「学校楽しい!」の裏で過剰適応していた小1息子。行き渋り、母子登校…親子で選んだ「特別支援学級」への転籍【読者体験談】
ライター:ユーザー体験談
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「幼稚園より学校が楽しい!」入学当初はそう言って、毎日張り切って登校していた息子。しかし、1学期の後半から行き渋りが始まりました。当時の葛藤と、環境を変えることで息子が自分らしく過ごせるようになるまでの過程をお話しします。
【発達ナビではユーザーさんからの子育てエピソードを募集中!今回は「通常学級から特別支援学級への転籍」についてのエピソードをご紹介します】
監修: 森 しほ
ゆうメンタル・スキンクリニック理事
ゆうメンタルクリニック・ゆうスキンクリニックにて勤務。産業医として一般企業のケアも行っている(産業医のご依頼を随時受付中)。
・ゆうメンタルクリニック(上野/池袋/新宿/渋谷/秋葉原/品川/横浜/大宮/大阪/千葉/神戸三宮/京都/名古屋):https://yuik.net/
・ゆうスキンクリニック(上野/池袋/新宿/横浜):https://yubt.net/
・横浜ゆう訪問看護ステーション(不登校、引きこもり、子育て中の保護者のカウンセリング等お気軽に):https://yokohama.yuik.net/shinyoko-houkan/
お子さんのプロフィール
- 年齢: 7歳(小学1年生)
- 診断名:ASD(自閉スペクトラム症)
- 診断時期: 3歳
- エピソード当時の年齢: 7歳
- 特性: 繊細で環境変化に弱い、完璧主義で失敗を極端に恐れる
「順調」の裏に隠れた無理。家での荒れは限界のサインだった?
入学当初の息子は、毎日張り切って登校し、放課後にはクラスの子と遊ぶなど順調に見えました。しかし、昔からルールに従順な面があったため、心の中では「先生が言っているからこうしなきゃ」「本当は嫌だけど皆に合わせなきゃ」と、ずっと我慢を重ねていたのだと思います。
変化が現れたのは1学期の後半でした。登校準備を終えた後に玄関で寝転び、「毎日学校は嫌だ」と呟くようになったのです。放課後、途中まで迎えに行くと「今日も学校全然楽しくなかった」と言う日が増え、家では弟とのケンカも段々増えていきました。
変化が現れたのは1学期の後半でした。登校準備を終えた後に玄関で寝転び、「毎日学校は嫌だ」と呟くようになったのです。放課後、途中まで迎えに行くと「今日も学校全然楽しくなかった」と言う日が増え、家では弟とのケンカも段々増えていきました。
息子に話を聞くと、「最近、放課後の時間はいつも一人」「本当は友だちと遊びたいけど、自分から話しかけることができない」と教えてくれました。主治医から「この子は周りに合わせすぎてしまうから、頑張り続けるといつか疲れてしまうかもしれないよ」と言われていたのですが、本当にその通りの状態なのだと痛感しました。
深刻化する行き渋りと母子登校。先の見えない不安の中で母が感じたこと
夏休みが明けると、息子の行き渋りはさらに深刻になりました。玄関でしゃがみ込み、泣きながら「行きたくない」と言う日が増えました。親としては休ませたいけれど、このまま不登校になったら……という不安もあり、「嫌なんだね」と気持ちを受け入れながらも、「校門まででいいから、ママと一緒に行ってみよう?」「学校の近くにバッタやメダカを捕まえに行こう!」と、なんとか学校と接点を持たせるような声かけをしていました。
「教室まで入らなくていい」と分かると息子も足が動き出し、校門で先生に出迎えてもらい、お話だけして帰る日が続きました。本人は教室に入れない理由を、「ママと離れるのが悲しい」「教室がザワザワしていてつらい」「たくさんの人数だと緊張する」「意地悪する子がいるから嫌だ」と言葉で教えてくれました。
2学期は、保健室登校や母子登校をしながら先生と相談する日々でした。保健室で絵本や塗り絵をして過ごすと息子に笑顔が戻る一方で、私は「いつまでこの状態が続くのだろう」「何年間もこのままだったら」と不安に襲われ、フリースクールを調べたりもしていました。
