「個性を大切に」と唱えていながら、学校で障害者排除が起きる理由
ライター:立石美津子
子どもの個性の尊重、他人への思いやり…育児・教育の世界ではこうした美しい言葉がよく掲げられます。ですが実際の現場を見ると、できない子や障害のある子を排除するような大人の言動に出会うことも少なくありません。こうした事態が起こるのはいったいどうしてなのでしょうか。
「個性を重んじる教育」が叫ばれながら、障害者の排除が起こるのはなぜ?
こんにちは。『1人でできる子になる テキトー母さん流 子育てのコツ』の著者の立石美津子です。
「優しい子どもに育ってほしい」
「個性を大切にした教育をしたい」
子どもを持つ親や教育者のほとんどが口にするスローガンです。
言っている本人にも悪意はなく、実際にそうした思いで子どもと触れ合っているのでしょう。けれども、口でそうは言いながらも、実際には真逆の言動を子どもたちに見せてしまっている大人も少なくありません。
今日は、障害のある子どもを持つママ友の実際の体験談を紹介しながら、子育てや教育の中に根強くはびこる成果主義の罠、それを乗り越えるためのインクルーシブ教育のあり方について考えてみたいと思います。
「優しい子どもに育ってほしい」
「個性を大切にした教育をしたい」
子どもを持つ親や教育者のほとんどが口にするスローガンです。
言っている本人にも悪意はなく、実際にそうした思いで子どもと触れ合っているのでしょう。けれども、口でそうは言いながらも、実際には真逆の言動を子どもたちに見せてしまっている大人も少なくありません。
今日は、障害のある子どもを持つママ友の実際の体験談を紹介しながら、子育てや教育の中に根強くはびこる成果主義の罠、それを乗り越えるためのインクルーシブ教育のあり方について考えてみたいと思います。
「運動会、休んでくれない?」ある学校でママ友が言われた一言
とある小学校でのことです。足の遅い子がいました。クラスの足を引っ張っており、運動会でのクラス対抗リレー、その子が入ると絶対に優勝できないことが予想されました。
その子の親は、運動会直前に別の親からこう言われたそうです。
「あなたの子がいると負けるから運動会の当日は休んでくれない?」
その学校は保護者たちが非常に熱心で、運動会などの行事は、家族の応援でとても白熱するそうです。結局、「休んでくれない?」と言われた親は、我が子とともに運動会を欠席せざるを得なかったそうです。
その子の親は、運動会直前に別の親からこう言われたそうです。
「あなたの子がいると負けるから運動会の当日は休んでくれない?」
その学校は保護者たちが非常に熱心で、運動会などの行事は、家族の応援でとても白熱するそうです。結局、「休んでくれない?」と言われた親は、我が子とともに運動会を欠席せざるを得なかったそうです。
また別のとある幼稚園、年に一度の音楽会でのことです。その園の音楽会はレベルが高いことで地域でも有名でした。
クラスの担任も立派な演奏をしようと熱心に指導をしていましたが、私のママ友の子どもは集団行動が苦手で好き勝手に鍵盤ハーモニカを吹き、練習ではいつも全体の足を引っ張っていました。
ところが音楽会当日、トラブルメーカーのその子どもがいるクラスの演奏は、一糸乱れぬ見事な演奏だったのです。
観覧席から見ていた私のママ友は、おかしな顔をして戸惑うわが子の様子にすぐ気づきました。後で確認してみると、その子の鍵盤ハーモニカのホースには小さな穴が空けられていました。
その子が勝手な行動をとってもクラス全体のハーモニーを乱さないよう、息を吹き込んでも音が出ないように細工をしていたのでした。
集団全体の調和を維持するために、特定の個人を排除する。
「個性を大切にする教育」とは真逆の事態は、いったいどうして起こるのでしょうか。
クラスの担任も立派な演奏をしようと熱心に指導をしていましたが、私のママ友の子どもは集団行動が苦手で好き勝手に鍵盤ハーモニカを吹き、練習ではいつも全体の足を引っ張っていました。
ところが音楽会当日、トラブルメーカーのその子どもがいるクラスの演奏は、一糸乱れぬ見事な演奏だったのです。
観覧席から見ていた私のママ友は、おかしな顔をして戸惑うわが子の様子にすぐ気づきました。後で確認してみると、その子の鍵盤ハーモニカのホースには小さな穴が空けられていました。
その子が勝手な行動をとってもクラス全体のハーモニーを乱さないよう、息を吹き込んでも音が出ないように細工をしていたのでした。
集団全体の調和を維持するために、特定の個人を排除する。
「個性を大切にする教育」とは真逆の事態は、いったいどうして起こるのでしょうか。
成果主義のプレッシャーが教育現場にもたらす悪影響
上記の2つの例、「けしからん!」と憤る人もいます。私もこうした個人を排除する仕打ちには反対です。
ですが、実際にその学級担任や保護者の立場になってみると、そうなってしまうのも「分からないでもないな」と感じます。
鍵盤ハーモニカのホースに穴を空けた担任は、「保護者からの評判を落としてはならない」「本番では必ずいい演奏を見せなくてならない」というプレッシャーに追い込まれていたのでしょう。
足の遅い子の親に「運動会は休んでくれない?」と言った親も、我が子かわいさに、自分のクラスには絶対にリレーに勝ってほしいと純粋に願っていたのでしょう。
どちらも、自分のクラスや子どもを勝たせたい、成功させたいとの思いから生まれた言動だと思います。
