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[第3回]

不登校の仲間との出会いから、「自分で自分を認められる」ように

3人組バンド「JERRYBEANS」のヴォーカル・ギターとして活躍されている山崎史朗さん。山崎さんの活動の原点は、幼少期に経験した不登校でした。今回は、山崎さんが現在の活動を始めるきっかけになった出会いについてお話していただきました。

不登校の親の会で、仲間に出会う

誘われて参加するようになった【不登校の親の会】で出会ったのが、一緒にJERRY BEANSを始めることになる八田くんだ。

八田くんや、ほかの不登校の仲間をみて、

「自分だけじゃなかった」
「同じように学校に行けない人がいるんだ」

と知ることができた。

八田くんは家が近所だった。出会ってすぐに仲良くなり、翌日からは毎日会うようになる。

僕と双子の兄弟、八田くんの3人でいつも一緒にいた。

それまで家に籠もりきりだったのが自分でも嘘のようだった。

思い切り遊び、思い切りぶつかれる仲間

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みんなが学校へ行っている時間に、山で探検したり琵琶湖に釣りにいったり、山の中の公園で野球したり、と今までやりたかったことが溢れだした、本当に楽しい毎日。

それでも常に、僕らの心の中にはうしろめたさがあった。

だから、学校が終わる時間までには絶対帰っていたし、人に会わないようにと自然にそういう場所を選んだ。わざわざ言わなくても3人は同じ気持ちを共有していたんだと思う。

当時の僕らは、コミュニケーションで相手に気を遣うことができなかった。嫌なことがあったらすぐに爆発していたし、穏やかだったのに、一瞬で顔色が変わって険悪になったり。

空気を読むのがとても苦手だった。

でも、共通の趣味である音楽を聴いている時や、楽器を合わせている時は、言葉がなくても自然と打ち解けていた。

音楽にのめり込んだのは、親が背中を押してくれたから

その頃、八田くんがギターを習っていて、それに憧れてみんなで音楽をやり始めた。

楽器がほしいからと、新聞配達のアルバイトを始めたりもして。

「仲間とバンド活動をする」ということが、僕たちの生活に希望を与えてくれた。

夢中で楽しんでいる、その気持ちが親たちに伝わったのか、なんと自宅の部屋をスタジオみたいに改良してくれた!

「のびのびできるものを見つけたんだから、思い切りやったらいい」、そう言って背中を押してくれた。

不登校で困らせていたはずの親が喜んでくれた。そのことが嬉しくて嬉しくて必死で練習した。

ある時、「自分はこれで生きていくんだ!」と決意した。

自分にも存在価値がある、と思えるように

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自分なんて大嫌いで、存在価値もないと思っていたけれど、そんな考えを変えてくれたのは、自分と本気で向き合ってくれる周りの人たち。

例えば、ずっと部屋から出られず、ご飯も食べられない時期に、リビングでご飯を食べただけで、本当に喜んでくれたり。

そうやって1つひとつの小さな変化を喜んでもらえることで、「自分も生きていていいんやな」って思えるようになった。

バンドを始めたら、どこから聞いたのか、同級生が文化祭の時期に「楽器を教えてほしい」と言って訪ねてきてくれたことがある。

「ずっと学校行ってないのに、同級生が会いに来てくれた。褒めてくれた。」

こんな嬉しい気持ちになったことはなかった。

「僕らでも、何か出来る事が1つあれば、コミュニケーションしていけるんや」、「こうやって認めてもらえるんだな」と、少しずつ自信を持てるようにもなった。

次回は

道徳の授業や特別授業の一貫として、生徒たちに過去の経験や未来への思いを伝えるという「講演ライブ」を行っている山崎さん。

不登校に悩み苦しむ子どもたちやその親御さんに、いま伝えたいことを語っていただきました。
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