「育て方のせい」実母からの心ない言葉。発達障害のわが子と自分の心を守るため、出した答えは…【読者体験談】
ライター:ユーザー体験談
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一番の理解者であってほしい実の親から、わが子の特性を否定されたら……。そんな絶望の中、子どもを守るために大きな決断をしたあるお母さんの体験談です。【発達ナビではユーザーさんからの子育てエピソードを募集中!今回は「実母との絶縁と、家族の絆」についてのエピソードをご紹介します。】
監修: 新美妙美
信州大学医学部子どものこころの発達医学教室 特任助教
2003年信州大学医学部卒業。小児科医師として、小児神経、発達分野を中心に県内の病院で勤務。2010年信州大学精神科・子どものこころ診療部で研修。以降は発達障害、心身症、不登校支援の診療を大学病院及び一般病院専門外来で行っている。グループSST、ペアレントトレーニング、視覚支援を学ぶ保護者向けグループ講座を主催し、特に発達障害・不登校の親支援に力を入れている。
多様な子育てを応援するアプリ「のびのびトイロ」の制作スタッフ。
突然突きつけられた「可哀想」の言葉と、母としての葛藤
このコラムで分かること
- 発達障害のわが子に対する「育て方のせい」という周囲からの無理解や偏見への向き合い方
- 実の親など、身近な存在からの心ない言葉でメンタルが追い詰められた際のセルフケアと相談の重要性
- 子どもの自己肯定感と未来を守るために、負の連鎖を断ち切る「心理的な境界線」や「絶縁」という選択肢
お子さんのプロフィール
長女
長男
- 現在の年齢:大学1年生(19歳)
- 診断名:ADHD(注意欠如多動症)、ASD(自閉スペクトラム症)※グレーゾーン
- 診断時期:小学1年生(6歳)
- エピソード当時の年齢:中学3年生
長男
- 現在の年齢:専修学校2年生(16歳)
- 診断名:ADHD(注意欠如多動症)、ASD(自閉スペクトラム症)※精神障害者保健福祉手帳2級
- 診断時期:小学1年生(6歳)
- エピソード当時の年齢:中学1年生
わが家には二人の子どもがいます。娘はおっとりとしていますが、以前は自己肯定感が低くパニック障害を抱えていた時期もありました。息子は多動・衝動性が強く、こだわりも人一倍。現在は二人とも自分の足で未来を切り拓こうと奮闘しています。
私が実母との関係を考え直すきっかけとなったのは、実父が亡くなった時のことでした。葬儀の際、特性ゆえにじっとしていられなかったり、パニックを起こしたりする懸念があったため、私は意を決して実母に二人の障害について打ち明けたのです。しかし、思いもかけない言葉が返ってきたのです。
「可哀想!あなたの育て方が良くなかったんじゃないの?」
実母から責められることはある程度覚悟していましたが、実際に投げかけられた言葉の威力は想像以上でした。知識として「育て方のせいではない」と分かっていても、やはり心は深く傷ついたのです。この出来事で実母の「相手の気持ちに寄り添えない」性質を痛感した私は、分かり合えない現実を受け入れ、必要なことだけを淡々と伝える道を選ぶようになりました。
私が実母との関係を考え直すきっかけとなったのは、実父が亡くなった時のことでした。葬儀の際、特性ゆえにじっとしていられなかったり、パニックを起こしたりする懸念があったため、私は意を決して実母に二人の障害について打ち明けたのです。しかし、思いもかけない言葉が返ってきたのです。
「可哀想!あなたの育て方が良くなかったんじゃないの?」
実母から責められることはある程度覚悟していましたが、実際に投げかけられた言葉の威力は想像以上でした。知識として「育て方のせいではない」と分かっていても、やはり心は深く傷ついたのです。この出来事で実母の「相手の気持ちに寄り添えない」性質を痛感した私は、分かり合えない現実を受け入れ、必要なことだけを淡々と伝える道を選ぶようになりました。
