2歳で自閉症の診断。発語も身辺自立も遅れ…「小学校に入れるの?」途方に暮れる私を勇気づけた言葉
ライター:海乃けだま
2歳半でASD(自閉スペクトラム症)と診断されたわが家の息子。2歳半から療育園に通い、年長の年に地域の幼稚園へ転入を経て、この4月から小学校の特別支援学級に通っています。今回は小学校へ進学するまでのお話をさせていただきます。
監修: 新美妙美
信州大学医学部子どものこころの発達医学教室 特任助教
2003年信州大学医学部卒業。小児科医師として、小児神経、発達分野を中心に県内の病院で勤務。2010年信州大学精神科・子どものこころ診療部で研修。以降は発達障害、心身症、不登校支援の診療を大学病院及び一般病院専門外来で行っている。グループSST、ペアレントトレーニング、視覚支援を学ぶ保護者向けグループ講座を主催し、特に発達障害・不登校の親支援に力を入れている。
多様な子育てを応援するアプリ「のびのびトイロ」の制作スタッフ。
就学先って選べるの?右も左も分からず、目の前のことに精一杯だった3歳半まで
この春から小学校に通う息子は2歳半でASD(自閉スペクトラム症)と診断されました。診断当時は喃語混じりの単語を話すのみで、目線も合わず、指さしもしなかった息子……藁にもすがる思いで駆け込んだ保健センターの発達相談で、息子の発達に応じた細やかな支援をしてくれる療育園を紹介してもらいました。2歳半で母子通園クラスに通いはじめた当時は、クラスの中で息子が最年少でした。
1歳手前だった娘も連れての通園は、体力的にも精神的にも大変でしたが、いつも優しく迎えてくれる療育の先生方に励まされ、なんとか1年間通うことができました。療育を受けるうちに、息子は3歳目前で2語文・3語文と言葉も出てくるようになり、衣服の着脱も少しずつできるようになってきていたものの、まだまだ身の回りの自立はできていませんでした。そのため、地域の幼稚園に年少で入園することは難しいだろうと考えていたので、母子通園クラスの担当の先生とも何度か面談をして相談した結果、翌年は療育園の単独通園クラスに通わせてもらうことにしました。
当時は、就学先のことは全くイメージがわかず……というか、やっと言葉が出るようになってきたものの、話も一方通行で食事もほぼ手づかみ、衣服はズボンを履くのがやっとな息子を目の前にして、「この先、この子はどうなっていくんだろう?地域の小学校に行けるのか?行けなかったらどこに行けばいいの?」と"右も左も分からず不安だけど何をしたらいいのか分からない"状態でした。
1歳手前だった娘も連れての通園は、体力的にも精神的にも大変でしたが、いつも優しく迎えてくれる療育の先生方に励まされ、なんとか1年間通うことができました。療育を受けるうちに、息子は3歳目前で2語文・3語文と言葉も出てくるようになり、衣服の着脱も少しずつできるようになってきていたものの、まだまだ身の回りの自立はできていませんでした。そのため、地域の幼稚園に年少で入園することは難しいだろうと考えていたので、母子通園クラスの担当の先生とも何度か面談をして相談した結果、翌年は療育園の単独通園クラスに通わせてもらうことにしました。
当時は、就学先のことは全くイメージがわかず……というか、やっと言葉が出るようになってきたものの、話も一方通行で食事もほぼ手づかみ、衣服はズボンを履くのがやっとな息子を目の前にして、「この先、この子はどうなっていくんだろう?地域の小学校に行けるのか?行けなかったらどこに行けばいいの?」と"右も左も分からず不安だけど何をしたらいいのか分からない"状態でした。
単独通園クラスの担任の先生の力強い一言に背中を押された日
ここで単独通園クラスの担任の先生を紹介したいのですが……とても元気でハキハキしていて、息子のハイテンションなおふざけにも乗ってくれて、でもキチンと締めるところは締めるという女性の先生で……まーーーこの先生が息子の性格にピッタリとハマって(興奮)!!!
