子どもが不安でいっぱいになったとき、必要なのは大きな励ましではなく、「大丈夫」と思える誰かの声なのかもしれません。試験会場の前で泣きじゃくる朝、教室から離れた場所にいても、一本の電話がその子の心を少しだけ支えることがありました。療育とは、決められた時間や場所の中だけで完結するものではないのだと、改めて感じた出来事でした。
先日、普段の療育トレーニングの中で起きた、ひとつの対応事例がありました。
今回は「遠隔で安心させた」お話です。
とても新しい出来事で、朝、急にあるお母様からお電話をいただきました。普段からうちに通ってくださっているお子さんのお母様です。
電話口でお母様が、少し切迫した様子でこうおっしゃいました。
「南先生、ちょっと美和先生いますか?」
「どうしたんですか?」と聞くと、事情を話してくださいました。
その日、お子さんはタイピングの検定試験を受けに行っていました。でも、検定という場面のプレッシャーが大きく、今まさに泣きじゃくっているとのことでした。
「辛そうなんです。美和先生の声が聞ければ、きっと元気になると思って」
その言葉を聞いた瞬間、少しだけ心の中で「わしじゃないんかい」と思ったことは、ここだけの話です。
もちろん、そんなことは言いません。
ただ、そのとき美和先生はお休みでした。そこで、代わりにゆき先生がいますよ、とお伝えし、ゆき先生と僕でお話を聞かせてもらうことにしました。
そして、お子さんに電話を代わってもらい、少し話をしました。
特別に大きなことを言ったわけではありません。
魔法のような言葉をかけたわけでもありません。
ただ、その子の不安を受け止めて、「今、怖いんだね」「緊張しているんだね」と、その気持ちを一緒に確認するような時間でした。いつも関わっている先生の声が電話越しに届くことで、その子の中に少しずつ安心が戻っていったのだと思います。
その後、その子はなんとか検定に向かうことができました。
そして、無事に終えることができました。
本当に素晴らしいことです。
今回の出来事で強く感じたのは、療育というものは、教室に来ている時間だけで起きているわけではないということでした。
もちろん、実際に顔を合わせて行うトレーニングや関わりは大切です。そこで積み重ねる経験が、その子の力になっていきます。
でも同時に、日々の関わりの中で「この先生なら大丈夫」「この場所なら安心できる」という感覚が育っていくことも、とても大切なのだと思います。
子どもにとっての安心は、場所だけではなく、人との関係の中に宿ります。
今回、その子は療育に来ていたわけではありません。検定会場という、いつもとは違う場所にいました。
でも、困ったときに思い出してもらえる存在でいられたこと。保護者の方が「先生の声を聞けば落ち着くかもしれない」と思ってくださったこと。
そこに、普段の関わりの意味が表れているように感じました。
先生たちが、そのお子さんにとっての心のよりどころになっている。
それを、はっきりと実感した朝でした。
そしてこれは、特定のお子さんだけの話ではありません。
うちに通ってくださっているお子さんでも、保護者の方でも、あるいはご利用者さん以外の方でも、困っているとき、少し安心したいとき、誰かの声が必要なときがあると思います。
そんなときは、ぜひ連絡してください。
何かを完璧に解決できるとは限りません。状況をすべて変えられるわけでもありません。
でも、不安な瞬間に一人で抱え込まなくていいように、一緒にその場を受け止めることはできます。
安心は、近くにいることだけで生まれるのではなく、「つながれる」と感じられることからも生まれます。
検定の朝、電話越しに届いた声は、ほんの数分の関わりだったかもしれません。
けれど、その数分が、その子にとって次の一歩を踏み出す支えになりました。
療育の中で私たちが育てているのは、スキルだけではありません。困ったときに頼れる感覚、自分は一人ではないと思える経験、そして安心して挑戦に向かう力です。
遠くからでも、安心は届く。
そのことを、改めて教えてもらった出来事でした。
先日、普段の療育トレーニングの中で起きた、ひとつの対応事例がありました。
今回は「遠隔で安心させた」お話です。
とても新しい出来事で、朝、急にあるお母様からお電話をいただきました。普段からうちに通ってくださっているお子さんのお母様です。
電話口でお母様が、少し切迫した様子でこうおっしゃいました。
「南先生、ちょっと美和先生いますか?」
「どうしたんですか?」と聞くと、事情を話してくださいました。
その日、お子さんはタイピングの検定試験を受けに行っていました。でも、検定という場面のプレッシャーが大きく、今まさに泣きじゃくっているとのことでした。
「辛そうなんです。美和先生の声が聞ければ、きっと元気になると思って」
その言葉を聞いた瞬間、少しだけ心の中で「わしじゃないんかい」と思ったことは、ここだけの話です。
もちろん、そんなことは言いません。
ただ、そのとき美和先生はお休みでした。そこで、代わりにゆき先生がいますよ、とお伝えし、ゆき先生と僕でお話を聞かせてもらうことにしました。
そして、お子さんに電話を代わってもらい、少し話をしました。
特別に大きなことを言ったわけではありません。
魔法のような言葉をかけたわけでもありません。
ただ、その子の不安を受け止めて、「今、怖いんだね」「緊張しているんだね」と、その気持ちを一緒に確認するような時間でした。いつも関わっている先生の声が電話越しに届くことで、その子の中に少しずつ安心が戻っていったのだと思います。
その後、その子はなんとか検定に向かうことができました。
そして、無事に終えることができました。
本当に素晴らしいことです。
今回の出来事で強く感じたのは、療育というものは、教室に来ている時間だけで起きているわけではないということでした。
もちろん、実際に顔を合わせて行うトレーニングや関わりは大切です。そこで積み重ねる経験が、その子の力になっていきます。
でも同時に、日々の関わりの中で「この先生なら大丈夫」「この場所なら安心できる」という感覚が育っていくことも、とても大切なのだと思います。
子どもにとっての安心は、場所だけではなく、人との関係の中に宿ります。
今回、その子は療育に来ていたわけではありません。検定会場という、いつもとは違う場所にいました。
でも、困ったときに思い出してもらえる存在でいられたこと。保護者の方が「先生の声を聞けば落ち着くかもしれない」と思ってくださったこと。
そこに、普段の関わりの意味が表れているように感じました。
先生たちが、そのお子さんにとっての心のよりどころになっている。
それを、はっきりと実感した朝でした。
そしてこれは、特定のお子さんだけの話ではありません。
うちに通ってくださっているお子さんでも、保護者の方でも、あるいはご利用者さん以外の方でも、困っているとき、少し安心したいとき、誰かの声が必要なときがあると思います。
そんなときは、ぜひ連絡してください。
何かを完璧に解決できるとは限りません。状況をすべて変えられるわけでもありません。
でも、不安な瞬間に一人で抱え込まなくていいように、一緒にその場を受け止めることはできます。
安心は、近くにいることだけで生まれるのではなく、「つながれる」と感じられることからも生まれます。
検定の朝、電話越しに届いた声は、ほんの数分の関わりだったかもしれません。
けれど、その数分が、その子にとって次の一歩を踏み出す支えになりました。
療育の中で私たちが育てているのは、スキルだけではありません。困ったときに頼れる感覚、自分は一人ではないと思える経験、そして安心して挑戦に向かう力です。
遠くからでも、安心は届く。
そのことを、改めて教えてもらった出来事でした。