医療少年院の職員と少年がASDのある人の知覚世界をVR体験――知的障害や発達障害がある少年たちの支援での配慮を考えるワークショップを開催

ライター:発達ナビ編集部
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LITALICOが東京大学の研究者らとともに実践している「ASD知覚体験ワークショップ」。自閉スペクトラム症(ASD)者の非定型な知覚を疑似体験し、当事者への理解を深める取り組みですが、今年度は「それぞれの場で実際にできることを考える」をテーマに、教育現場や企業などでワークショップを行っています。今回は、11月に行われた、三重県の宮川医療少年院の職員の皆さんと少年たち、それぞれを対象に行ったワークショップや授業の様子をレポートします。

「ASD知覚体験ワークショップ」を通して、それぞれの場で実践できることを考える

LITALICOが東京大学の研究者らとともに取り組む「CREST認知ミラーリングプロジェクト」では、研究内容をより多くの人へ周知し、当事者の生きやすい環境づくりに役立てたいと、「ASD知覚体験ワークショップ」を実施しています。

自閉スペクトラム症(ASD)者の非定型な知覚を疑似体験し、当事者への理解を深めるこのワークショップでは、東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構特任教授・長井志江先生による講義やVRを用いてASDのある人の非定型な視覚を疑似体験します。ASDのある人の非定型な知覚を知識として理解するだけでなく体感し、さらに日常の支援を振り返りながら職員同士でディスカッションをし、実際の支援の場でどう生かすかまでを考えます。

宮川医療少年院での開催の背景

三重県にある宮川医療少年院には、現在、中学生から21歳までの男子、約50名が入院しています。少年たちには、中度から軽度の知的障害や、発達障害、情緒面での課題があります。

少年院は、家庭裁判所から保護処分として送致された少年に対し、その健全な育成を図ることを目的として矯正教育や社会復帰支援等を行う施設です。各少年院には、矯正教育の重点的な内容と標準的な教育期間を定めた矯正教育課程が設けられています。その上で、入院してくる少年一人ひとりの特性及び教育上の必要性に応じて、個人別矯正教育計画を作成し、きめ細かい教育を実施しています。

国内には、現在、本院・分院あわせて49庁の少年院がありますが、「医療少年院」と名が付くのは、「京都医療少年院」と「宮川医療少年院」の2庁のみです。また、医療を専門に行う少年院と、障害に配慮した矯正教育を行う少年院の両者の機能を有する少年院としては、「東日本少年矯正医療・教育センター」があります。

宮川医療少年院は、現在、医療を専門に行う少年院ではありませんが、障害に配慮した矯正教育を担っています。宮川医療少年院では、日中、教科学習から職業指導、施設を出た後の就労などにも役立てるような資格取得に向けた取り組みを行っており、特別支援学校のような教育が行われています。授業外でも、共同生活のなかでさまざまな生活指導がされています。

今回のワークショップでは、1日目にはまず日々の教育指導・寮生活の中でのさまざまな生活指導に取り組む職員の皆さんが、ワークショップを通してより少年たちの特性理解をすすめ、支援をより深化させる機会として実施することとなりました。
長井先生の講義に聴き入る、宮川医療少年院の職員の皆さん
長井先生の講義に聴き入る、宮川医療少年院の職員の皆さん
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職員向けのワークショップには、約50名の職員ほぼすべてが参加しました。

2日目は少年たちに向けて、発達障害や特有の感覚についての授業を行い、14歳~21歳までの少年たち41名が参加しました。

職員対象ワークショップで、VRを通して特有の知覚を知る

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VRを体験する職員の皆さん。VRで感じたことをシェアし合い、活発にディスカッションする様子も見られました
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ワークショップではまず、ASDがある人に多い視覚の特性や、感覚過敏についての講義と、講義で紹介した特有の知覚について、VRを使って疑似体験をしました。

今回紹介したのは、ASDがある人の中でも多くの人に共通する3つの視覚の特徴です。

1.「輝度」による「コントラスト強調・高輝度化」

視覚過敏がある人は瞳孔の調整に時間がかかったり、調整がうまくできなかったりすることがあり、明るいところでの「まぶしく、真っ白になって見える」状況が、長く強く続く。

