「どうして?」息子の障害を実母に嘆かれて。「かわいそう」じゃない!自閉症育児の胸の内
ライター:かさはらあやこ
息子に障害があるかもしれないと思ったころからずっと、たくさんの人たちに支えられて生きています。いつも感謝しています。
一方で 誤解や偏見を感じる場面も多くあり、たくさんの悔しい思いもしてきました。この先 同じような思いをする人が少しでも減りますように。
監修: 初川久美子
臨床心理士・公認心理師
東京都公立学校スクールカウンセラー/発達研修ユニットみつばち
臨床心理士・公認心理師。早稲田大学大学院人間科学研究科修了。在学中よりスクールカウンセリングを学び、臨床心理士資格取得後よりスクールカウンセラーとして勤務。児童精神科医の三木崇弘とともに「発達研修ユニットみつばち」を結成し、教員向け・保護者向け・専門家向け研修・講演講師も行っている。都内公立教育相談室にて教育相談員兼務。
東京都公立学校スクールカウンセラー/発達研修ユニットみつばち
わたしの話に耳を傾けてくれたのは
まさかこの子は自閉スペクトラム症があるのではないだろうか?そう疑い始めたのは、息子を産んで5ヶ月がたったころでした。
早く気づいたというよりは、妊娠する前からたまたま〝自閉スペクトラム症〟という言葉を知っていたことで、特性を簡単に検索でき、あてはまる項目が多かったという感じでした。
どんなに調べて夫に報告しても聞く耳は持たず、母には「自分の子どもに障害があると疑うなんて…」と言われたり。そのほか身内にも「また言ってる…そんなこと言ってたら本当にそうなるよ」と言われたりしていました。
わたしの話に耳を傾けてくれたのは、息子が1歳4ヶ月のころ第二子を妊娠し母子手帳を取りに行った先で、話を聞いてくれた担当の保健師さんだけでした。(後に聞いた話ですが、保健師さんは私から話を聞いてはじめて息子の様子を見たとき、自閉スペクトラム症があるようには感じられなかったそうです。ですが親身に話を聞いてくださいました)
早く気づいたというよりは、妊娠する前からたまたま〝自閉スペクトラム症〟という言葉を知っていたことで、特性を簡単に検索でき、あてはまる項目が多かったという感じでした。
どんなに調べて夫に報告しても聞く耳は持たず、母には「自分の子どもに障害があると疑うなんて…」と言われたり。そのほか身内にも「また言ってる…そんなこと言ってたら本当にそうなるよ」と言われたりしていました。
わたしの話に耳を傾けてくれたのは、息子が1歳4ヶ月のころ第二子を妊娠し母子手帳を取りに行った先で、話を聞いてくれた担当の保健師さんだけでした。(後に聞いた話ですが、保健師さんは私から話を聞いてはじめて息子の様子を見たとき、自閉スペクトラム症があるようには感じられなかったそうです。ですが親身に話を聞いてくださいました)
「どうしてこうなっちゃったんだろうね」
保健師さんがすぐに自治体の発達相談を勧めてくれたおかげで、心理士さんから児童発達支援に繋がり、〝社会性が低い〟ということで1歳6ヶ月から療育に通うことができました。
そのころはまだ、社会性が低いと言われたことの意味を理解しておらず、確かに公園とか児童館とかに連れていったことがないなぁ…
社会性を身につけないといけないのかと思ったくらいでした。自分の子どもに発達障害があるとは思ってもおらず、仮に発達障害があるとしても、『ADHD?アスペルガー?それらは個性のようなものだし、生きづらいけど療育に通えば大丈夫(治る)(※当事者の方、ご家族の方本当に申し訳ありません)』と本気で思っていたので、家族にもそう説明していました。
2歳から特性が増え、2歳半で発達検査を受け療育手帳を取得したころ、母に「どうしてこうなっちゃったんだろうね」と何度も嘆かれました。何と言えばいいのか分からず「なんでだろうね…」と答えると、「あんたが前世で悪いことでもしたんでしょう」と言われ。
親戚には「乗り越えられるから与えられた試練」だとか、「あなたを選んで産まれてきた」とか、お決まりの悪意のない慰めの言葉をかけられ。息子がご近所さんの敷地に入ってしまった際に障害があることを説明すると、「あら?そうなの!かわいそうにねぇ~下の子は大丈夫なの?普通なの?よかったわねぇ~」と言われました。
いまざっとまとめてみても、とてもつらい時期でした。
そのころはまだ、社会性が低いと言われたことの意味を理解しておらず、確かに公園とか児童館とかに連れていったことがないなぁ…
社会性を身につけないといけないのかと思ったくらいでした。自分の子どもに発達障害があるとは思ってもおらず、仮に発達障害があるとしても、『ADHD?アスペルガー?それらは個性のようなものだし、生きづらいけど療育に通えば大丈夫(治る)(※当事者の方、ご家族の方本当に申し訳ありません)』と本気で思っていたので、家族にもそう説明していました。
2歳から特性が増え、2歳半で発達検査を受け療育手帳を取得したころ、母に「どうしてこうなっちゃったんだろうね」と何度も嘆かれました。何と言えばいいのか分からず「なんでだろうね…」と答えると、「あんたが前世で悪いことでもしたんでしょう」と言われ。
親戚には「乗り越えられるから与えられた試練」だとか、「あなたを選んで産まれてきた」とか、お決まりの悪意のない慰めの言葉をかけられ。息子がご近所さんの敷地に入ってしまった際に障害があることを説明すると、「あら?そうなの!かわいそうにねぇ~下の子は大丈夫なの?普通なの?よかったわねぇ~」と言われました。
いまざっとまとめてみても、とてもつらい時期でした。
「かわいそう」と言われて
「かわいそう」と言われることが多々あります。喋れなくてかわいそう。癇癪起こしてかわいそう。食べられるものが少なくてかわいそう。みんなと楽しめなくてかわいそう。
障害がある子どもを産んでかわいそう。障害者はかわいそう、障害児育児は不幸、そう思う人たちを責める気持ちはありません。一緒に暮らしている夫や身近にいる家族でさえ、正確に理解をし、気持ちを慮ることなど無理なのだろうと感じることが多いからです。
ただ、息子は私が産んだ大切な大切なひとりの人間です。
息子にだって、楽しいことや嬉しいことや苦しいことがあって、笑ったり怒ったり泣いたり、今を懸命に生きています。その命に決して間違いはありません。親にこんなに愛され、たくさんの人たちに支えられて、季節のフルーツを1日3食 4種類も食べている息子のどこがかわいそうなのか?
本人の幸せや不幸は、ほかの人が決めることではありません。理解がないということは、本当に恐ろしいことだと思います。
障害がある子どもを産んでかわいそう。障害者はかわいそう、障害児育児は不幸、そう思う人たちを責める気持ちはありません。一緒に暮らしている夫や身近にいる家族でさえ、正確に理解をし、気持ちを慮ることなど無理なのだろうと感じることが多いからです。
ただ、息子は私が産んだ大切な大切なひとりの人間です。
息子にだって、楽しいことや嬉しいことや苦しいことがあって、笑ったり怒ったり泣いたり、今を懸命に生きています。その命に決して間違いはありません。親にこんなに愛され、たくさんの人たちに支えられて、季節のフルーツを1日3食 4種類も食べている息子のどこがかわいそうなのか?
本人の幸せや不幸は、ほかの人が決めることではありません。理解がないということは、本当に恐ろしいことだと思います。