担任の先生に相談し、特別支援学級の先生と面談した際、「居場所を変えてみるのはどうですか?最初は私と一緒に、本人の行きたい場所……通常学級でも校内のお散歩でもいいですよ。まずは学校が楽しいという気持ちを取り戻しましょう」と言っていただき、翌日から特別支援学級での母子登校が始まりました。
ただ、一日中付き添う私自身の負担も限界でした。学校でうまくいかないことがあった日の対応や、周りと比べて落ち込んでしまう日は精神的に疲れ果て、帰宅後に1時間寝込んでしまったり、家事がいつも通りにできない日もありました。それでも、「1学期はたくさん頑張ったから今はこうなっちゃった。3学期からは一人で行くよ」という息子の言葉を信じて、なんとか踏ん張っていました。
「教室まで入らなくていい」と分かると息子も足が動き出し、校門で先生に出迎えてもらい、お話だけして帰る日が続きました。本人は教室に入れない理由を、「ママと離れるのが悲しい」「教室がザワザワしていてつらい」「たくさんの人数だと緊張する」「意地悪する子がいるから嫌だ」と言葉で教えてくれました。
2学期は、保健室登校や母子登校をしながら先生と相談する日々でした。保健室で絵本や塗り絵をして過ごすと息子に笑顔が戻る一方で、私は「いつまでこの状態が続くのだろう」「何年間もこのままだったら」と不安に襲われ、フリースクールを調べたりもしていました。
担任の先生に相談し、特別支援学級の先生と面談した際、「居場所を変えてみるのはどうですか?最初は私と一緒に、本人の行きたい場所……通常学級でも校内のお散歩でもいいですよ。まずは学校が楽しいという気持ちを取り戻しましょう」と言っていただき、翌日から特別支援学級での母子登校が始まりました。
ただ、一日中付き添う私自身の負担も限界でした。学校でうまくいかないことがあった日の対応や、周りと比べて落ち込んでしまう日は精神的に疲れ果て、帰宅後に1時間寝込んでしまったり、家事がいつも通りにできない日もありました。それでも、「1学期はたくさん頑張ったから今はこうなっちゃった。3学期からは一人で行くよ」という息子の言葉を信じて、なんとか踏ん張っていました。
転籍を決意した「専門家のアドバイス」と「息子の変化」
特別支援学級の先生は、「発達特性のある子にとって、通常学級は刺激がすごく多いんです。これからは本人の行きたいほうに任せましょう」と言ってくれました。子どもの気持ちを尊重してくれる姿勢に、とても安心したのを覚えています。
また、通っている放課後等デイサービスの先生からも「大人数で緊張してしまうなら、早めに少人数クラスへの移動を考えたほうが良いかもしれませんね」とアドバイスをもらい、転籍への決心がつきました。
決定的な場面は、息子が放課後に特別支援学級のお友だちと楽しそうにコミュニケーションを取って遊んでいる姿を見た時です。少人数のほうが本当は合っているのだと確信しました。先生も、息子が気持ちを言葉にできない時にアドバイスをくれたり共感してくれたりと、一人ひとりをよく見てくださっていました。
また、通っている放課後等デイサービスの先生からも「大人数で緊張してしまうなら、早めに少人数クラスへの移動を考えたほうが良いかもしれませんね」とアドバイスをもらい、転籍への決心がつきました。
決定的な場面は、息子が放課後に特別支援学級のお友だちと楽しそうにコミュニケーションを取って遊んでいる姿を見た時です。少人数のほうが本当は合っているのだと確信しました。先生も、息子が気持ちを言葉にできない時にアドバイスをくれたり共感してくれたりと、一人ひとりをよく見てくださっていました。
本人に「大人数だと緊張してしまうなら、少人数のクラスがあるんだけど、どうかな?」と伝えると、「どうしようかなぁ。また元のクラスに戻れる?」「お試しだけ行ってみようかなぁ」と、不安を口にしつつも前向きな反応を見せてくれました。
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