人は、ある日突然、前に進めなくなることがあります。朝になると涙が出て、家の外へ出ることさえ重たくなって、世界との距離が少しずつ遠くなっていく。けれど、その人の中で灯が消えたわけではありません。ただ、もう一度動き出すための時間と、そばで待ってくれる誰かが必要なだけなのだと思います。
“踊りたい”と言えた日
ラフ大の就労移行支援に通ってくれている利用者さんがいます。
通い始めて、今で3ヶ月目になります。
最初にご相談をいただいたのは、約5ヶ月前のことでした。職場でうまくいかなくなり、心がズーンと沈んでしまって、なかなか家から出られない。朝になると涙がポロポロ出てしまう。
ご本人だけでなく、お母さま、お父さまも心配されていました。
そこから少しずつ関わりが始まり、実際にラフ大での時間がスタートして3ヶ月。
以前にも少しお話ししたように、薬を飲まなくても過ごせる時間が出てきた、という変化もありました。それだけでも本当に大きな一歩です。
でも今回、さらに嬉しい出来事がありました。
ラフ大では年に2回、発表会を行っています。
その利用者さんが、自分から言ってくれたのです。
「私、発表会で踊りたいです。出たいです」
しかも、それだけではありません。
「誰々先生と一緒にやりたいです」
そうやって、自分の意思を、自分の言葉で伝えることができたのです。
その瞬間、私は思いました。
めっちゃええやん。
めっちゃええやん、と。
もちろん、これから練習が始まります。実際に舞台に立つまでには、きっと緊張もあるし、不安もあると思います。
でも、「出たい」と思えたこと。
「踊りたい」と言えたこと。
「この先生と一緒にやりたい」と、自分の希望を誰かに伝えられたこと。
そこには、ものすごく大きな回復の芽があるように感じます。
働くということは、ただ作業をすることではありません。
朝起きること。人と会うこと。誰かと何かを一緒にすること。自分がそこにいてもいいと感じられること。少しでも誰かの役に立てたと思えること。
そういう一つひとつの感覚が積み重なって、やがて「働く」という場所につながっていくのだと思います。
だから、人前で何かをすることや、発表会に出たいと思うことは、単なるイベント参加ではありません。
それは、心がもう一度、外の世界に向かって手を伸ばし始めたサインなのです。
現状維持できているだけで、十分頑張っている。
これは、児童の支援でもよくお伝えしていることです。
特に、不登校だったり、引きこもりになっていたりする子たちと関わるとき、私たち支援する側が忘れてはいけないことがあります。
それは、現状維持が第一だということです。
焦らず、慌てず、諦めず。
この言葉は、簡単なようでいて、本当に難しいです。
支援者側は、つい焦ってしまいます。
「そろそろ次のステップに行けるんじゃないか」
「これもやってみたらどうかな」
「あれも経験したらいいんじゃないかな」
良かれと思って、いろいろ提案したくなることがあります。
でも、心が疲れ切っている人にとっては、その「良かれ」が重荷になることもあります。
本人の中でまだ準備ができていないときに、外から何かを押し込もうとしても、うまくいかないことが多いのです。
大切なのは、その子のペースに寄り添うこと。
一緒に歩くこと。
隣で伴走すること。
こちらが前から引っ張るのではなく、後ろから急かすのでもなく、同じ速度で横にいることです。
気持ちが整ったとき、人は自分から動き出します。
今回の「発表会に出たい」という言葉も、こちらから強く勧めたものではありません。
本人の中で少しずつ育っていた気持ちが、ある日、自分の言葉になって出てきた。
それが何より大切なのだと思います。
人は、押されて変わるのではなく、安心の中で少しずつ動き出す。
そして、その安心をつくるうえで、エンタメには大きな力があります。
エンタメというと、「ただ楽しませるもの」と思われることがあります。
楽しかったらいいやん。
盛り上がったらいいやん。
もちろん、それも大切です。
でも、ラフ大で見ているエンタメは、それだけではありません。
踊ること。歌うこと。人前に立つこと。誰かと一緒に作品をつくること。笑うこと。拍手をもらうこと。
