【発達障害×子育て】ついに信じて手を離す時に。不登校だった息子の突然の寮生活、遠くで見守る高校3年間を終えた今思うこと

ライター:あき
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わが家の息子コチ丸は、小学3年生の時にASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)と診断されました。
そんなコチ丸も、なんとか無事に高校を卒業し、次の進路も決まりました。
高校の3年間は、中学の3年間以上にあっという間の速さでした。

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監修: 井上雅彦
鳥取大学 大学院 医学系研究科 臨床心理学講座 教授
LITALICO研究所 スペシャルアドバイザー
ABA(応用行動分析学)をベースにエビデンスに基づく臨床心理学を目指し活動。対象は主に自閉スペクトラム症や発達障害のある人たちとその家族で、支援のためのさまざまなプログラムを開発している。

突然の別れ。息子を手放すまでの母の葛藤

コチ丸は小学校を不登校で過ごし、中学受験を経て学びの多様化学校(不登校特例校)へ進みました。その後の進路は、私の本業でもあるPCグラフィックやゲームクリエーターの勉強を、通信制の高校に通いながらやっていけばいいと思っていました。ある意味、中1の頃から進路は決まっていたようなもの。目星をつけていた専門学校へ何度も体験入学に通い、先生とも顔見知りになりつつありました。

そんなコチ丸が中3のはじめ、突然「俺、北海道へ行きたい!」と言い出しました。誰も想像していなかった進路選択でした。

不登校だったコチ丸が、まさかの遠方へ!そして寮生活!

私たちは短い期間で何度か北海道の学校へ見学に行きましたが、コチ丸の決意は変わることなく、学校推薦を受け見事に合格。合格発表があった2月の半ばからは、ひたすら私は泣いて暮らすのみでした(笑)。毎朝、中学へ通うコチ丸を駅まで送り、会社に向かう車の中で泣き、帰り道もまたひと泣き。FMラジオから流れる旅立ちのメッセージを聞けば仕事中でも涙がこぼれ……。「人間ってこんなに泣けるんだな」というくらい毎日泣いて暮らしました。

いよいよ入学式前日、寮生活が始まる時。私の頭の中では心配なことばかりがぐるぐる回っていました。「家では足の踏み場もないほどぐちゃぐちゃだったのに、掃除は大丈夫かな?」「寮で先輩とうまくやれるかな。余計なこと言っていじめられたりしないかな……」「中学では学びの多様化学校(不登校特例校)ならではの配慮もあってうまくやれていたけれど、急に公立高校へ行って勉強についていけるのかな?」

一人で帰宅の途につき、半年くらいは自分の中で「いつ帰ってきたとしても、笑って迎え入れよう。また次の道を一緒に探せばいい」と言い聞かせながら過ごす日々でした。

「配慮」を手放し、信じて見守る。「待つ・祈る」という新スキル

入学式の後、先生方にはコチ丸の特性や、中学で受けていた合理的配慮(板書の代わりのタブレット活用など)についてお伝えしました。幸いなことに、担任の先生が以前、特別支援の担当をされていた経験があり、安心感もありました。

ただ、高校入学にあたっては、具体的な「配慮のお願い」はあえてしませんでした。コチ丸本人がこの厳しい環境を選んだからには、「自分だけ特別扱いはされたくない」という思いがあるはずだと受け取ったからです。まずは周りと同じようにやらせてみよう、と腹をくくりました。

私が欠かさず続けていたのは、担任の先生とのリモートでの定期面談です。希望者のみでしたが毎回時間をとってもらい、様子を聞くようにしていました。事前に特性を伝えていたこともあってか、先生もさりげなく、目を配っていただいているのが感じられました。

私の心配をよそに、担任の先生からの答えはいつも意外なものでした。「コチ丸は本当にニュートラルで、誰とでもうまくやれます。お母さんが心配していたようなことは、まったく感じられないですよ」

中学までは、授業中に寝ていたり、ぼーっと考え事をしていたりすることが多かったコチ丸。それが高校では、リーダー的な役割まで引き受けるようになり、3年生では生徒会長に。さらに、あんなに勉強嫌いだった子が「成績優秀者」として定期テストのたびに上位に入るようになったのです。これには本当に驚きました。
家から遠く離れた高校で寮生活。母の心配をよそに、うまくやれているようで……?
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好きなことが自信に。環境と特性が合致した3年間

成績が伸びたのには、いくつか理由がありました。一つは、農業高校の中でも専門的な分野に特化した学校だったため、中学までの成績がそれほど影響しなかったこと。そして最初の定期テストで本人が思っていたよりもいい成績を取れたことが、「次も頑張ろう」という大きな意欲に繋がったようです。

もう一つは、学ぶ内容がコチ丸にとって興味のあることばかりだったことです。もともと好きなことには徹底的にのめり込む特性があるため、専門科目の面白さが彼のポテンシャルを引き出してくれました。理論派なところがあるコチ丸は、それまで掛け算の九九も怪しかった状態から、数学や化学などの理数系が一気に伸びました(英語はちょっと伸び悩んだようですが……)。

それもこれも、すべてコチ丸自身が努力をした結果だと思っています。先輩の目があるからと寮の部屋を常に綺麗に整え、苦手だった文章を書くことなども、手伝ってくれる親がいない状況下で自ら考えて工夫して過ごした3年間。わが子ながら、本当に素晴らしい成長を見せてくれたと感じています。

もちろん、心配がゼロになったわけではありません。姿が見えないというのは思っていた以上に不安で、3年経ってもそれに慣れることはありません。学校の年間予定表を見ながら「今日は何をやっているのかな」と調べるのが日課になりました。

特に体調を崩し、「コロナでホテル隔離」と連絡が来た時は、生きた心地がしませんでした。昔から高熱が出ると熱痙攣になることがあったため、一人で寝ている時に痙攣でも起こしたら……近くだったら車で行けるのにと、もどかしい思いをしました。それは、親である以上、いくつになっても慣れないものなのだろうと感じています。
遠くから見守ることしかできず、歯がゆい思いも
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