発達特性がある大学生、支援に必要な「連携」をどうつくる?――中央大学教授・山科先生インタビュー
ライター:専門家インタビュー
中央大学では、このたび『キャンパスにおける発達障害学生支援の新たな展開(中央大学人文科研究所研究叢書)』をまとめました。
同研究チームの主査を務めた山科満教授に、学生支援の根底にある想いや、具体的な支援事例、支援者の方へのメッセージを伺いました。
監修: 山科満
中央大学文学部教授
精神科医から文系の大学教員となって,発達障害傾向ゆえに不適応に陥っている若者の多さに驚き,発達障害と本腰を入れて向き合うようになった。
発達障害に携わることは、自分の価値観を問われること
中央大学では、2007年から一部の教員が「軽度発達障害の縦断的研究」を開始。これを引き継ぐ形で2016年から「発達障害者傾向を有する大学についての縦断的研究」を行い、このたび『キャンパスにおける発達障害学生支援の新たな展開(中央大学人文科研究所研究叢書)』に活動の記録をまとめました。
今回は、同研究チームの主査を務めた山科満教授に、学生支援の根底にある想いや具体的な支援事例、支援者の方へのメッセージを伺いました。
今回は、同研究チームの主査を務めた山科満教授に、学生支援の根底にある想いや具体的な支援事例、支援者の方へのメッセージを伺いました。
発達ナビ編集部(以下、――):山科先生の「支援における思想」について教えてください。
山科先生:「発達障害」とは何であるのかということに尽きます。これは、私が大学生や社会人になって初めて発達障害と診断されるような人たちと関わってきたことから出てきた問いであって、発達障害という言葉が関与する全ての事象に当てはまるものではないと思うのですが。
――特に精神科医時代のご経験が大きいのでしょうか。
山科先生:そのように思います。統合失調症の治療をやっている中で、1990年代後半頃から、統合失調症に見えるが実は高機能自閉症、という事例に出合うことが何度かあり、学会報告をしていました。しかし当時はあくまで統合失調症の治療という視点から、「似て非なるもの」を鑑別する、という発想に止まり、発達障害に関心をシフトすることはありませんでした。
よりインパクトがあったのは、精神科医の衣笠隆幸生が2004年に「重ね着症候群」として、パーソナリティ障害のベースに軽度の発達障害がある1群の報告をしたことです。精神療法に関心を寄せ実践もしていた身として、思い当たる事例がたくさんあったのです。さらに、2008年以降、精神科医の中安信夫先生が初期統合失調症と誤診していた発達障害の事例について報告するようになりました。これにも私は衝撃を受けました。
――インパクトがあったとは、具体的にどういうことでしょうか。
山科先生:自分がこれまで出会った患者さんを思い返してみると、発達障害的な特徴を有する人について、それなりに思い当たったのです。しかし、当時は発達障害の診断はなされていませんでした。それらの人たちの診断は正しかったのだろうか、患者さん達のことを私はちゃんと理解できていたのだろうか、と不安になりました。考えを進めていくにつれ、発達障害をほかの診断基準と同じ水準の診断概念として扱って良いのか、徐々に疑問に思い始めました。これが、2010年ごろまでに私が経験したこと、考えていたことです。
発達障害の診断は、医学的な手続きだけに拠ってできるものではありません。常に、その人とその人を取り巻く環境との関係性を見ることになります。とりわけ、日本社会は発達の特性を有する人にとっては生きづらい社会です。
「障害は社会の側にある」ことを忘れず、「障害」という言葉に押しつぶされることなく、自己と社会との関係性を多角的に捉えていくことが、発達の特性を有しながら生きていく人には必要なのではないかと私は思います。またその思想は、精神科医も含めて支援する側にも必要なことだと思っています。
――発達障害との出合いが、山科先生ご自身の大きな転機となったのですね。
山科先生:私は発達障害というものに出合ったことで、精神医学の診断基準も、世の中の常識も、絶対的なものではなく相対化して見るようになりました。それまで信奉していた価値観を捨てる作業は、けっして簡単なことではなく、今も何かの折に自分の中で矛盾を抱えていることに気づかされることがあります。
もちろん、私は自分の考え方を声高に主張するつもりは全くなく、最終的に辿り着くところは一人ひとり違っていて良いと思います。ただ、発達障害と関わるということは、さまざまな側面で自分の価値観を問われることになるのではないかと、思っています。
