コントロールを外れて暴れる体と、終わりのない追いかけっこー『どもる体』伊藤亜紗さん×発達ナビ編集長

2018/07/30 更新
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障害のある人の視点から見る世界や体の中で起こっていることなどを研究する伊藤亜紗さんが吃音をテーマにした『どもる体』(医学書院)を出版しました。自分の体で起きていながらコントロールできない吃音。自らも「隠れ吃音」だという伊藤さんと、青年期に他者との「話しにくさ」を経験したLITALICO発達ナビ編集長の鈴木悠平が胸の内にある思いを語り尽くします!

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発達ナビ編集部
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『どもる体』は医学書院のシリーズ「ケアをひらく」の新刊として2018年6月1日に刊行。「話しにくさ」という表面的なことで語られがちな吃音ですが、体の中では何が起きているのか。吃音当事者に丁寧にインタビューしながら「どもり」に迫る1冊です。

自らも「隠れ吃音」であるという、著者の伊藤亜紗さんに、ある時期に「話しにくさ」を感じていたという発達ナビ編集長の鈴木悠平が研究の裏側を聞きながら、「どもり」という現象について本音を語り合いました。
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伊藤亜紗さん プロフィール

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。専門は美学、現代アート。生物学者を目指していたが、大学3年次より文転。東京大学大学院人文社会系研究科美学芸術学専門分野博士課程修了(文学博士)。研究のかたわらアート作品の制作にもたずさわる。主な著書『目の見えない人は世界をどうみているのか』(光文社)、『目の見えないアスリートの身体論』(潮出版社)など。

コントロールできない体のおもしろさ

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鈴木: 伊藤さんは、吃音について研究する前は、視覚障害のあるアスリートへのインタビューなどを通して、「目の見えない人」の世界について研究されていましたね。いずれも、障害というものに対して、本人の身体感覚からアプローチされていることが印象的でした。

そうした、身体的な現象に関心を持たれたのはなぜなんでしょうか?

伊藤: まず、私たちの体って「選べない」ものなんだというところが出発点にあります。

生まれたときや成長の過程でどうしようもなく与えられているこの体を、どう使っていくかが「生きていく」ということだと考えるならば、その課題や可能性は全人類にとって共通のものだと思ったんです。

一方で、学問には「身体論」というジャンルがあるけれど、そこで語られる体というものは、どこか楽観的な感じがしていたんです。選べない、不自由な体の現象に言葉を与えながら、うまく体と付き合う方法を見つけていけないかと思って、研究をしています。

鈴木: いわゆる標準的で、”五体満足”な体を想定した身体論とは違うところから、体というものを探っていきたいと思った、と。

伊藤: そうですね。私自身の経験としては、出産をしたときの体の変化がとても大きくて。そもそも自分の中に別の人間が存在しているという物理的にも大きな変化があるし、妊娠中は急にジャズが聴きたくなったりして、身体感覚が全然違ってくるんですよ。「自分の体はこういうものだ」と思っていた体の輪郭から、自分が完全に外れていく感覚でした。障害とは違うんだけど、ある種、”体を失う”という経験だったと言えます。

鈴木: なるほど…自分でコントロールできない方向に体が動いたり変化したりするという点で見てみると、障害と妊娠、一見別の現象にも共通点があるのかもしれませんね。

今のお話は、『どもる体』の序章で書かれていた、「コントロールのきわ」に分け入っていくという表現につながっているように思いました。

いわゆる五体満足であっても、自分の体を完全にコントロールできてる人なんて、そもそもいないと思いますが、目の見えない人や、吃音のある人など、障害があるゆえに体をコントロールできない度合いが大きい人たちが、どのように世界を見て関わっているかを探ることは、そうではない人にとってもきっと本質的な発見があるのだろうと思います。

「聞けば聞くほど”発見”が”混乱”に…」吃音当事者としての研究の難しさ

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鈴木: 本のあとがきで、伊藤さんご自身にも吃音があることを告白されていましたね。

吃音といってもそれほど症状が重くはなく、日常生活や仕事は問題なくこなすことができる、だけど自分としてはどこか「体がどもる」感じがする…いわゆる「隠れ吃音」タイプである自分の体を抱えながら、今回、吃音をテーマにした取材・研究をされたわけですよね。それっていったい、どんな感覚だったんでしょう。