2.「動き」による「無彩色化・不鮮明化」

人間の瞳は周辺視野に相当する網膜では色を知覚していないが、中心視野で知覚した情報を脳の中で統合することで、視野全体に色がついているように認識している。視覚過敏がある人は、速い動きのものを見たときなどにこの処理が難しくなると考えられ、今までカラーで見えていた世界が急にモノクロに変わったりすることがある。

3.「動き・音強度の変化」による「砂嵐状のノイズ」

うるさくたくさんの人がいるなど動きが多くある場所だと、視覚に砂嵐のようなノイズが重なって見えることがある。そのため、周りの人の顔などもよく見えない、落ち着かないといった状況になりがちである。
参考:「自閉スペクトラム症の人が見ている世界」の疑似体験で、行動の意味や困難さを理解する取り組みとは?
https://h-navi.jp/column/article/35026984
こうした感覚について、科学的な根拠を頭で理解し、またVRで体感するという両面からのアプローチを行いました。

在院の少年たちの知覚はどうだろう?どんなことができるだろう?ディスカッションや質問を通して――

テーブルごとにワークを行いました。各テーブルを先生がまわり、具体的な質問に答える姿も
テーブルごとにワークを行いました。各テーブルを先生がまわり、具体的な質問に答える姿も
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講義を受け、疑似体験をした職員は、それぞれ実際の指導の場面や少年たちの感覚の過敏さなどについて具体的な事例に絡め、考えを深めていきました。グループに分かれてのディスカッションでは、支援の中でどのような配慮ができるのかなど、一人ひとりの特性を思い浮かべながら話し合いが行われていました。
ディスカッションをする職員の皆さん
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グループワークで出た「日々の指導でどのように生かせるか」のアイディアを、他の職員の皆さんにもシェア
グループワークで出た「日々の指導でどのように生かせるか」のアイディアを、他の職員の皆さんにもシェア
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その中で、職員の皆さんから長井先生へ、さまざまな質問が寄せられました。その一部を次に紹介します。

Q.(自分は大きな声を出すのに)他の人の声は嫌と言う場合がある。なぜでしょうか?

A.自分の声は予測できますが、他人の声は予測できません。ASDがある人にとって、予測ができないものは不安を感じやすいので、周りの声や物音が我慢できないとき、自分が大声で叫ぶことで相対的にまわりの音を小さく、予測しやすい自分の声だけが聞こえるようにしているのかもしれません。

Q.過敏さは本人の心構えではどうにもならないのでしょうか?

A.何度も経験をして慣れることで、周囲の環境が予測できるようになり、自分なりの対処法が分かってくることもありますが、外的な刺激は基本的に予測することは難しいので、心構えだけでは対応できないこともあるでしょう。ノイズキャンセリングのヘッドフォンやサングラス、蛍光灯ではなくLED照明にするなど環境を整えてあげることも大切です。

Q.感情のたかぶりは、知覚の過敏さに影響するのですか?

A.科学的データとしては取っていませんが、当事者へのヒアリング等から、疲れたときなどは過敏さが増すと考えられます。また、脳が興奮しているとき、脳の活動がたかまっているときには過敏症状も起こりやすいのではないかと考えています。

Q.自閉傾向が強かったり、知的障害が重いほど感覚過敏も強いのでしょうか?

A.自閉傾向と感覚過敏の大きさの相関関係は見つけられていません。視覚過敏・聴覚過敏は個人差が大きく、自閉傾向がない人であっても過敏性がある場合もあります。見え方とIQの相関関係は現在のところ分かっていません。

Q.自閉症(ASD)がある人は瞳孔の開閉スピードが遅いということだったが、時間をかければ最終的に瞳孔の開き具合は通常の範囲になるのですか。

A.調整に時間がかかるだけでなく、通常10-5の範囲での絞りが可能だとした場合、10-8までしか調整ができないという人もいます。調整能力が弱い人の場合、いつまでも眩しく感じることはありえます。

Q.少年たちの中には「ものが歪んで見える」という者もいます。先生の実験の中に、歪んで見えるという例はありませんでしたか?