山科先生:「発達障害」とは何であるのかということに尽きます。これは、私が大学生や社会人になって初めて発達障害と診断されるような人たちと関わってきたことから出てきた問いであって、発達障害という言葉が関与する全ての事象に当てはまるものではないと思うのですが。
――特に精神科医時代のご経験が大きいのでしょうか。
山科先生:そのように思います。統合失調症の治療をやっている中で、1990年代後半頃から、統合失調症に見えるが実は高機能自閉症、という事例に出合うことが何度かあり、学会報告をしていました。しかし当時はあくまで統合失調症の治療という視点から、「似て非なるもの」を鑑別する、という発想に止まり、発達障害に関心をシフトすることはありませんでした。
よりインパクトがあったのは、精神科医の衣笠隆幸生が2004年に「重ね着症候群」として、パーソナリティ障害のベースに軽度の発達障害がある1群の報告をしたことです。精神療法に関心を寄せ実践もしていた身として、思い当たる事例がたくさんあったのです。さらに、2008年以降、精神科医の中安信夫先生が初期統合失調症と誤診していた発達障害の事例について報告するようになりました。これにも私は衝撃を受けました。
――インパクトがあったとは、具体的にどういうことでしょうか。
山科先生:自分がこれまで出会った患者さんを思い返してみると、発達障害的な特徴を有する人について、それなりに思い当たったのです。しかし、当時は発達障害の診断はなされていませんでした。それらの人たちの診断は正しかったのだろうか、患者さん達のことを私はちゃんと理解できていたのだろうか、と不安になりました。考えを進めていくにつれ、発達障害をほかの診断基準と同じ水準の診断概念として扱って良いのか、徐々に疑問に思い始めました。これが、2010年ごろまでに私が経験したこと、考えていたことです。
発達障害の診断は、医学的な手続きだけに拠ってできるものではありません。常に、その人とその人を取り巻く環境との関係性を見ることになります。とりわけ、日本社会は発達の特性を有する人にとっては生きづらい社会です。
「障害は社会の側にある」ことを忘れず、「障害」という言葉に押しつぶされることなく、自己と社会との関係性を多角的に捉えていくことが、発達の特性を有しながら生きていく人には必要なのではないかと私は思います。またその思想は、精神科医も含めて支援する側にも必要なことだと思っています。
――発達障害との出合いが、山科先生ご自身の大きな転機となったのですね。
山科先生:私は発達障害というものに出合ったことで、精神医学の診断基準も、世の中の常識も、絶対的なものではなく相対化して見るようになりました。それまで信奉していた価値観を捨てる作業は、けっして簡単なことではなく、今も何かの折に自分の中で矛盾を抱えていることに気づかされることがあります。
もちろん、私は自分の考え方を声高に主張するつもりは全くなく、最終的に辿り着くところは一人ひとり違っていて良いと思います。ただ、発達障害と関わるということは、さまざまな側面で自分の価値観を問われることになるのではないかと、思っています。
活動をまとめた新刊『キャンパスにおける発達障害学生支援の新たな展開』
――出版までの経緯について教えてください。
山科先生:中央大学の学内公募に手を挙げて大学生の発達障害に関する共同研究を始めたのが2012年度でした。本書の中で紹介されている障害学生支援を担う専門職=キャンパスソーシャルワーカー(以降、CSW)を、学内の競争的資金によって初めて採用したのが2014年、その後紆余曲折を経て、2022年度には中央大学全体では6名のCSWを配置するまでになりました。
来年にはさらに2名の増員が決まり、中央大学の全学部にCSWが配置されることになりました。どうにか仕事にひと区切りが着いたところで、これまでの活動を振り返り、本にまとめようということになりました。
山科先生:中央大学の学内公募に手を挙げて大学生の発達障害に関する共同研究を始めたのが2012年度でした。本書の中で紹介されている障害学生支援を担う専門職=キャンパスソーシャルワーカー(以降、CSW)を、学内の競争的資金によって初めて採用したのが2014年、その後紆余曲折を経て、2022年度には中央大学全体では6名のCSWを配置するまでになりました。
来年にはさらに2名の増員が決まり、中央大学の全学部にCSWが配置されることになりました。どうにか仕事にひと区切りが着いたところで、これまでの活動を振り返り、本にまとめようということになりました。
――紹介されている支援例の中から一つ、挙げていただけますか。
山科先生:私が担当した、共同研究を始めて間もない時期でCSWもいなかったころの事例です。入学後に1年次の基礎科目でつまずいて卒業の見通しが全く立たなくなっていた学生さんがいました。