それらは、心の活力につながっていきます。
現代社会には、心が疲れて働けなくなっている人がたくさんいます。
能力がないわけではありません。
やる気がないわけでもありません。
ただ、心のエネルギーが枯れてしまっている。
人と関わることが怖くなっていたり、失敗することが怖くなっていたり、自分はもう役に立てないと思い込んでいたりする。
そんなときに、いきなり「働きましょう」と言われても難しいのです。
まず必要なのは、心が少しでも動く経験です。
楽しいと思えること。
誰かと一緒にやってみたいと思えること。
自分から「これをしたい」と言えること。
その小さな火種が、やがて生活のリズムになり、人との関係になり、働く力へとつながっていく。
だからエンタメは、就労支援にも深く関係しています。
遊びでは終わらない。
楽しさだけで終わらない。
人がもう一度、自分の人生に参加していくための入口になるのです。
今回の出来事は、私にとっても大切な確認になりました。
支援とは、何かをさせることではない。
本人の中にある力が戻ってくるまで、信じて待つこと。
そして、その力が少し顔を出したときに、「めっちゃええやん」と心から受け止めること。
その一言で、人は少し安心できるのかもしれません。
自分の気持ちを出しても大丈夫なんだ。
やりたいと言ってもいいんだ。
前に出たいと思ってもいいんだ。
そう思えたとき、心は少しずつ外へ向かって開いていきます。
発表会の日、その利用者さんがどんな表情で舞台に立つのかは、まだわかりません。
緊張するかもしれないし、途中で不安になるかもしれない。
それでも、「出たい」と言えたその日から、もう一つの物語は始まっています。
焦らず、慌てず、諦めず。
現状維持を大切にしながら、心が動き出す瞬間を見逃さない。
その人の中にある小さな灯を、こちらの都合で急がせず、でも消えないようにそっと守る。
そしていつか、その灯が自分の足で前に進もうとしたときに、隣で一緒に喜べる人でありたいと思います。
「踊りたい」と言えたこと。
それは、ただ発表会に出るという話ではありません。
それは、もう一度この世界に向かって、「私はここにいます」と言い始めた、静かで力強い一歩なのだと思います。
“踊りたい”と言えた日
ラフ大の就労移行支援に通ってくれている利用者さんがいます。
通い始めて、今で3ヶ月目になります。
最初にご相談をいただいたのは、約5ヶ月前のことでした。職場でうまくいかなくなり、心がズーンと沈んでしまって、なかなか家から出られない。朝になると涙がポロポロ出てしまう。
ご本人だけでなく、お母さま、お父さまも心配されていました。
そこから少しずつ関わりが始まり、実際にラフ大での時間がスタートして3ヶ月。
以前にも少しお話ししたように、薬を飲まなくても過ごせる時間が出てきた、という変化もありました。それだけでも本当に大きな一歩です。
でも今回、さらに嬉しい出来事がありました。
ラフ大では年に2回、発表会を行っています。
その利用者さんが、自分から言ってくれたのです。
「私、発表会で踊りたいです。出たいです」
しかも、それだけではありません。
「誰々先生と一緒にやりたいです」
そうやって、自分の意思を、自分の言葉で伝えることができたのです。
その瞬間、私は思いました。
めっちゃええやん。
めっちゃええやん、と。
もちろん、これから練習が始まります。実際に舞台に立つまでには、きっと緊張もあるし、不安もあると思います。
でも、「出たい」と思えたこと。
「踊りたい」と言えたこと。
「この先生と一緒にやりたい」と、自分の希望を誰かに伝えられたこと。
そこには、ものすごく大きな回復の芽があるように感じます。
働くということは、ただ作業をすることではありません。
朝起きること。人と会うこと。誰かと何かを一緒にすること。自分がそこにいてもいいと感じられること。少しでも誰かの役に立てたと思えること。
そういう一つひとつの感覚が積み重なって、やがて「働く」という場所につながっていくのだと思います。
だから、人前で何かをすることや、発表会に出たいと思うことは、単なるイベント参加ではありません。