伊藤: 今回は、話を聞けば聞くほど発見がそのまま混乱につながって。めちゃめちゃ大変でした、書くの(笑)。視覚障害をテーマにした研究のときは、わりと自分と相手の違いを相対視しながらオートマチックに書けた感覚があるんですけど。

大変だった理由の一つは、吃音という障害の複雑さ。視覚障害は感覚の障害ですが、吃音は運動の障害でもありながら、社会的、心理的な障害でもあるという、複雑な要素が絡み合って起こる障害です。ずっと同じ症状が出ているわけではなくて、瞬間、瞬間に起こるものだから、吃音がある本人たちも振り返って分析するのが比較的難しい障害だと思います。

もう一つは自分も当事者だから。自分のことでもあるからか、”ひらめき”がやってこないんですよ。吃音は視覚障害について書いたときの5倍くらい時間がかかりました。いろんな人から聞く一つひとつの話にいい距離がとれていなかったというか、いちいちボディーブローを受けたみたいにアザが残る感じで。

鈴木: 傷だらけ(笑)。

伊藤: 自分が当事者であることについて研究するのってこんなに難しいんだなって思いました。

運動は、「相手からもらうもの」でもある

鈴木: 本を読んでいて印象的だったのが、「連発」型の吃音があった人が、「難発」型の吃音を後天的に獲得するというお話です。周囲の人からのフィードバックなどを通して、自分の吃音が特殊であるという価値判断を内面化し、相手からの見られ方を意識して一言目が発しにくくなる、という…。

伊藤: 運動って人からもらうものでもあるんですよ。自分の体ではあるんですが、周りのフィードバックを受けるなかでいろいろ調整がかかって、今この状態が成り立っているんだと思うんです。
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私、1年間フランスに住んでいたんですが、帰ってきてこういうポーズをよくするようになっていたんです。フランス人、よくこのポーズしますよね。それがうつっちゃって(笑)考えることとか、しゃべることの一部になっちゃってるんですね。

周囲からのフィードバックを、自分の中に組み込んでいくなかで、どんどん運動が変化していく…もちろん、難発の場合には、周囲のネガティブな反応が引き金になることが多いので、単に「うつる」のとは違いますし、本人を傷つけるような関わりは言語道断ですが、本質的に、運動というのは他者との関係のなかで形作られていくものなんですよね。

鈴木: その感覚、わかります。海外の大学院に留学していたときに仲良くなった日系アメリカ人の友人がいるのですが、彼と2人で話しているときは、英語と日本語のチャンポンなんですね。で、日本語を使うときは彼の日本語のたどたどしさに合わせて、僕のボキャブラリーも減るという(笑)相手の影響って知らず知らずのうちに受けているなあって。

伊藤: ありますね。特に会話は共同作業なので相手に合わせるというのがある。それも単に相手と同一になるというよりカップリングしてうまくなるようにしますよね。

新しい環境への変化に、「体が暴れる」ということ

鈴木: 今回のテーマで取材をしていくころには、もう伊藤さんご自身の症状は「隠れ吃音」と言えるぐらいには目立たなくなっていたとのことですが、より症状が大きかった頃の吃音経験をお聞きしてもいいですか。

伊藤: 子どもの頃から吃音はありましたが、あまり悩んだりはしなかったんですよね。小学校3、4年のころは、クラスのやんちゃな男子とかに真似されるようなことはあったけど、普通に言い返していましたし。しゃべりにくい感じはあっても、吃音という言葉も知らなかったので、他人と比較してどうこうじゃなく、自分のしゃべりは「そういうものだ」ぐらいに思ってました。

むしろ、大学で教職について最初のころの方がきつかったです。就職して半年は「東京工業大学の伊藤です」という自己紹介がうまく言えなかったんですよ。それはきっと、就職するとか、組織に入るっていうことに納得していなかったんですね。自己紹介すらポジショントークに思えるっていう(笑)