親御さんは困り果て、学科の先生方も事務職員もどう支援して良いのか分からず途方に暮れているようでした。ご本人にお会いしてみると、いわゆる二次障害が酷く、深い絶望感を抱えている人でした。
最初の1年は、休学した上で面談を継続し、関係性づくりだけに費やしました。絶望感からの回復には、成功体験を実感していただくことも必要です。そのため、翌年からは少しずつ基礎科目の単位取得から勉学に復帰しましたが、この過程では事務職員の力を大いに借りることになりました。同じ領域の科目群の中でどの科目・どの先生なら単位取得をしやすいかとか、基礎科目と応用科目の順番を考慮し無理のない履修計画を立てるといったことを、本人を含めて関係の事務職員が学期ごとにミーティングを開いて確認しました。遮音のためのヘッドホン装着など初めての支援策については、各教員の理解を得られるよう個別の折衝を重ねました。
――じっくり時間をかけて支援を続けられたのですね。
山科先生:そうですね。最終的に入学から7年半かけて卒業し、障害者枠で一般企業に就職しましたが、この過程で、発達の特性がある大学生の支援のためには、心理的な関与、精神医学的なアセスメント、そして何より関係者の理解を得ていくためのソーシャルワークが必須だということが分かりました。
その経験から、アクティビティの高い心理職を学部事務室に配置してソーシャルワーク的な役割を担ってもらう、という支援の方法に辿り着きました。具体的には、「発達障害に関する精神医学の知識を運用できるだけでなく、学生の困りごとを具体的に把握できる面接を行う能力があり、かつフットワークが軽く多職種連携ができる人」というイメージを持ちました。そして、呼称をキャンパスソーシャルワーカーに決めたのです。
山科先生:私が担当した、共同研究を始めて間もない時期でCSWもいなかったころの事例です。入学後に1年次の基礎科目でつまずいて卒業の見通しが全く立たなくなっていた学生さんがいました。
親御さんは困り果て、学科の先生方も事務職員もどう支援して良いのか分からず途方に暮れているようでした。ご本人にお会いしてみると、いわゆる二次障害が酷く、深い絶望感を抱えている人でした。
最初の1年は、休学した上で面談を継続し、関係性づくりだけに費やしました。絶望感からの回復には、成功体験を実感していただくことも必要です。そのため、翌年からは少しずつ基礎科目の単位取得から勉学に復帰しましたが、この過程では事務職員の力を大いに借りることになりました。同じ領域の科目群の中でどの科目・どの先生なら単位取得をしやすいかとか、基礎科目と応用科目の順番を考慮し無理のない履修計画を立てるといったことを、本人を含めて関係の事務職員が学期ごとにミーティングを開いて確認しました。遮音のためのヘッドホン装着など初めての支援策については、各教員の理解を得られるよう個別の折衝を重ねました。
――じっくり時間をかけて支援を続けられたのですね。
山科先生:そうですね。最終的に入学から7年半かけて卒業し、障害者枠で一般企業に就職しましたが、この過程で、発達の特性がある大学生の支援のためには、心理的な関与、精神医学的なアセスメント、そして何より関係者の理解を得ていくためのソーシャルワークが必須だということが分かりました。
その経験から、アクティビティの高い心理職を学部事務室に配置してソーシャルワーク的な役割を担ってもらう、という支援の方法に辿り着きました。具体的には、「発達障害に関する精神医学の知識を運用できるだけでなく、学生の困りごとを具体的に把握できる面接を行う能力があり、かつフットワークが軽く多職種連携ができる人」というイメージを持ちました。そして、呼称をキャンパスソーシャルワーカーに決めたのです。
支援者は「孤立しない」ことが大切
――学生支援に携わる人たちへの願いは何でしょうか。
山科先生:学生本人が支援を求めてくるのを待っていては、効果的な支援体制は作れません。具体的にはその組織に応じたやり方があるのだと思いますが、困っている学生に、少しだけ「おせっかい」する教員と、それに呼応する事務職員、そして大学生の成長に「伴走」することを喜びと感じるような支援員がいてくれることを、私は願っています。
ただし、発達の特性は百人百様です。診断名で支援の内容が決まることはありません。全て個別のオーダーメイド支援になります。「この学生さんにはこういう支援が望ましい」ということをその都度考え、当事者を含めて話し合い、関係者でコンセンサスを作り上げていく必要があります。
――支援は連携が重要なのですね。