それは、心がもう一度、外の世界に向かって手を伸ばし始めたサインなのです。
現状維持できているだけで、十分頑張っている。
これは、児童の支援でもよくお伝えしていることです。
特に、不登校だったり、引きこもりになっていたりする子たちと関わるとき、私たち支援する側が忘れてはいけないことがあります。
それは、現状維持が第一だということです。
焦らず、慌てず、諦めず。
この言葉は、簡単なようでいて、本当に難しいです。
支援者側は、つい焦ってしまいます。
「そろそろ次のステップに行けるんじゃないか」
「これもやってみたらどうかな」
「あれも経験したらいいんじゃないかな」
良かれと思って、いろいろ提案したくなることがあります。
でも、心が疲れ切っている人にとっては、その「良かれ」が重荷になることもあります。
本人の中でまだ準備ができていないときに、外から何かを押し込もうとしても、うまくいかないことが多いのです。
大切なのは、その子のペースに寄り添うこと。
一緒に歩くこと。
隣で伴走すること。
こちらが前から引っ張るのではなく、後ろから急かすのでもなく、同じ速度で横にいることです。
気持ちが整ったとき、人は自分から動き出します。
今回の「発表会に出たい」という言葉も、こちらから強く勧めたものではありません。
本人の中で少しずつ育っていた気持ちが、ある日、自分の言葉になって出てきた。
それが何より大切なのだと思います。
人は、押されて変わるのではなく、安心の中で少しずつ動き出す。
そして、その安心をつくるうえで、エンタメには大きな力があります。
エンタメというと、「ただ楽しませるもの」と思われることがあります。
楽しかったらいいやん。
盛り上がったらいいやん。
もちろん、それも大切です。
でも、ラフ大で見ているエンタメは、それだけではありません。
踊ること。歌うこと。人前に立つこと。誰かと一緒に作品をつくること。笑うこと。拍手をもらうこと。
それらは、心の活力につながっていきます。
現代社会には、心が疲れて働けなくなっている人がたくさんいます。
能力がないわけではありません。
やる気がないわけでもありません。
ただ、心のエネルギーが枯れてしまっている。
人と関わることが怖くなっていたり、失敗することが怖くなっていたり、自分はもう役に立てないと思い込んでいたりする。
そんなときに、いきなり「働きましょう」と言われても難しいのです。
まず必要なのは、心が少しでも動く経験です。
楽しいと思えること。
誰かと一緒にやってみたいと思えること。
自分から「これをしたい」と言えること。
その小さな火種が、やがて生活のリズムになり、人との関係になり、働く力へとつながっていく。
だからエンタメは、就労支援にも深く関係しています。
遊びでは終わらない。
楽しさだけで終わらない。
人がもう一度、自分の人生に参加していくための入口になるのです。
今回の出来事は、私にとっても大切な確認になりました。
支援とは、何かをさせることではない。
本人の中にある力が戻ってくるまで、信じて待つこと。
そして、その力が少し顔を出したときに、「めっちゃええやん」と心から受け止めること。
その一言で、人は少し安心できるのかもしれません。
自分の気持ちを出しても大丈夫なんだ。
やりたいと言ってもいいんだ。
前に出たいと思ってもいいんだ。
そう思えたとき、心は少しずつ外へ向かって開いていきます。
発表会の日、その利用者さんがどんな表情で舞台に立つのかは、まだわかりません。
緊張するかもしれないし、途中で不安になるかもしれない。
それでも、「出たい」と言えたその日から、もう一つの物語は始まっています。
焦らず、慌てず、諦めず。
現状維持を大切にしながら、心が動き出す瞬間を見逃さない。
その人の中にある小さな灯を、こちらの都合で急がせず、でも消えないようにそっと守る。
そしていつか、その灯が自分の足で前に進もうとしたときに、隣で一緒に喜べる人でありたいと思います。
「踊りたい」と言えたこと。
それは、ただ発表会に出るという話ではありません。
それは、もう一度この世界に向かって、「私はここにいます」と言い始めた、静かで力強い一歩なのだと思います。