ようやく息子を愛せるようになったのは診断から2年後でした

ライター:GreenDays
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誕生日を迎え、6歳になった息子。
発達障害の診断がおりたのは、4歳のときでした。

育てやすかった赤ちゃん時代から一転

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息子が初めて「ママ、大好きよ」と言ってくれた日、私は涙が止まりませんでした。

なぜなら、診断がおりてからの私と息子の信頼関係は、どんどん崩壊へと向かっていったからです。

赤ちゃんの頃は穏やかでほとんど泣くこともなく、お地蔵さんのようだった息子。

娘が1日中泣きわめく赤ちゃんだったので、なんて育てやすい子なんだろうと驚いたのを覚えています。

あまりにも静かで、うっかり息子の存在を忘れてしまうことも多くありました。

それが段々と育てにくさを感じるようになったのは、いつの頃からだったでしょうか。

・体が小さく、体幹が弱い

・身体の動かし方がぎこちない

・何度も同じ行動や発言を繰り返す

「あれ、おかしいな?」と思う項目がどんどん増え、3歳になる頃には笑って済ませられなくなってきました。

3歳児健診で「脳を調べてみましょう」と言われ、大病院でのMRI検査を受けましたが、異常は見つかりませんでした。

「残っているのは発達障害の線」ということで、K式の発達検査を受け4歳4ヶ月で自閉症スペクトラム・ADHD(注意欠如優位)・協調性発達運動障害の診断を受けました。
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発達障害の診断後、受け入れるのに5年かかりました

今思えば、虐待寸前だったかもしれない

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発達障害の可能性を示唆されてから、検査→診断と進み、すべてが終わった後、私の元には以前にも増して育てにくくなった息子と診断書が残りました。

「この子は脳の構造が違う」と頭では分かっていても、話が通じず、当たり前のことができない息子にイライラと焦りが募り、子育ての日々は私の暴言で埋め尽くされていきました。

「どうしてママの言ってることがわからないの!?」

「何度説明したと思ってるの!?」

「ママが怒ってるのがわからないの?」

「どうしていつもいつも同じことを繰り返すの!!!!!」

そんな言葉とともに、手が出ることも少なくはありませんでした。

毎回の食事に2時間以上かかり、嫌がる息子の口にスプーンを無理やり突っ込んだり、お味噌汁のお椀を投げ飛ばしたこともあります。

今なら触覚過敏で汁物に吐き気を起こしたり、味が混ざったものが食べられない息子の特性を理解することができますが、あの頃は発達障害について学ぶ時間も心の余裕もなく、ただただ疲れ果てていました。

同じ失敗を繰り返す息子を叩きながら、私のどこかで警報が鳴っていました。

このままいくと歯止めが効かなくなる。

なんとかこの手を止めなければ。

なんとかこの状況から脱しなければ・・・。

転機は私を見つめる息子の目

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そんなある日、楽しそうに遊んでいる息子を眺めていた私は、穏やかな気持ちで息子の名前を呼びました。

その時の息子の顔を、私は一生忘れられないと思います。

私に名前を呼ばれた瞬間、息子の顔から微笑みがさっと消え、無表情になって私の方を見ました。

そして、「なに?」と言って私を見た息子の目に、明らかに憎しみの感情が宿っていたのです。

「また怒られる」

「どうせ何をやってもダメ」

「ママは何も分かってくれない」

「せっかく楽しく遊んでいたのに」

「早く終わらせて」

そんな息子の声が聞こえてくるようでした。

あの瞬間、私は息子との信頼関係が完全に崩壊していることを悟ったのでした。

どうしてこんなことになったんだろう。

「どんなことがあっても、ママが必ず守ってあげるよ」と、赤ちゃんだった息子に語りかけていた私はどこへ行ってしまったの?思い通りにならなければ、子どもを愛することもできないの?そんな親にはなるまいと誓ったはずなのに・・・。

息子の信頼を取り戻したい。

ママが1番の味方だと胸を張って言いたい。

私の腕の中が他のどんな場所よりも安心できる場所だと思ってもらいたい。

もう2度と、あんな目で見られたくない。

そこからでした。

私が少しずつ変わっていったのは。
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母としてどんな存在でありたいか

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診断が下りた頃、私は息子がその特性を見せるたびに、なんとかそれを抑えようとしていたように思います。

自転車のペダルをひたすら手で回す姿にギョッとし、キャスター付きの椅子で遊べば慌てて止め、まっすぐに並べ続けられる本をみるたびに端から回収していました。

まずは、そんな息子を受け入れることから始めよう。

どうして、そんなことをするのか調べてみよう。

私の改革は、そんな小さなところから始まりました。

発達障害の本を読み、ネットでたくさんの情報を集めました。

信頼を取り戻していった日々

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失敗もたくさんありました。

上手くいかない日の方が多かった。

それでも、できないことを叱りつけるのではなく息子に合わせ、一緒に工夫して前に進むことで、少しずつ少しずつ信頼を取り戻すことができたのだと思います。

白米しか食べない息子を叱るのをやめ、おかずは小皿にほんの一口だけ用意し、食べられた時にはたくさん褒めました。

息子が泣き叫んで私の声が届かないのは、パニック状態にあるからなのだと学びました。

パニックを起こさないよう、1日の工程表を作り、時計を教え、見通しを立てて息子が穏やかに過ごせるように環境を整えていきました。

パニックに陥った時には、どうすればよいか試行錯誤を繰り返しました。

今では私と目を合わせて「あ~、ホッとした」と一緒に言うことで、一瞬で気持ちを切り替えられるようになりました。

手先が不器用でボタンも留められなかった息子が、図で説明することで1回でできるようになりました。

耳から情報を入れるよりも、目から情報を入れる方が得意だと知り、たくさんカードを作りました。

こうして発達障害の診断を受けてから2年、私はようやく息子を心から愛おしいと思えるようになりました。

そのころでした。

冒頭でのひとこと「ママ、大好きよ」と言ってくれたのは。

「僕にはお母さんがいる」と思ってもらえるように

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発達障害のある子を育てるのはとても大変です。

まだ幼い息子がこれから就学し思春期に突入したとき、どんな問題が降りかかってくるのか、想像もつきません。

それでも、1番大切なのは「息子にとって私がどういう存在であるか、どういう存在でありたいか」ということなのだと思います。

困った時には、きっと母さんが一緒に考えてくれる。

心が疲れた時には、母さんのところでゆっくり休ませてもらえる。

孤独を感じても、僕には母さんがいる、と思ってもらえる。

そんな存在を目指して、息子に合わせてゆっくりと歩いていきたいと思います。
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自分ばかりを責めていませんか?親子で自己肯定感を高めるために

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