初めて私(母)と離れての生活に私自身不安を抱いていたのですが、単独通園に通い始めてからの息子の成長具合が凄まじく、オムツ外れに始まり、衣服の着脱・食事動作、おもちゃへの興味の幅の広がりまで、息子のできることをどんどん増やしてくれました(感動)。両親共々、完全にこの先生を信頼しておりました。
単独通園開始から半年経った頃、面談時に「ひとでくんの進学はどのように考えてますか?」と聞かれました。正直なところ、息子はできることが増えたとはいえ、同年齢の定型発達の子どもたちと比べたらまだまだできないことのほうが多かったので、当時の私は進学先についても「地域の小学校に行けたらいいけれど、そもそも息子のこの発達具合で行けるのかな?」と不安を持っていました。そこで、そのまま「地域の小学校に行けたらいいと思ってるんですが……息子の発達のレベルで行けるのか分かりません。先生はどう思いますか?」と先生に聞いてみると、「ひとでくんなら、地域の小学校(特別支援学級)に行けると思います!いや、行くべきです!」と力強く言ってくれました。
このひとことから、私の中で『息子は地域の小学校に入学させよう!』と決心しました。
初めて私(母)と離れての生活に私自身不安を抱いていたのですが、単独通園に通い始めてからの息子の成長具合が凄まじく、オムツ外れに始まり、衣服の着脱・食事動作、おもちゃへの興味の幅の広がりまで、息子のできることをどんどん増やしてくれました(感動)。両親共々、完全にこの先生を信頼しておりました。
単独通園開始から半年経った頃、面談時に「ひとでくんの進学はどのように考えてますか?」と聞かれました。正直なところ、息子はできることが増えたとはいえ、同年齢の定型発達の子どもたちと比べたらまだまだできないことのほうが多かったので、当時の私は進学先についても「地域の小学校に行けたらいいけれど、そもそも息子のこの発達具合で行けるのかな?」と不安を持っていました。そこで、そのまま「地域の小学校に行けたらいいと思ってるんですが……息子の発達のレベルで行けるのか分かりません。先生はどう思いますか?」と先生に聞いてみると、「ひとでくんなら、地域の小学校(特別支援学級)に行けると思います!いや、行くべきです!」と力強く言ってくれました。
このひとことから、私の中で『息子は地域の小学校に入学させよう!』と決心しました。
就学先を決めたら、そこへ向かってレールづくり!
地域の小学校に就学すると決めてからは、その後は息子の周りの環境を整えることを考えて、先生と話し合いました。
息子の性格や特性(人は好き、でも距離感が分からない、怖がりな一面があり十分自信が持てないとできないが、慣れてくるとふざけてしまう、DCD/発達性協調運動症もあるため、運動面の発達もゆっくり……などなど)を考慮すると、もう1年療育の単独通園クラスで力をつけ、年長の年で地域の幼稚園へ転入したほうがいいだろう、ということになりました。
急激な環境の変化は、発達ゆっくりなタイプの子にとっては苦痛になりがちとは聞きますが、通っていた療育園は私たちが住んでいる市の隣の市にあったため、同じ校区内のお友達は1人もいませんでした。なので、小学校入学前に、地域の幼稚園のお友達に息子の特性を知っておいてもらうことは、息子も私も安心できると思いました。
息子の性格や特性(人は好き、でも距離感が分からない、怖がりな一面があり十分自信が持てないとできないが、慣れてくるとふざけてしまう、DCD/発達性協調運動症もあるため、運動面の発達もゆっくり……などなど)を考慮すると、もう1年療育の単独通園クラスで力をつけ、年長の年で地域の幼稚園へ転入したほうがいいだろう、ということになりました。
急激な環境の変化は、発達ゆっくりなタイプの子にとっては苦痛になりがちとは聞きますが、通っていた療育園は私たちが住んでいる市の隣の市にあったため、同じ校区内のお友達は1人もいませんでした。なので、小学校入学前に、地域の幼稚園のお友達に息子の特性を知っておいてもらうことは、息子も私も安心できると思いました。