行政がやらないなら民間で!『保育園に心理士がやってきた』京都の保育園の挑戦【編著者インタビュー】

ライター:発達ナビBOOKガイド
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クリエイツかもがわ
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京都にあるみぎわ保育園は、全国でも珍しい「心理士(臨床心理士、公認心理師)がいる保育園」です。「保育園で常勤の心理士を雇用」、言葉にするのは簡単ですが、実現までにはたくさんの試行錯誤がありました。その記録が書籍『保育園に心理士がやってきた 多職種連携が保育の質をあげる』(クリエイツかもがわ,2023)です。
今回は著者の一人、社会福祉法人美樹和(みぎわ)会顧問の塩谷索さんにインタビュー。発達が気になる子どもを育てる保護者に向けたメッセージなど、塩谷さんの思いとともに本書をご紹介します。

異業種での経験を保育園経営に活かして

美樹和会の創設は1977年。今年、開園47年目を迎える同会のみぎわ保育園(1978年開園)は、地元の多くの子どもたちが卒園し、卒園児が親となってその子どもを預けるという、世代を超えた子育て支援を行ってきました。

現在7施設があり、700名ほどの子どもが在籍する美樹和会の経営を、塩谷索さんが継いだのは2015年。その前の塩谷さんは、独立行政法人国際協力機構(JICA)の職員としてカンボジアやタンザニアなどの開発途上国に赴任していました。「前職は、途上国の社会経済の発展のため、その前に立ちはだかるさまざまな問題を解決することがミッションでした。私はお金のために仕事することはなく、誰かの問題解決に自分の力を注ぐことを考えてやってきました。仕事は人に与えられるものではなくて、自分でつくるもの」と言います。

そんな塩谷さんも初めから保育園に心理士を導入することを考えていたわけではありません。今の時代に合った、人の役に立てるような保育園経営の形を模索する中で起こった「ある出来事」が、心理士導入のきっかけとなったそうです。それは、自閉スペクトラム症の傾向が強いお子さんの入園を受け入れることができなかったこと、でした。
『保育園に心理士がやってきた 多職種連携が保育の質をあげる』
『保育園に心理士がやってきた 多職種連携が保育の質をあげる』
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自閉スペクトラム症の傾向が強い子どもをクラスに迎え入れ、その子の個別支援をしながら集団生活での活動にも参加できるようにするという知見が、そのときの中京みぎわ園にはなかったからです。私が知る限りの情報(児童発達支援事業所を併設していて発達支援に強みをもつ市内の保育園や、療育施設で評判のよいところ等)をお伝えするのが精いっぱいでした。
(24-25ページより)
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4863423624
「この子にはできるだけ早く、ほかの子どもといっしょに過ごせる環境を与えたいんです」というお母さまの願いに応えられなかった無力感(25ページ)があった、とも書かれています。

では、どうすればいいのか。今の自分に何ができるのか。塩谷さんは悩み続けました。

京都市の認可保育園には年に約2回の心理士による巡回相談制度がありますが、それだけでは日々の子どもへの支援を十分に行えないと、塩谷さんは感じていました。また、そこで支援が必要そうだと分かったとしても、そこからアセスメントがなされ、療育機関などその子にとって適切な支援に繋がるまでには長い時間がかかります。とはいえ、乳幼児期は子どもの発達上非常に重要な時期で、ただ待っているわけにはいきません。だったら行政任せにしないで、保育園に心理士を置き、自園でできる発達支援を強化すればいい、と塩谷さんは決意します。