身体の研究をしているのに、就職するとこんなに自分の体を持っていかれるのかって思いました。多分、変化があるとちょっと暴れるんですよ、体が。
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鈴木: あー、それ、わかります!自分の所属とか立ち位置にしっくり感が足りないとき、自己紹介がすごく難しくなるんですよね…。そのくせ、環境に慣れてくるころには飽きてきちゃって、また新しい環境に飛び込もうとする、みたいな我ながらめんどくさい習性も持っているんですけど(笑)

伊藤: 飽きちゃうんですね(笑)でも、私もそれまでの「スタンダード」を変えてみるということは好きです。絶対食べなかったものを食べてみるとか、聴いている音楽を変えるとか…。あえて自分から変化を起こして体の状態を変えるんです。変化に弱い部分と、変化をさせるのが好きという部分があるのは不思議ですね。

鈴木: 変化する・しないの二者択一ってことではなさそうですよね。会社で働いていると、自分で提案・希望して仕事を勝ち取る側面と、「これ、やってみてよ」と他人から仕事が振られる側面と、両方ありますよね。で、他人から、つまり自分の「コントロールの外側」から仕事がやってくるときって、最初は「えー、できるかな…」と不安になったり、それこそ体が暴れたりすることもあるんですけど…

伊藤: ええ。

鈴木: 自分をよく見てくれている人がくれる仕事って、自分の枠を広げるのにちょうど良いチャレンジだったりすることも往々にあって。「やだなぁ」って思いながらやってみたら、だんだん楽しくなってきたり、「あれ、もしかして向いてるかも?」と新しい自分を発見できたりもするんですよね。

だから最近では、変化すること自体への恐れは薄れてきたように思います。暴れるフェーズと馴染むフェーズ、振り子みたいに振れている自分を楽しむような感覚です。

吃音があることの良さをあえて挙げるなら、それは「誠実さ」から逃れられないこと

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伊藤: 鈴木さん自身も「しゃべれない」経験があったとお聞きしましたが、それはいつごろだったんですか。

鈴木: 僕の場合は…「吃音」と言えるほどの症状か微妙なラインなんですが、話そうと思ってもなかなか言葉が出ない、人と「うまくしゃべれない」という時期がありました。大学卒業前後かな、ちょうど東日本大震災が起こった年と重なるんですけど。

あのころ、社会全体も大きく揺れていた時期でしたが、それと同じタイミングで、僕の中でも、人と向き合う上でのありようの地殻変動が起こっていたというか、まぁちょっと色々こじらせていたんですけど(笑)。

伊藤: こじらせてたんですね(笑)。

鈴木: 要するに当時、震災と大学卒業のタイミングが重なって、同級生は就職とか、それぞれの選択をして進んでいったわけですが、僕はうまく決められなくて立ち往生しちゃったんですね。しっくりこなかったというか、それでしゃべれなくなっちゃった。いま思えば暗い時代です(笑)。

伊藤: ”しっくり感”に対する感度が高くなりますよね、吃音だと。うまくしゃべれないというときに「言い換え」はしていましたか?

鈴木: どうでしょう…そんなにしている感覚はなかったのですけど。

伊藤: 私は結構しているんですよ。Aと言いたい、でも難発になりそうだからBに換えたというときに「Aだったらしっくりきてた」「Bだったからしっくりこなかった」というのがすごい残るんです。しっくり感に対する感度は私にとって言い換えで育まれた感じがしています。

鈴木: なるほど。

伊藤: 本の最後でも触れたんですけど、吃音があることの良さ…をあえて言うとしたら、それは「誠実」さから逃れられないことなのかもしれません。どうしても体の方が「ちょっと待て」とひっかけてきたりするので、立ち止まらざるを得ない。

私、大学の講義も3年で内容を全部変えているんですよ。”立て板に水”みたいに話せるようになってきちゃうと、学生に対して申し訳ない気持ちになるし、苦しい。新しいものにしてたどたどしくしゃべらないと伝わってない気がするんです。

鈴木: 仕事に慣れてくるとしゃべりが上手になってきますよね。同じことを繰り返し言っているようで…。単純に労力対効果でいったら効率よくなっているからいいことなはずなのに、逆に「このままでいいんだろうか」って思っちゃいます(笑)。

