【体験談】親元を離れて3年、不登校だった息子が「皆勤賞」で帰ってきた!寮生活での成長と、隠れた本音を知って

ライター:あき
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わが家の息子コチ丸は、小学3年生のときにASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)と診断されました。小学校時代の不登校から、「学びの多様化学校」の中学受験を経て、高校では寮生活も経験したコチ丸。無事に高校を卒業し、この4月、再び新たな進路先を目指して家を出て行きました。
今回は、コチ丸が親元を離れた3年間でどう変わったのか。そして、親である私が彼との生活を通じて感じた「自立の形」についてお話しします。

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監修: 新美妙美
信州大学医学部子どものこころの発達医学教室 特任助教
2003年信州大学医学部卒業。小児科医師として、小児神経、発達分野を中心に県内の病院で勤務。2010年信州大学精神科・子どものこころ診療部で研修。以降は発達障害、心身症、不登校支援の診療を大学病院及び一般病院専門外来で行っている。グループSST、ペアレントトレーニング、視覚支援を学ぶ保護者向けグループ講座を主催し、特に発達障害・不登校の親支援に力を入れている。 多様な子育てを応援するアプリ「のびのびトイロ」の制作スタッフ。

高校生活最後の2か月。久しぶりすぎて息子のことが分からない!

コチ丸は、北海道の高校を受験し、3年間学校の寮で生活することを自ら希望しました。発達障害と診断され、かつて不登校だった息子が、そこから数年も経たないうちに親元を離れ、単身で北海道へ向かう。送り出す側の親の私の心境は、誇らしさと不安が混ざった、複雑なものでした。

高校3年間のうち、コチ丸が年末年始や夏休みなどの長期休暇には帰省することもありましたし、私が北海道へ会いに行くこともありました。でもそれ以外は、ほとんど交流はありませんでした。コチ丸から自発的に連絡が来ることはほとんどありませんでしたし、私もまた、なるべくこちらから連絡を取らないようにしていました。

寮生活では、周りに同級生や同じ年頃の子どもたちが常にいます。親と仲良くする年頃でもないし、毎日の生活や課題にもきっと忙しいだろうと思っていました。
元気でやれているのなら、それでいい。必要以上に干渉しないことも、親の役目の一つだと自分に言い聞かせていました。
高校3年間は寮生活だった息子。連絡も必要最小限で……
高校3年間は寮生活だった息子。連絡も必要最小限で……
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そんな「空白の時間」を経て、高校3年生の自宅学習期間、久しぶりにコチ丸が自宅へ帰ってきました。

私の生活環境も、この3年で変化しました。一番大きな出来事は、新しいパートナーができたこと。そして彼と暮らすために、コチ丸と長年生活してきた実家を出たことでした。コチ丸とパートナーは昨年からすでに何度か顔を合わせ、前回の夏休みにもこのマンションに帰ってきてはいましたが、今回は数か月というまとまった期間です。

決して広くはない部屋に、血の繋がらない大人がいる環境で、年頃の息子が気疲れしないか……。そんな不安をよそに、コチ丸は驚くほどマイペースでした。コチ丸なりに気を遣ったりしていたところもあるのだとは思いますが、それを感じさせず、好きな時間に起きて、ゲームを好きなだけやり、部屋を好きなだけ散らかす(笑)。そんな生活を自由気ままに送っていました。

2人部屋の寮生活で培ったのか、他人のペースに巻き込まれない「適応能力」を身につけている……!と、思わず感心してしまいました。

「皆勤賞の生徒会長」が漏らした、意外すぎる本音

高校でのコチ丸は、周囲の期待を上回る活躍を見せていました。生徒会長に立候補し、皆勤賞をもらい、その代表として表彰までされたのです。

しかし、一緒に暮らす中でポツリと漏らした本音は意外なものでした。「人前で話すのはすごく緊張する」「人に興味がない」。コチ丸は、悩みとストレスでいっぱいでした。

卒業式のために北海道に戻る際、「行きたくないなー」というので「友だちに会えるのに行きたくないの?」と驚いて聞いた私に、コチ丸はこう返しました。

「もともと学校に行ってなかった人が学校好きなわけないでしょ」

私はてっきり、高校で「学校大好き人間」に生まれ変わった(笑)のかと思っていましたが、実際は違いました。学校嫌いは相変わらずのまま、彼は彼なりの大きな葛藤の中で、3年間を過ごしていたのです。
高校では「皆勤賞の生徒会長」だった息子。でも本人なりの葛藤の中で過ごした3年間だった
高校では「皆勤賞の生徒会長」だった息子。でも本人なりの葛藤の中で過ごした3年間だった
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慣れない環境は相変わらず苦手。生活のバランスを保っていたのは……

今回の帰省中、コチ丸は自動車免許の取得と、人生初のアルバイトという挑戦を詰め込んでいました。環境の変化だけでも大きいのに、そこへ新しい挑戦が重なります。少し心配でもありました。

そんな中でコチ丸が3年経っても変わらなかったこと。それは、睡眠によって生活のバランスを保っているところです。コチ丸は小さい頃から、とにかくよく眠りました。しかも深く、長く。何かをたくさん吸収した時や、脳が疲れている時ほど、眠る時間が増えます。声をかけると返事はするものの数時間起きないことも珍しくありません。