2018年には、塩谷さんの考えや想いに共感する心理士との出会いがありました。それから二人で、保育園における心理士の役割とは何なのかを考え、試行錯誤する日々を送ります。
「(心理士が)せっかく保育園にいるのだから、私たちがめざすべきは、療育機関につながるまでのつなぎの支援(個別療育など)ではなくて、日々おこなっている保育そのものの質の向上では?」
はじめは心理士が、保育園で要支援児に対する療育的なかかわりを行うことを想定していましたが、その考え方自体も変化していきます。心理士が主体となるのではなく、保育士が日々行う保育自体の質を上げていくという方向に転換していったのです。
(55ページより)
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4863423624
「要支援児が療育機関につながるまで、保育園で実施する療育」の比重を低め、かわりに「いまのみぎわの保育のなかに含まれている療育的な要素を抽出し、保育士の誰もが日々わかりやすく実践できるような提案をおこなう」という活動を重視するようになりました。
(56ページより)
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4863423624
『保育園に心理士がやってきた 多職種連携が保育の質をあげる』56ページより
『保育園に心理士がやってきた 多職種連携が保育の質をあげる』56ページより
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この方向を目指すならば、保育士と心理士との職種間の連携が重要になってきます。では、そのような多職種連携をどのように機能させていけばいいのでしょうか。

必要だったのは保育士と心理士、お互いの専門性への理解と歩み寄り

編著者:塩谷索さん/社会福祉法人美樹和会 顧問
編著者:塩谷索さん/社会福祉法人美樹和会 顧問
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LITALICO発達ナビ編集部(以下――):こうして美樹和会の新しい保育の形がスタートしたのですが、2つの専門領域を「すり合わせ」することは容易ではなかったのではないでしょうか。
塩谷索さん(以下:塩谷)保育士は現場での実践が得意です。でも、実践記録を残し、うまくいった事例、うまくいかなかった事例を分析して、その要因を推定し、発達段階に合わせた遊びの取り入れ方につなげていくといったサイクルを保育士だけで回していくのは難しい面もありました。
一方、言語化や体系化を比較的得意とする心理士は、心理学という専門性に基づいてアセスメントを行い、根拠をもって有効な関わり方を提案することができます。

実際の現場では、人対人のことなのでそれぞれの専門性を尊重し、理解し、協働関係をつくりあげていく過程には大変なこともありました。その中で今も一番大切にしているのは、心理士の専門性とか正しさといったものを押しつけないということ。幸い、うちの心理士チームには、『これが正しいので、このように関わってください』と押しつける人はいませんでした。
左から顧問の塩谷索さん、理事長の関谷奈月さん、心理士の吉田かけるさん、心理士の藤原朝洋さん(86ページから)/社会福祉法人美樹和会
左から顧問の塩谷索さん、理事長の関谷奈月さん、心理士の吉田かけるさん、心理士の藤原朝洋さん(86ページから)/社会福祉法人美樹和会
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――心理士が保育士とタッグを組んでどのように活躍していける現場になっていったという過程は、本書に詳しく書かれていますが、実際にうまく歯車がかみ合っていき始めたのはどういうきっかけからだったのでしょうか。

塩谷:初めからいきなり、保育士全員が心理士のいる環境を活用できたわけではありません。
まず、『こういう質問をしたらどう答えるんだろう』と、興味津々に心理士に話しかける保育士が出てくるわけです。たとえば集中できない子がいたとして、それが環境的な要因によるものなのか、保育士の説明の仕方の問題か、もしくは子ども自身がほかの園児たちと関わることが苦手なのか。どんなベテランであっても、保育士はいろいろと悩んでおり、そういう一人の保育士が、心理士に相談し始めます。心理士も熱心にその質問に応じたり、保育現場に入って見立てをしたり、保育士とともに考えた有効と思われる関わり方を試したりしていく中で、両者の専門性への相互理解だったり連携体制が少しずつできていくのです。
■本書の中で、実際にクラスの中に入って子どもたちを見続ける心理士・吉田かけるさんもこう書いています。
私には心理・発達の専門知識があっても現場での子どもとのかかわりに関しては素人であることを素直に認め、保育士から学ぶことを改めて心がけました。
クラスに入ったあとは、子どもとのかかわりでうまくいかなかったことがたくさん出てきます。そのつど、正面からその担当の保育士に相談すると「子どもと遊び込むことの大切さ」「子どもを監視するのではなく遊びながら見守るにはどういう視点・テクニックが必要か」「子どもが成長した瞬間を保育士はどうやって見極めるか」など、数えればきりがないほどの学びを得られることに気づいたのです。
(67ページより)
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4863423624
人と人との関係性を築いていくのは、どんな場面でも相手に興味をもって接することから始まります。呼びかけがあって応答があり、対話しながら関係性をつくり上げていくという地道な行程(プロセス)を日々積み重ねることで、今の新しい保育を志向する美樹和会ができあがっていきました。