伊藤: 自分の輪郭を更新したくなるような感じですね。形成されてきたパターンや枠…ある種、自分の枷にもなっているものがずれたときが楽しいし、生きてる感がある。

鈴木: そういえば、うまくしゃべれない時期に出会った人に「君は、ちゃんとどもれるところがいい」って言ってもらったことがあって。どもっている時間は、自分が相手や言葉と誠実に向き合っているサインだというようなニュアンスでした。その言葉をもらったことが、僕にとってだいぶ救いになりましたね。

でもまぁ…「誠実」であることって、燃費悪いですよね。なかなか楽にならない(笑)。

手放しの肯定なんてできないけれど

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鈴木: 言葉の”しっくり感”に関するお話をしましたが、そういった感度も含めて、吃音であることが、何かその人らしい表現やコミュニケーションのリズムを形作る面もあると思います。とはいえ、いざ日常生活を送っていくうえでは、やっぱり吃音があることは”不便さ”と隣り合わせだったりする。この点、伊藤さんはどう考えられていますか?

伊藤: 連発や難発になったときに、「じゃあどう対処したら正解か」という答えはやっぱりないですね。

生身のコミュニケーションをしていて、その波が狂うっていうのは結構大きいことですから。波がない状態や、またはポリリズムな複数の波がある状態みたいなものも許容するような会話ができたらいいんだろうなって思います。

鈴木: 周りの人たちに許容性があって、待ってもらえる空間や関係性だと、どもることに対する心理的安全感が高まるかもしれません。

伊藤: そうですね。でも、ここが一番、私自身の当事者性が出るところで…。自分のしゃべりで波を壊してしまった経験があるので、明るく言えないんですよ。周りの人も感じている軽い”痛み”みたいなものを、簡単には肯定できない。

鈴木: 確かに、仮に周りが「気にしなくていいよ」と言ったとしても、たとえば10秒間「たたた…」と連発状態になっている本人からしたら、気にしない方が難しいですよね。

伊藤: インタビューをした吃音当事者の方々でも、「どもること」に対する捉え方はさまざまでした。

「言い換え」などの工夫を身につけて、傍目には吃音だとわからないぐらいに話し方をコントロールできるようになったけれど、どもらなくなったことで、「本当の自分」を出せていない感覚がして、どこに行ってもどもりたくなってしまう人。

どもらずに話せるようになって、どこか”嘘っぽく”生きることも含めて自分だと受け入れて、吃音と付き合っている人。

「吃音当事者であること」と「その場その場でうまくやり過ごして生きていること」が、微妙に両立しないことがあるんです。
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鈴木: どちらが良い悪いといった話ではなく、個人の生き方の問題になってきますね。

伊藤: ええ、そうなんです。たとえばどもる自分が「本当の自分」だと考える人にも理由があって、どもらないで話すなかで、「本当の自分が出せていない」と感じる経験が重なったからこそだったりするんですよね。

鈴木: 吃音とどう付き合っていくのか、その人が自分の価値観を形成していくまでの物語がある。

伊藤: その物語というのも、今後また変わっていくかもしれないんです。今は落ち着いていても、これから違うタイプの吃音症状が出るかもしれません。人間関係や生活環境などの影響も受けながら、吃音との付き合い方も変わっていくのだと思います。

鈴木: たとえ今、自分なりに吃音というものの付き合い方が整理できていても、いつまたその前提が揺さぶられるかわからない…。

伊藤: みなさんそれぞれ、「こんなときに自分はどもる」とか「自分の吃音の原因はこれだ」と分析して理屈を立てているんですが、結局、100%説明できる合理的な理由なんてものはないんです。

立てたところで、すぐその理屈を裏切られてしまうから、常に自分の体に敗北宣言している感覚です。

結局、個々人が自分の人生の中に吃音を意味づけてつくった「物語」も、長い時間軸で見たら体が全部飲み込んでいくんですよ。うまくしゃべろうとするとどもるとか、どもらないようにすると難発になるとか、吃音って、努力すれば確実に実る、というような分かりやすい話じゃないんですよね。

…なんだか、明るいメッセージが出てこないですね(笑)。

鈴木: そうですね(苦笑)。ま、それも「どもる人」としての誠実さということで…
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撮影:鈴木江実子
どもる体 (シリーズ ケアをひらく)
伊藤 亜紗 (著)
医学書院
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