エスカレートする実母……追い詰められた私の心は限界に
しかし、実母はその後、会うたびに私を責めるようになりました。それも、夫やほかの家族の目が届かない、二人きりの瞬間に言葉をぶつけてくるのです。
「特別支援学級っていうところに通わせてるの?将来就職に影響するんじゃないの?」「全部あなたの責任よ」
そんな言葉の数々に、私のメンタルはついに限界を迎えました。地元の相談窓口へ駆け込み、心療内科での受診を勧められるほどに追い詰められていたのです。
そんな中、さらなる悲劇が起こります。中学生だった息子がパニックから児童相談所に保護され、施設へ入所することになったのです。
正月の帰省。息子を連れて行けなかった理由を正直に話した瞬間、実母は今まで見たこともないような険しい表情で、激しい口調で私を責め立てました。
「こんなことになって、あの子の人生はもうおしまいだ」と、息子の将来まで否定するような言葉をぶつけられ、私は頭が真っ白になり、言い返す言葉も出てきません。ただ震えている私の横で、当時中学3年生だった娘が、このやり取りをすべて静かに聞いていました。
「特別支援学級っていうところに通わせてるの?将来就職に影響するんじゃないの?」「全部あなたの責任よ」
そんな言葉の数々に、私のメンタルはついに限界を迎えました。地元の相談窓口へ駆け込み、心療内科での受診を勧められるほどに追い詰められていたのです。
そんな中、さらなる悲劇が起こります。中学生だった息子がパニックから児童相談所に保護され、施設へ入所することになったのです。
正月の帰省。息子を連れて行けなかった理由を正直に話した瞬間、実母は今まで見たこともないような険しい表情で、激しい口調で私を責め立てました。
「こんなことになって、あの子の人生はもうおしまいだ」と、息子の将来まで否定するような言葉をぶつけられ、私は頭が真っ白になり、言い返す言葉も出てきません。ただ震えている私の横で、当時中学3年生だった娘が、このやり取りをすべて静かに聞いていました。
娘の意外な一言に「決別」を決意
帰りの車中、後部座席で黙り込む娘を見て、私はハッとしました。
「おばあちゃんの言葉、キツかったよね。ごめんね……」
震える声で謝る私に、娘は静かに、でも力強くこう言ったのです。
「私は大丈夫だよ。それより……ママは大丈夫なの?」
胸が締めつけられました。自分だって同じ障害を抱え、未来を否定されるような言葉を聞いたはずなのに、娘は私の心配をしてくれた。娘の優しさに救われると同時に、猛烈な決意が湧き上がりました。
「私はもう、この子たちを傷つける環境に身を置いてはいけない。守れるのは、親である私たちだけだ」
私は後日、実母に電話をかけました。
「あなたの言葉は、息子だけでなく娘も傷つけた。もう、実家には行きません」
「遺産もいりません」
実母は電話口で絶句していましたが、私は迷わず電話を切りました。それは、これまでの「娘」としての自分を捨て、「母」として生きるための決別でした。
「おばあちゃんの言葉、キツかったよね。ごめんね……」
震える声で謝る私に、娘は静かに、でも力強くこう言ったのです。
「私は大丈夫だよ。それより……ママは大丈夫なの?」
胸が締めつけられました。自分だって同じ障害を抱え、未来を否定されるような言葉を聞いたはずなのに、娘は私の心配をしてくれた。娘の優しさに救われると同時に、猛烈な決意が湧き上がりました。
「私はもう、この子たちを傷つける環境に身を置いてはいけない。守れるのは、親である私たちだけだ」
私は後日、実母に電話をかけました。
「あなたの言葉は、息子だけでなく娘も傷つけた。もう、実家には行きません」
「遺産もいりません」
実母は電話口で絶句していましたが、私は迷わず電話を切りました。それは、これまでの「娘」としての自分を捨て、「母」として生きるための決別でした。