ですが、ここまでして素晴らしい出来栄えの発表会や運動会をやらなくてはならないのか、そのために一部の生徒を犠牲にしても良いのか、甚だ疑問に思います。
集団の成功のため、足を引っ張る者を排除する姿勢を大人が見せていると、「生産性の低い人間を蹴落としてでも成果を上げることが大事」という誤った価値観が子どもにも沁み付いてしまう気がしてなりません。
「知的にも運動能力も劣るから、あなたは必要ない」と考えるような人間を作ってはならないと思います。
「クラスの出来栄えが一番」、「わが子が一番」と思う心はわかりますが、このような価値観を子どもにも根付かせたくはありませんよね。
ですが、実際にその学級担任や保護者の立場になってみると、そうなってしまうのも「分からないでもないな」と感じます。
鍵盤ハーモニカのホースに穴を空けた担任は、「保護者からの評判を落としてはならない」「本番では必ずいい演奏を見せなくてならない」というプレッシャーに追い込まれていたのでしょう。
足の遅い子の親に「運動会は休んでくれない?」と言った親も、我が子かわいさに、自分のクラスには絶対にリレーに勝ってほしいと純粋に願っていたのでしょう。
どちらも、自分のクラスや子どもを勝たせたい、成功させたいとの思いから生まれた言動だと思います。
ですが、ここまでして素晴らしい出来栄えの発表会や運動会をやらなくてはならないのか、そのために一部の生徒を犠牲にしても良いのか、甚だ疑問に思います。
集団の成功のため、足を引っ張る者を排除する姿勢を大人が見せていると、「生産性の低い人間を蹴落としてでも成果を上げることが大事」という誤った価値観が子どもにも沁み付いてしまう気がしてなりません。
「知的にも運動能力も劣るから、あなたは必要ない」と考えるような人間を作ってはならないと思います。
「クラスの出来栄えが一番」、「わが子が一番」と思う心はわかりますが、このような価値観を子どもにも根付かせたくはありませんよね。
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子は親の鏡、私たち親に出来ることは?
「インクルーシブ教育」という言葉があります。
障害のある子どもを含むすべての子どもに対して一人一人の教育的ニーズにあった適切な支援を通常の学級で行う教育のことです。でも、実際にそれをするのは人の心、とても難しいですね。
私にも最善の対応策は分かりませんが、誰もが参加できる授業や行事づくりに向けて試行錯誤を重ねている学校も存在します。
たとえば、映画「みんなの学校」では、障害のある子も複数いる6年生のクラスが、先生に「世界一難しいリレー」だと言われ、全員参加のリレーに挑戦する様子が描かれます。
ただ足の早いメンバーでチームを組むのではなく、足の遅い子や、リレーのルール理解が難しい子も含めて、全員でバトンを繋げてタイムを伸ばすためにはどうすれば良いか?リレーの順番や声のかけ方、バトンの渡し方まで、先生のアドバイスを受けながらも、子どもたち自身が工夫を重ねていき、運動会本番でも見事なレースを見せました。
これは学校の先生と生徒たちの関わりの例ですが、私たち親としても見習うべきところがあると思います。
クラスに障害児がいたり、学力が低い子がいても「うちの子が足を引っ張られている、迷惑を被っているから、あの子を別のクラスに移動させてほしい」と排除するのではなく、共に学び、助け合う姿勢を親としてわが子に教えること。
「子は親の鏡」です。
わが子に「○○になってほしい」と願うのならば親自ら良い手本を示すことが大切なのではないでしょうか。
みなさんはどう思われますか?
障害のある子どもを含むすべての子どもに対して一人一人の教育的ニーズにあった適切な支援を通常の学級で行う教育のことです。でも、実際にそれをするのは人の心、とても難しいですね。
私にも最善の対応策は分かりませんが、誰もが参加できる授業や行事づくりに向けて試行錯誤を重ねている学校も存在します。
たとえば、映画「みんなの学校」では、障害のある子も複数いる6年生のクラスが、先生に「世界一難しいリレー」だと言われ、全員参加のリレーに挑戦する様子が描かれます。
ただ足の早いメンバーでチームを組むのではなく、足の遅い子や、リレーのルール理解が難しい子も含めて、全員でバトンを繋げてタイムを伸ばすためにはどうすれば良いか?リレーの順番や声のかけ方、バトンの渡し方まで、先生のアドバイスを受けながらも、子どもたち自身が工夫を重ねていき、運動会本番でも見事なレースを見せました。
これは学校の先生と生徒たちの関わりの例ですが、私たち親としても見習うべきところがあると思います。
クラスに障害児がいたり、学力が低い子がいても「うちの子が足を引っ張られている、迷惑を被っているから、あの子を別のクラスに移動させてほしい」と排除するのではなく、共に学び、助け合う姿勢を親としてわが子に教えること。
「子は親の鏡」です。
わが子に「○○になってほしい」と願うのならば親自ら良い手本を示すことが大切なのではないでしょうか。
みなさんはどう思われますか?
このコラムを書いた人の著書
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立石 美津子 (著), 市川 宏伸 (監修)『立石流 子どもも親も幸せになる 発達障害の子の育て方』すばる舎,2016年刊
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