絶縁から数年。取り戻した「穏やかな日常」と、これからの希望
あれから数年が経ちました。
ある日、施設から戻った息子が「お正月、おばあちゃんの家に行かないの?」と尋ねてきたことがあります。私は家族全員を集め、あの日起こったこと、そしてなぜ今実家に行かないのかについて包み隠さず話しました。
「おばあちゃんは、あなたたちの個性を否定する言葉をぶつけてきた。お母さんは、あなたたちを守りたかったから、会わないことに決めたんだよ。孫孝行したいだろうけれど、その分、おじいちゃん(義父)に優しくしてあげてね」
話を聞いた息子は、神妙な顔でこう答えてくれました。
「僕の特性を否定されたり偏見のある目で見られるのは嫌だ。お母さんがそう選んだなら、僕は(父方の)おじいちゃんを大切にするよ」
現在、娘は「私は私でいい」と前向きになり、大学生活を謳歌して留学準備に励んでいます。息子も自分の苦手と向き合いながら、専修学校に通っています。実母との関係を断ったことで、わが家には平穏が訪れました。もちろん、心のどこかでは「親不孝な娘」という思いが消えることはありません。それでも、家族4人の結束力は、あの決断の日以来、格段に強くなったと感じています。
ある日、施設から戻った息子が「お正月、おばあちゃんの家に行かないの?」と尋ねてきたことがあります。私は家族全員を集め、あの日起こったこと、そしてなぜ今実家に行かないのかについて包み隠さず話しました。
「おばあちゃんは、あなたたちの個性を否定する言葉をぶつけてきた。お母さんは、あなたたちを守りたかったから、会わないことに決めたんだよ。孫孝行したいだろうけれど、その分、おじいちゃん(義父)に優しくしてあげてね」
話を聞いた息子は、神妙な顔でこう答えてくれました。
「僕の特性を否定されたり偏見のある目で見られるのは嫌だ。お母さんがそう選んだなら、僕は(父方の)おじいちゃんを大切にするよ」
現在、娘は「私は私でいい」と前向きになり、大学生活を謳歌して留学準備に励んでいます。息子も自分の苦手と向き合いながら、専修学校に通っています。実母との関係を断ったことで、わが家には平穏が訪れました。もちろん、心のどこかでは「親不孝な娘」という思いが消えることはありません。それでも、家族4人の結束力は、あの決断の日以来、格段に強くなったと感じています。
「自分と子どもたちの心を守るための選択」は、間違いではないと信じて
親族と縁を切ることは、決して手放しで推奨できることではありません。私自身、今でも「正しかったのか」と自問自答することがあります。でも、もしこれを読んでくださっている中に、私のように周囲の心ない言葉に傷つき、自分を責め続けている方がいたならば、伝えたいことがあります。それは「自分と子どもたちの心を守るための選択は、決して間違いではない」ということです。
私は一人で決めて行動してしまいましたが、できればパートナーや専門家と話し合い、納得したうえで動くことをお勧めします。私の経験が、同じように悩む方の心を少しでも軽くするきっかけになれば幸いです。
イラスト/SAKURA
※エピソード参考者のお名前はご希望により非公開とさせていただきます。
私は一人で決めて行動してしまいましたが、できればパートナーや専門家と話し合い、納得したうえで動くことをお勧めします。私の経験が、同じように悩む方の心を少しでも軽くするきっかけになれば幸いです。
イラスト/SAKURA
※エピソード参考者のお名前はご希望により非公開とさせていただきます。
専門家コメント 新美妙美先生(小児科医)
実母の無理解に深く傷つきながら、ご自身とお子さんを守るためにされた決断について、ご経験を聞かせてくださりありがとうございます。
昭和の時代にはほぼなかった発達障害という概念は、祖父母世代に理解されにくいことが少なくありません。それでも丁寧に説明しても聞く耳を持たず、考え方を改めてもらえないとあれば、単純な世代の価値観の違いで説明できるレベルではないでしょう。最も身近な存在である親から否定の言葉を継続的に浴びせられることは、非常に強い影響をもたらします。善意や心配の形をとりながら発せられる否定的な言葉は、受け手にとっては逃げ場がなく、自己否定や強い孤立感につながることも少なくありません。
今回の体験で印象的だったのは、実母との関係において「分かり合えない相手がいる」という現実を受け入れ、関わり方を調整していかれた点です。家族であっても価値観や理解の程度には差があり、努力すれば必ず分かり合えるとは限りません。その中で「どこまで関わるか」「どこで線を引くか」を考えることは、ご自身や大切なお子さんの心を守るうえで非常に重要なプロセスです。血縁者と「距離を置く」「関係を断つ」という選択は、簡単に勧められるものではなく、葛藤を伴うものです。しかし一方で、継続的に心を傷つけられる関係の中にとどまり続けることが、子どもに深く影響する場合もあります。不要な偏見を子どもたちから遠ざけることが、子どもの自己肯定感を守るために必要なことだったともいえるでしょう。
その後、ご家族が穏やかな日常を取り戻し、それぞれが前を向いて歩まれている姿は、この決断がネガティブな「断絶」ではなく、ご家族を守るための「環境整備」の過程であったことを示しているように感じました。本当にお疲れ様でした。(監修:小児科医 新美妙美先生)
昭和の時代にはほぼなかった発達障害という概念は、祖父母世代に理解されにくいことが少なくありません。それでも丁寧に説明しても聞く耳を持たず、考え方を改めてもらえないとあれば、単純な世代の価値観の違いで説明できるレベルではないでしょう。最も身近な存在である親から否定の言葉を継続的に浴びせられることは、非常に強い影響をもたらします。善意や心配の形をとりながら発せられる否定的な言葉は、受け手にとっては逃げ場がなく、自己否定や強い孤立感につながることも少なくありません。
今回の体験で印象的だったのは、実母との関係において「分かり合えない相手がいる」という現実を受け入れ、関わり方を調整していかれた点です。家族であっても価値観や理解の程度には差があり、努力すれば必ず分かり合えるとは限りません。その中で「どこまで関わるか」「どこで線を引くか」を考えることは、ご自身や大切なお子さんの心を守るうえで非常に重要なプロセスです。血縁者と「距離を置く」「関係を断つ」という選択は、簡単に勧められるものではなく、葛藤を伴うものです。しかし一方で、継続的に心を傷つけられる関係の中にとどまり続けることが、子どもに深く影響する場合もあります。不要な偏見を子どもたちから遠ざけることが、子どもの自己肯定感を守るために必要なことだったともいえるでしょう。
その後、ご家族が穏やかな日常を取り戻し、それぞれが前を向いて歩まれている姿は、この決断がネガティブな「断絶」ではなく、ご家族を守るための「環境整備」の過程であったことを示しているように感じました。本当にお疲れ様でした。(監修:小児科医 新美妙美先生)
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
ADHD(注意欠如多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如・多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
ADHD(注意欠如多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如・多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
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