士の中で育つもの。』
「癇癪を起こす子って、お友達できるのかな」——その不安、すごくわかります。
でもゆうくんが自分で戻ってこれたのは、大人が声をかけたからじゃありませんでした。お友達がそこにいたから、場の空気が崩れなかったから——それがゆうくんの「戻りたい」という気持ちを引き出したんだと思っています。
感情のコントロールって、静かな場所でひとりで練習するものじゃないんですよね。「ざわざわした日常の中」で、「いろんな子がいる場所」で、もまれながら育っていくもの。子ども同士だからこそ学び合えることが、たくさんあります。
『癇癪だけど、癇癪だけじゃない。』
あの「イヤだーーー!」の中に、ゆうくんの育ちがありました。
あびラボ学園は、そういう場面をまるごと受け止めながら、一人ひとりの「ねっこ」を育てていきたいと思っています。