保育士と心理士とが、それぞれの専門性の殻にこもって棲み分けするのではなく、学びあってお互いの専門性を混ぜ合わせていく。保育士は心理士のものの見方を習得して「心理士っぽい保育士」になっていき、心理士は保育士の子どものまなざしや関わり方、遊びの展開手法を身につけ、「保育士っぽい心理士」になっていく。これが多職種連携の醍醐味だと塩谷さんは言います。

どうか自信をもって育児を楽しんでほしい。そのために頼れる・甘えることができる保育園や療育施設がある

編著者:塩谷索さん/社会福祉法人美樹和会 顧問
編著者:塩谷索さん/社会福祉法人美樹和会 顧問
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――こんな保育園が近くにあったら、ぜひ子どもを入園させたいと思うところですが、現実には全国各地でどこでも、というわけにはいきません。実際に多くの保護者と関わっていらっしゃる塩谷さんとしては、保護者はどうしたらいいと感じていますか。

塩谷:各自治体、地域にはいろいろな支援制度があるでしょうし、周りを見渡せばきっと多様なサポーターがいると思います。そういう人や制度を積極的に探して使ってほしいと願います。そして、サポーターを複数見つけたとしたら、そのサポーター同士の連携を強めることを意識してみてはいかがでしょうか。たとえば療育機関で言われたことを保育園に伝える、保育園や家庭での普段の様子を療育機関に伝える。サポーター同士が力を合わせるには、保護者の方が支援のハブ(重要な中継地点)になってくださることが欠かせません。そうなれば、主役となる子ども自身にとってプラスに働くケースが多いと私は思うのです。

保護者の中には、子育てに自信を喪失してしまったり、ご自身を過度に責めてしまったりする方がいらっしゃいます。美樹和会ではそうした方々に担任の保育士や、必要に応じて心理士が面談の機会を設けるのですが、相手と向き合う際の基本的な態度として、「保護者こそ子どものいちばんの専門家」として接することを大切にしています。
子どもはその保護者の子どもであって、家庭ごとに育て方に関する想い、教育方針があります。それを最大限に尊重して、保育園はその良き伴走者であれ、という方針です。
たしかに保育士も心理士も子どもについての専門家ではありますが、保護者の方に対して上から目線でアドバイスをするのではなく、家庭で抱えておられる困り事を受け止めたうえで、その課題が少しでも解決できるように、保育園での子どもへの対応を工夫したり、保育園での子どもの様子を共有したり、ご家庭での育児に役立てられるようにしています。

今はインターネットやSNSからさまざまな情報を得られる反面、膨大な情報の中でいま本当に自分に必要なものを取捨選択するのが難しくなっている時代でもあります。間接情報を得れば得るほど、不安が募るということもあるかもしれません。ですが、子どものそばにずっと一緒にいるのは保護者の方ですし、保育園や療育機関にもその子と実際に関わって、直接情報を持っています。保護者の方には自信をもって頼ってくださいと言いたいですし、甘えてほしいと思います。