もちろん、生活リズムを整えることも大切ですが、コチ丸には疲れた脳を休ませるために睡眠は必要な時間なのではないかとも感じて、基本的には気が済むまで眠らせています。コチ丸が小さかった時には、学校にも行っていなかったこともあり、規則正しい生活を大事にして起こしてきましたが、中学に入った頃から、「自分の心身を自分で管理する力も立派な自立の一つ」と思い、本人が必要だと判断して眠っているなら、無理やり起こすことは控えるようにしました(もちろん、あまりにグータラが過ぎる時は声をかけますが、その匙加減は今でも難しいです……)。


生活のバランスをとるための長時間睡眠は相変わらず
生活のバランスをとるための長時間睡眠は相変わらず
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自動車学校は、車好きなコチ丸にとって楽しい時間だったようです。短期取得だったためスケジュールは詰まっていましたが、充実していた様子でした。一方、居酒屋でのアルバイトはまた別の意味で刺激的だったようです。働いてお金を稼ぐことの大変さを、身をもって知ったようでした。「今日はちょっと行きたくない……」とつぶやきながらも、きちんと支度をして出かけていく姿を見て、少しほっとしました。休むのなら連絡は自分でしなくてはいけません。もし本当に行きたくないのなら、自ら動いて断ることもまた自分の責任です。

コチ丸は4月からまた遠方の寮に入り、専門的な職業の講習を1年間受けます。そこでもお小遣いはアルバイトで賄うことになるでしょう。今回たまたま、知り合いの居酒屋で働かせていただきましたが、次は自分で探さなければなりません。仕事を選ぶ力、人を見る力、環境を察知する力。そうしたものを時には選択ミスをしたり失敗したりして、経験の中で身につけてくれたらと思っています。
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完璧じゃなくても、自分のペースで生活ができていればOK!

家にいるとグータラなコチ丸ですが、それでも食後に食器を片づけたり(笑)、挨拶や感謝の言葉をきちんと伝えたりなど、社会に出るために必要な力は着実に育っていると感じます。それはおそらく、母親の私から教えられたものではなく、寮に入って周りの先輩や友だちと生活していく中で身についたんだろうなと思います。親がなくても子は育つ……とはよく言ったものだなと、3年ぶりにコチ丸とじっくり過ごした時間の中で感じました。

もちろん、家での彼は決して「完璧な息子」ではありません。北海道から戻ってきた数時間後には、片づいていた部屋がゴミ溜めのようになりました。ペットボトル、脱ぎっぱなしの服……その惨状には肩を落とします。「片づけてね」と言ってから動き出すのに3日ほど時間を要するのもお約束です。寮では2人部屋で、同室の相手に合わせてきちんと片づけていたと言うので、「外ではできるのだ」と信じることにしています。家では、少し甘えているだけなのだと(笑)。

本当は、もっと厳しく教えるべきことがあったのかもしれません。でも、それをやろうと考え始めた頃には、コチ丸は北海道へ旅立っていました。3年間、親の目の届かない場所で、自分の頭で考え、人付き合いをし、生活を築いてきたコチ丸。特性を抱えながら、周りに足並みを揃えて生きるのは、想像以上に大変なことだと思います。

だから私は、コチ丸が戻ってきたときに「何時間でも眠れる居場所」を準備しておこうと思います。帰りたくなったらフラッと帰れて、話したいことだけ話し、エネルギーをチャージしてまた出ていく。そんな彼の背中を、これからもそっと押し続けていきたいです。
自立への道を歩み始めた息子にとって、「安心できる居場所」でありたい
自立への道を歩み始めた息子にとって、「安心できる居場所」でありたい
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執筆/あき

専門家コメント 新美妙美先生(小児科医)

小学校では不登校だった息子さんが、寮生活の高校時代を経て次の進路までしばらくの間帰省されていたときの変化と成長について聞かせて下さりありがとうございます。

寮生活の間はほとんど連絡も取らず、皆勤賞に生徒会長、卒業式で代表表彰とは、どれほど劇的な成長物語だったでしょうか。でも久しぶりに家に帰ってきてみたら、コチ丸くんの本質は変わっていなくて、本質は変わっていないのに高校生活はうまくやれていたという点がとてもいいなと思いました。「人前で話すのは緊張する」「人に興味ない」「学校嫌い」というのは変わらないのに、生徒会長をやってのけたということは、まさに仕事としてやりこなす責任感やまじめさの表れですね。折り合いをつける力、バランスをとる力は確実についています。無理しすぎるのは心配ですが、高校生活をやりこなしてきたというのは、適応力を身に着けられているということで、次のステップに向けても大きな自信になりますね。

また、睡眠によって生活のバランスをとっている点も非常に重要なポイントです。必要な睡眠量は人それぞれ異なります。無理に「人並み」に合わせるのではなく、自分に必要な休息を確保しながら生活を維持できていること、そしてそれでいて学校生活も成り立っていたということは、自分の状態を把握し調整する力が育っている証と言えます。この「自己調整力」を尊重する関わりは、自立を支えるうえで非常に重要です。

さらに印象的だったのは、親としての関わりの変化です。「干渉しすぎない」「戻ってこられる場所を残す」「完璧を求めない」といった姿勢は、思春期以降の支援として非常に本質的です。自立とは「親の手を離れること」だけではなく、「必要なときに戻れる安全基地を持ちながら、自分の力で生活を組み立てていくこと」とも言えます。

高校生活で成長した息子さんを、遠くで見守りつづけた期間を経て、変わったところと変わらないところを目の当たりにして、ほんの少しのドキドキと、きっと大丈夫だろうという安心感で次のところに送りだす保護者さんの目線が、とっても素敵な体験談でした。(監修:小児科医 新美妙美先生)
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https://h-navi.jp/column/article/35030962
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。

神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。

※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。

ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。

ADHD(注意欠如多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
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