ノブコさん――創作好きの少女がTRPGを通じて人とつながっていったケース

もう一人、GMを担うようになった子のエピソードを紹介したいと思います。ノブコさん(仮名)は、中学生の頃に筆者らのTRPG活動に参加したASDの診断のある女の子です。もともと物語を考えたり書いたりすることが好きで、発想も豊かなタイプでしたが、自分の話したいことを一方的に話したり突然思いついたことを喋り出したりすることも多く、周囲とコミュニケーションがかみ合いにくい場面もありました。

その後、高校時代は文芸部に入部したのですが、そこにTRPG好きの先輩がいて、文芸部でもTRPGを遊ぶようになりました。ある時筆者に、文芸部でのTRPGが楽しいこと、手探りだけどGMも担当するようになった、という報告もしてくれました。また以前よりも人の話を聞いて話をするようになっていました。ノブコさんは、TRPGを通じて他者と交流する中で、少しずつ「自分のことだけを語る」だけでなく、「相手の反応を受けて物語を調整する」経験を重ねていったように思います。またノブコさんは、さらにオンラインでのTRPG(ネット上でチャットしながら遊ぶTRPG)にもハマり、独自のTRPG仲間のネットワークも作っていきました。また、いつの頃からか、筆者らの余暇活動の場でもGMを担当してくれるようになりました。

中学生の頃は一方的に喋ることの多いノブコさんでしたが、GMとしてTRPG初心者の質問にも丁寧に応じ、年下のプレイヤーにも柔軟に対応しながら、セッションを進めてくれていました。現在は大学に通いながら、筆者の余暇活動やオンラインの場でGMをすることを楽しみつつ、TRPGのシナリオ集やイラストをネットにアップしたり、同人誌即売会で自分で挿絵を描いたシナリオ集を頒布したりするなど、自分の「好き」を通じて社会とのつながりを広げています。

タイジさんの事例が、観察と試行錯誤を重ねながら「場を回す経験」を育んでいったケースだとすれば、ノブコさんの事例は、もともとの創作への関心が、TRPGを通して「人とのやり取りを楽しむこと」に開かれていったケースだと言えるでしょう。

カネトさん――TRPGの経験を通して、自然に他者を支えているケース

タイジさんとノブコさんのケースについて補足しますと、大切なことは「ASDなのにGMができるのはすごい」ということを言いたいのではない、という点です。むしろ重要なのは、TRPGには発達障害の有無や程度にかかわらず、参加者がコミュニケーションを楽しめるインクルーシブな「構造」があり、その中で普段なら不向きだと思われがちな役割にも取り組めること、そしてその経験を重ねる中で、本人の中に新しい関わり方や場を支える感覚が育っていることだと思います。

GMとは別の形でも、「支援される側」から「場を支える側」への動きは見られます。その一人がカネトさん(仮名)です。カネトさんは、高校生の頃からTRPG活動に参加しているASDの青年で、普段は寡黙で、日常生活では支援を受けることの多い人です。しかし、TRPGの場に入ると、淡々とした口調でキャラクターを演じ、自然に他者とやり取りをします。さらに、いつの頃からか、初めてTRPGに参加するボランティアの大学生や支援者に対して、キャラクター作成の仕方をサポートしたり、プレイする際に「最初はこうするとよいですよ」といったアドバイスもしてくれるようになりました。

TRPGは経験を積み重ねると必ずGMにステップアップしていく訳ではありません(むしろそこは大人の側が目標にしないほうがいいです)。カネトさんのようにプレイヤーとして参加しながら、経験者として初心者を支えてくれる存在にもなっていきます。

TRPGの場で起きているのは「支える/支えられる」関係の流動化

ここまで見てきたように、TRPG活動の中で起きているのは、「支援される側」が「支援する側」が固定されるわけではなく、またその関係が完全に入れ替わるという単純な逆転でもありません。むしろ、支える/支えられるという関係が、その場の状況や役割に応じて流動的に入れ替わっているのです。

GMとして活躍しているタイジさんやノブコさんは、セッションをファシリテートし、プレイヤーをエンターテイメントする立場に回っています。一方で、彼ら自身も、ほかのGMからセッション進行のコツや工夫を学び、仲間の支えを受けながら成長してきました。また、カネトさんのようなベテランプレイヤーも、日常生活では支援を受ける場面が多い一方で、ほかの参加者が困っていたら助ける側に回ることがあります。TRPGの場では、誰かが恒常的に「上」で、誰かが恒常的に「下」という関係は起きにくい、というのが筆者の経験上の見解です。

ここで注意したいのは「支援が必要なくなる」ということではありません。支援が「上から下へ一方的に与えられるもの」としてではなく、ルールや役割、人間関係といった構造が個人と集団の両方を支えている、ということです。参加している発達障害の子ども・若者も、筆者らスタッフも、活動全体を共に支えつつ、TRPGそのものを楽しんでいます。そのような環境だからこそ、必要なときにお互いがサポートし合ったりするフラットな関係が生まれやすいのだと思います。
次ページ「まとめ――フラットな関係の中で、コミュニティをつくる力が育っていく」

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