A.私たちの実験ではありませんでしたが、統合失調症に関する他の研究で、実際に存在しないものが見えるという発表もあります。脳は、環境から入ってくる信号を単純に受け入れるだけでなく予測して見ていますが、この予測がものすごく強くなってしまうと幻覚のようなものが生じます。エッジがとても強調されて見えるという場合があることを考え合わせると、歪んだ見え方がおこる可能性もあるのではないかと考えています。

職員にインタビュー「どういう支援をすればいいのか、新たに見えたこととは?」

3時間以上に及ぶワークショップを終え、職員の皆さんが支援にどう生かしていけると考えたのか、インタビューをしました。
永井佑弥さん(法務教官)
永井佑弥さん(法務教官)
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編集部(以下、――)どのような職務で、どのような支援をしていますか?

永井:少年の日常生活指導、改善・更生の指導をしています。寮舎担任として、15人くらいの少年をみています。

――今回のワークショップに参加して、どのような支援につながると感じましたか?

生活面では、少年同士でのトラブルも多々起こりますが、中でも生活音にまつわるトラブルがよくあると感じています。音がうるさくてつらい、でも知的障害なども影響し、その原因と対処法をまわりに伝えることができないので「イライラする」という言葉でしか表現できない少年もいます。今回のワークショップを受けて、少年たちの言葉をそのままに受け取るのではなく、その裏にある「イライラする」の原因を想像しないといけないと改めて感じました。

――見え方についても課題や、どのような支援が可能だと思ったか、教えてください。

音であれば周りの人も理解しやすい面もあるけれど、光や見え方でのつらさはまわりも理解しづらい面もあります。見え方の違いも個人差があると思うので、どういう風に見えているのかといったことも丁寧に確認をしないといけないと思いました。ただ、少年同士となると、(物音を立てると相手がつらいということはある程度理解できるかもしれないが)「見え方にもそれぞれ違いがある、こういう環境がつらいとおもう人もいる」ということを理解させるのは難しそうだなという思いもあります。
西村真実さん(福祉専門官)
西村真実さん(福祉専門官)
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――どのような職務で、どのような支援をしていますか?

退院後の居場所の確保や帰住先の確保などを行っています。少年たちと個別面談を行う機会も多くあります。

――今回のワークショップに参加して、どのような支援につながると感じましたか?

面談などをすることが多いのですが、大切な話をしていても、物音などの刺激で集中できない様子が見られることが多くあります。聴覚の過敏さや、聞き取りにくさから集中できていないのかもしれないと分かったので、面談する部屋の環境調整等、できる限り配慮したいです。

見え方、聞こえ方は、どうしても「このくらい聞こえるだろう、見えるだろう」という風に自分基準になりがちですが、少年たちの特性を踏まえて対応していきたいと思いました。VR体験では、感覚の過敏さがあると、外出するのも、対人関係の形成も、しんどそうだということを体感しました。
藤田達也さん(統括専門官)
藤田達也さん(統括専門官)
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――どのような職務で、どのような支援をしていますか?

入院してすぐの環境面の支援、退院後の帰住先の確保、保護者との調整等を行っています。

――今回のワークショップに参加して、どのような支援につながると感じましたか?

指導の中で、「なぜダメなのか、なぜそれをしてはいけないのか」を常に伝えていますが、こちらから伝えてもなかなか本人の意識を変えることが難しいと感じています。ワークを受けて、少年たちにこうしたことを伝える際に、本人たちがその言葉を受け止められるような伝え方も大事なのだと思いました。

例えば、自分は大声で叱っているつもりはなくても、少年たちは叱られていると感じてしまうかもしれず、そうすると心を閉ざして言うことを聞きたくなくなるかもしれない――今後は、照明や声量などにも気をつけて、怖そうに見えていないか少年たちの気持ちをより想像しながら支援していきたいなと思いました。
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