頼れる伴走者を見つけて、自分だけで抱え込まないことによって、余裕をもった子どもへの関わりができるようになると思います。これは、支援が必要な子どもだけではなく、定型発達の子どもの保護者の方にとっても同じです。
今は大変に思えても、子育て期間は気づくとどんどん過ぎ去っていきますし、ずっと続くわけでもありません。だからこそ、今の子育て期間をできるかぎり楽しんでいただきたいと願っています。楽しむためには余裕が必要ですし、そのためにできることのひとつが、保育園心理士の導入による発達支援の強化、保護者の方への発達相談の充実化でした。

保護者の方は保育園にお迎えに来られると、いつも自分の子どもを見ている心理士が園内にいるので、「今日、保育園ではどうでしたか? うちの子。家ではこんな様子で……」と、気軽に発達相談ができます。そうした環境をつくることで、子育てへの安心感や意欲・自信を少しでも高めることができているのだと思っています。
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各パートの扉絵には、みぎわ園の子どもたちの普段の姿が。(172-173ページより。撮影は©︎長嶺愛)
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まとめ

この本に登場するのは、顧問である塩谷さんだけではありません。心理士・吉田かけるさん、言語聴覚士・塩谷晴代さん、心理士・藤原朝洋さん、栄養士・鎌倉エリナさん、作業療法士・尾崎将充さん、そして保育士の方々。子どもたちの保育に携わるさまざまな専門性を兼ね備えた人々が登場する書籍『保育園に心理士がやってきた 多職種連携が保育の質をあげる』には、それぞれの専門領域から見た、保育園という場がもつ可能性について語られています。

塩谷さんがこの本を書いたのは、「保育園に心理士を導入する」という取り組みが全国に広がってほしいという願いからだそうです。心理士を保育園に導入する経営メソッドについてのセミナー活動もされています。保育園に看護師や栄養士といった専門家が関わることが当たり前になったように、心理士が関わることが当たり前になる日を目指されています。

子ども一人を育てるには村一つが関わる必要がある、というのはアフリカのことわざ。専門家も保護者も、また地域の人々も、多くの目と手が関わり、連携することによって、障害があってもなくても、子どもをみんなで受け入れて育てていく社会を実現する。その方法の一つを、この本は提示してくれています。
執筆/関川香織
撮影/鈴木江実子

編著者について

塩谷 索(しおたに さく)
社会福祉法人美樹和会 顧問
1980年、京都府宇治市生まれ。洛星中学・高等学校、慶應義塾大学を経て、東京大学大学院総合文化研究科修了。2007年から国際協力機構(JICA)に勤務し、アフリカのタンザニアで農業開発の支援等に従事。2015年にアフリカから京都に戻り、保育園を経営する家業を事業承継。理事長在任中から、保育で現場を牽引できるリーダーがトップになり、それを経営面で補佐する専門集団がいる体制をめざしたいと考える。経営改革が一段落した2023年、理事長職を職員に委ねて、自身は顧問に就任。現在は経営企画室の職員と共に働き、法人経営に関するアドバイスを行っている。


吉田 かける(よしだ かける)
社会福祉法人美樹和会 心理・リハビリチーム副主任
1991年、京都府生まれ。帝塚山大学大学院心理科学研究科前期博士課程修了(心理学修士)。臨床心理士、公認心理師、放課後児童支援員。児童相談所、精神保健福祉センター、重症心身障害児(者)医療施設を経て、現在、美樹和会心理・リハビリチームの副主任を務めつつ、保育園における発達支援の強化、心理士と保育士の連携手法の全国普及をめざしている。

藤原朝洋(ふじわら ともひろ)
社会福祉法人美樹和会 心理・リハビリチーム主任
1981年、福岡生まれ。九州大学大学院人間環境学府博士後期課程単位取得後満期退学。臨床心理修士(専門職)。著書(共著)『臨床動作法の実践をまなぶ』(新曜社)。臨床心理士、公認心理士、保育士。九州共立大学、徳島大学、大阪教育大学を経て、現在、美樹和会心理・リハビリチーム主任、大阪公立大学非常勤講師を務める。
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(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。

神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。

※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。

ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。


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