山科先生:そうですね。発達の特性を有する学生への支援は、教員であれ専門職であれ、ひとりの努力で完遂することはあり得ません。多くの関係者が、支援に関する全体的な理念も、個別の学生の理解についても、共有することが必要です。孤立せずに、「話の通じる仲間を増やしていくこと」は、支援者にも必須なことだと思います。
――この本を、どのように役立ててほしいとお考えでしょうか。
山科先生:大学で発達の特性を有する学生の支援に関わっている方を主たる読者として想定していました。支援の方法は、大学によって異なって当然であろうと思いますが、私たちの方法の背後にある思想については、どの大学であっても通底するものではないかと思います。
手前味噌にはなりますが、「発達障害とは何か」「診断とはどういうものか」ということについて、私なりに考えてきたことを自分の分担した第6章で記述しました。そこも含めていくつかの章は、当事者の親御さんにもお読みいただける内容になっていると思っています。
執筆/LITALICO発達ナビ編集部
山科先生:学生本人が支援を求めてくるのを待っていては、効果的な支援体制は作れません。具体的にはその組織に応じたやり方があるのだと思いますが、困っている学生に、少しだけ「おせっかい」する教員と、それに呼応する事務職員、そして大学生の成長に「伴走」することを喜びと感じるような支援員がいてくれることを、私は願っています。
ただし、発達の特性は百人百様です。診断名で支援の内容が決まることはありません。全て個別のオーダーメイド支援になります。「この学生さんにはこういう支援が望ましい」ということをその都度考え、当事者を含めて話し合い、関係者でコンセンサスを作り上げていく必要があります。
――支援は連携が重要なのですね。
山科先生:そうですね。発達の特性を有する学生への支援は、教員であれ専門職であれ、ひとりの努力で完遂することはあり得ません。多くの関係者が、支援に関する全体的な理念も、個別の学生の理解についても、共有することが必要です。孤立せずに、「話の通じる仲間を増やしていくこと」は、支援者にも必須なことだと思います。
――この本を、どのように役立ててほしいとお考えでしょうか。
山科先生:大学で発達の特性を有する学生の支援に関わっている方を主たる読者として想定していました。支援の方法は、大学によって異なって当然であろうと思いますが、私たちの方法の背後にある思想については、どの大学であっても通底するものではないかと思います。
手前味噌にはなりますが、「発達障害とは何か」「診断とはどういうものか」ということについて、私なりに考えてきたことを自分の分担した第6章で記述しました。そこも含めていくつかの章は、当事者の親御さんにもお読みいただける内容になっていると思っています。
執筆/LITALICO発達ナビ編集部
新刊『キャンパスにおける発達障害学生支援の新たな展開』
<目次>
・第1部 キャンパスソーシャルワーカー導入の経緯
第1章:キャンパス内での支援のかたち―キャンパスソーシャルワーカー(CSW)の学内配置に焦点を当てて
・第2部 理論・研究編
第2章:精神医学的観点からみた大学生の発達障害、第3章:発達障害のある大学生の課題と支援のあり方をめぐって―外国語教員の視点から、第4章:発達障害当事者からみた「自己」をめぐる問題、第5章:発達障害特性を有する大学生の“自己治療”としてのインターネット依存―一般大学生のアンケート調査から
・第3部 臨床実践編
第6章:発達障害特性を有する大学生の自己理解に寄与する支援のあり方、第7章:学生の成長に寄与する支援者の関わり―理工学部CSWとして7年間を振り返る、第8章:キャリア支援と自己理解―法学部キャンパスソーシャルワーカーとして5年間を振り返る
・第1部 キャンパスソーシャルワーカー導入の経緯
第1章:キャンパス内での支援のかたち―キャンパスソーシャルワーカー(CSW)の学内配置に焦点を当てて
・第2部 理論・研究編
第2章:精神医学的観点からみた大学生の発達障害、第3章:発達障害のある大学生の課題と支援のあり方をめぐって―外国語教員の視点から、第4章:発達障害当事者からみた「自己」をめぐる問題、第5章:発達障害特性を有する大学生の“自己治療”としてのインターネット依存―一般大学生のアンケート調査から
・第3部 臨床実践編
第6章:発達障害特性を有する大学生の自己理解に寄与する支援のあり方、第7章:学生の成長に寄与する支援者の関わり―理工学部CSWとして7年間を振り返る、第8章:キャリア支援と自己理解―法学部キャンパスソーシャルワーカーとして5年間を振り返る
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